クールフェーラックと見張りを交代して、コンブフェールはアンジョルラスの元へ報告に行く。さしたる変化もなかったので、話すことは特になかったが。眠るには少し、時間もないしとコラントに散らばったがらくたを片付けることにした。何もしないよりは気が紛れて良い。仲間たちが思い思いの場所で眠っているのを、邪魔しないようにしながら、バリケードに使えそうな硬いものと、もう壊れて使えないものを分別する。それにしても、日が昇る寸前の街は静かだ、とコンブフェールは思う。鳥も鳴いていない。そして夜明け前は一番暗い時間でもある。
敷石の下に、煙草の包み紙を見つけた。中には二本。上衣の中に入れておいた、燐寸は三本。紙の巻き煙草だなんて、誰がそんな洒落たものを持っていたのだろうか。コンブフェールは煙草を特段吸う訳ではないが、これで最後になるのかもしれない、と思うと燐寸を擦っていた。灯る炎の分だけ、つまり照らすなんて言えないほど小さな範囲が明るくなる。アンジョルラスあたりが知ったら憤慨するのだろうが、秘密裏に処理してしまえば問題あるまい。他にもなにかないかと探していたら、つま先に柔らかいものが当たった。そういえば、捕虜がいるのだった。
「一本あるが」
とコンブフェールが話しかけてみると、
「情けのつもりか」
ジャベールは間髪入れずに答えた。コンブフェールの方から表情を伺うことはできないが、その雰囲気から厳しい顔でもしているのだと推測された。密偵するにしたって、もっと目立たない人物はいなかったのだろうか。これでは捕まえてくれと言わんとするばかりの警察顔であると、コンブフェールは思っていた。
「いや、勿体無いからだ。僕は多く吸う質ではないし、仲間もそう残っていない。炎の中で煙にしてしまうよりは、捕虜に分け与えた方がましだというものだ」
「そもそも両手が縛られている」
「そうだったな、うん」
さすがに解いてやろうとまでは思わない。座らせてやっただけ、よいということだろう。
窓の方に、煙草の煙が流れていく。灰が床に落ちる。焦げはしないし、焦げたとしても、変わりのないことだ、とコンブフェールはぼんやりと考えた。
「できたら殺さずに済めば良いんだがと、僕は思っている」
「誰を」
「貴様をだ」
「ほう、お前たちは散々昼間から、兵士どもを殺してきただろう。今更何を躊躇している」
「手厳しいな」
それは至極真っ当な指摘であったので、コンブフェールは誠実に回答することを決めた。こんな会話は、誰も聞いてはいないのだろうし。聞いていたとしても、何かが変わることもないのだし。
「僕は目の前にいる人を助けたいだけだ、それが仲間であろうと、敵であろうとも。そこから始めたのだから、そこに終わらなくてはならない。単純なことだ。一人を救えずして何が人民の救済であろう。民衆を救い上げずに誰が国家を変えられるのだろう」
そこでコンブフェールは一息つく。煙は白いのだろうが、あいにく見えやしない。
「僕らは…僕は間違っていたとは、考えたくなくてね」
指導者を任ずるコンブフェールの、それは矜持であった。現在が過ちであろうとも、未来を信じさせることによって仲間を動かすことを、彼は自らの役割であると確信していた。
喋りすぎたか?暗いとどうにも、話したくなるからねと笑うコンブフェールに、ジャベールは暇つぶしには丁度いいと、声色ひとつ変えずに返す。
「あの義勇兵とやらは何者か、知っているのか」
唐突に、ジャベールが尋ねた。
「僕は知らないが、彼を知る友人はいる。信頼に足るということは、僕にもわかる」
コンブフェールにとって、義勇兵であろうと、その人物がどうであろうと、バリケードの中の仲間はすべて、働く限り同等であった。
割れた硝子窓から薄っすらと光が差し込む。熱が加わるよりも先に、鳥達が朝の訪れを告げる。街は徐々に覚醒し、見張りの声がコラントの奥まで届く。
「残念ながら、朝日だ」
コンブフェールは煙草を揉み消し、立ち上がって学生の集まりだしている場所まで走りだす。その背にジャベールは声を掛けていた。
「せいぜい生きろ、学生」
そう言ってから漸く、ジャベールは話していた学生の名前を知らなかったことに気がついた。顔もわからない彼は、靴音の中に紛れていく。日が昇れば事は迅速に進行する。炎よりも確実に全てを平等に照らす太陽が、正義の執行をより正確に行わせる。恐らく今日中に、バリケードは落ちるし、その時が来ればあの首領は自分を処刑する。兵士も、学生も、多く死ぬ。
「貴方も」
とだけ最後に返した、彼が誰なのか、ジャベールは知らない。死体の中に紛れていても、区別はつかないだろう。
2014-02-12
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