よいキャプテン・アメリカを買ってやらなくてはならない。
ショーウィンドウの前で、フィル・コールソンは足を止める。バートンのところに子供が生まれたのだそうだ。だとすれば、贈り物はキャプテン・アメリカ以外にあるだろうか。それが大切な仲間の子供だというなら尚更だ。誕生祝いに国から支給されるものだけだなんて、そんなの味気なさすぎる。
ガラスの向こうに並ぶスーパーソルジャーたちは、子供の手のひらと同じくらいのサイズのものから、体長30センチはあるものまでが揃っている。個体差はあるものの、すべてのキャプテン・アメリカは青と白と赤をまとい、星を戴く盾を背負う。
それらはすべて優良なキャプテン・アメリカだ。もちろんS.H.I.E.L.Dの検品済みで、銀色の鷲をかたどったトレードマークが右手の甲に輝いている。コールソンに気付くと挨拶をするものもいる。S.H.I.E.L.Dのバッジを見つけたからだろうか。コールソンは店員に気付かれぬようにそっと挨拶を返す。大人になってまでキャプテン・アメリカと交流していると知れると、馬鹿にしてくるものも多いのだ。コールソン自身は、そんなこと気にしなければいいと思っているし、なんならこっそり自分用のキャプテン・アメリカを買ってしまおうと画策している。
「キャップをお探しですか」
「友人の出産祝いにね」
キャプテン・アメリカと同じ配色のエプロンをした店員が声を掛けてきた。カタログを差し出そうとする彼を制して、コールソンは断りを入れてからガラスケースを開き、中にいるキャプテン・アメリカたちを観察する。
うとうとしているもの、トレーニングしているもの、握手を交わしているものなど、多数のキャプテン・アメリカが思い思いに活動していたが、ケースが空いたことを察知して、一斉にコールソンの方に向き直る。
それらの真摯な眼差しに、コールソンは初めてキャプテン・アメリカとで会った時のことを思い出す。
彼が子供だった頃はまだS.H.I.E.L.Dも十分に発展しておらず、全家庭に配布されるキャプテン・アメリカの中には粗悪品も混ざっていたり、未認可のキャプテン・アメリカ販売店も横行するなど、現在と比べるとよいキャプテン・アメリカ環境であるとはいえなかった。
運がいいことにコールソンが手にしたのは今の基準に照らし合わせても良いキャプテン・アメリカであった。
「これがキャップよ、大事になさい」
コールソンが5歳の誕生日に初めて受け取ったキャプテン・アメリカは、彼の手の中で敬礼する。驚くよりも先に、キャプテン・アメリカに敬礼を返す。それから、手の中の感覚に、ヴィブラニウムの盾の冷たさを知る。その肌のあたたかさに体温を知る。すべての均整が取れていて、凛々しくもあり厳しくもあり、それはすなわち完全なる存在であった。それまで両親が保管していたキャプテン・アメリカを受け渡されると同時に、子供は責任を学ぶ。青空を引き伸ばした色をした瞳が、コールソンを見ていた。
いま目の前にあるのはその時と同じ瞳だ。キャプテン・アメリカは時代が下っても何も変わらない。そしてここにいるのは優良なキャプテン・アメリカなのだから、何を選んでも変わらない。サイズ等以外は。
サイズは最初なのだから小さめ、あとはコスチュームを選ぶだけだ。
大きくなってくるとシックな色あいのステルス仕様を好む子供が多いが、初めてキャプテン・アメリカに触れるのならば、オールドな配色がよいだろう。ビビットな配色のキャプテン・アメリカを手に取り、値札を確認する。
「少し相場より高くないか」
「近頃は天然のよいキャップはなかなか入荷しないので、お買い得といえばお買い得ですね」
この店は天然100%のキャプテン・アメリカのみを入荷しているが、合成キャップを売る店も多いので注意が必要なんですよ、と店員は呑気に続ける。S.H.I.E.L.Dとしては由々しき事態だが、今はオフだから頭の片隅にとどめておくくらいにする。
「じゃあこれをギフトで」
キャプテン・アメリカを店員に手渡す。店員は星条旗の描かれたハンカチを棚から取り出し、キャプテン・アメリカを包む。星条旗に包まれたキャプテン・アメリカは開かれるまで仮死状態となり、鮮度が保たれるのだ。梱包が終わるのを待ちながら、コールソンはキャプテン・アメリカたちを眺める。楽しそうなキャプテン・アメリカを見ていると、つい子供の頃のことが思い出されて、
「til the end of line」
そう囁くと、それまでほぼ動いていなかったキャプテン・アメリカたちが、何かを探すかのようにあたりを見回し始め、シールドを構えて走りだしたり、外に出ようとガラスにぶつかったり、大騒ぎしはじめる。
「お客様困りますよ、キャップが疲れるんで」
「すまない、少し懐かしくなってしまってね」
彼の子供が言葉を覚えたらまず、その魔法を教えてやるのだ。上の二人にはそうした。もしかしたら、その権利は父親に譲ってやるべきなのかもしれないけれど。
子供はキャプテン・アメリカで遊ぶものだ。今となっては面影もないけれども、コールソンもかつては子供であって、つまりはキャプテン・アメリカで遊んでいた時期が存在した。
そうなると初めに教わるのが『魔法の言葉』だ。年長者から口承で伝えられていくそれは、どうしてなのかはわからなけれども、キャプテン・アメリカを活性化させる効果があった。
「til the end of line!」
なにもないような草原で叫べば、がさがさと物音がして、子供たちはそこへ飛びつく。運がよければキャプテン・アメリカを捕まえることができる。珍しい配色のキャプテン・アメリカが見つかると、グループ内で大騒ぎになった。そしてみんなで引き裂くのだ。野生のキャプテン・アメリカは引き裂くと、輝く粉を出して消失する。その時の光を見るのが子供たちは大好きだった。綺麗な上に、なんだか頭がすっきりしてしあわせになるのだ。大体は白いのだが、たまにブラックダイヤモンドのような硬質な輝きを持つものがいて、そうなると拍手喝采ものだった。コールソンもキャプテン・アメリカ遊びに熱中し、時にはこっそりと野生のキャプテン・アメリカを匿うこともあった。
「野生のキャプテン・アメリカは毒があるかもしれないので、絶対に持ち帰ってはならない」
そう聞かされていたにも関わらず。なぜならそのキャプテン・アメリカは、彼にとって特別に思われたから。青と白と赤、いつもの見慣れた配色ではない。目立ちにくいステルスでもない。黒と赤を基調にしたそれは、コールソンを魅了した。アリゾナの空と同じ色をした瞳は、角度によって落ちる寸前の日の光を映す。隠し事をしてはならないという規則を破ったのははじめてだった。
子供部屋の隅にダンボールを置いて、蓋をして。キャプテン・アメリカを入れて。
「こんにちはキャップ」
そう言うと、そのキャプテン・アメリカはシールドを投げてきた。受け取り損ねて掌が切れたけれども、そんなことよりもそのキャップを所有できる方が嬉しかったのだ。
毎日眺めて、たまに最初にもらったあのキャプテン・アメリカと会わせたりもして。最初にもらった方のキャプテン・アメリカは、その頃には随分とくたびれていて、腕も取れそうであった。その腕を千切ったのは、黒いキャプテン・アメリカだったのだが。
ある日家に帰って日課のように箱を覗きこんだら、キャプテン・アメリカが死んでいた。
キャプテン・アメリカも血が出るのだと知ったのはその時がはじめてだ。野生のキャプテン・アメリカとは違って、家にいるキャプテン・アメリカは特別な処理がされているのだと、そんなことはおとなになってから得た知識だ。四肢を引きちぎられ、胴体が両断されたそれをキャプテン・アメリカだと同定させたのは、ただ一点の曇りもないシールドだけだった。だが黒いキャプテン・アメリカはいなかった。どこにも。それ以来見ていない。
「母さん、キャップが死んじゃった」
「庭に埋めてきなさい」
母はそれしか言わなかった。血まみれのキャプテン・アメリカには今まであったきらめきもなにもなかった。あの瞳の美しさもなかった。何もかもが正しくなかったけれど、キャップの服についている血は真実であった。
穴を掘ってキャプテン・アメリカを入れ、埋めて、申し訳程度の十字架を木で作って。墓碑銘に刻む名前はキャプテン・アメリカしかなくて。コールソンはようやく、自分がキャプテン・アメリカを所有していないことに気が付き、そしてそれは規則を破ったことが原因だと身にしみた。
「キャップに恥じないようになさい」
庭から帰ってきたコールソンに母は声を掛ける。そんなことは言われなくてもわかっていた。でも頷いた。
S.H.I.E.L.Dに入ってからわかったことだが、拾ったキャプテン・アメリカは絶対に検品で弾かれねばならぬタイプのキャプテン・アメリカであった。検品で弾かれるのだから、それはキャプテン・アメリカではないのだが。
ラッピングが終わったキャプテン・アメリカを受け取り、コールソンは店を出る。S.H.I.E.L.Dの副長官に、模造キャプテン・アメリカの存在を携帯端末で報告し、緊急性の高い問題ではないことを確認してから、彼は歩き出した。今度の長期休暇にバートンの家に行くのが楽しみだ。子供はどんな顔をしてキャプテン・アメリカに出会うのだろう。どうやってキャプテン・アメリカで遊ぶのだろう。どんなふうに正義を学ぶのだろう。
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