神曲異聞――無限階層上昇編 - 1/10

 僕らには無限の可能性がある。
 そう表現すると、まるで青春みたいだ。
 青春の定義から始めるには、このおはなしは短すぎる。
 僕らに青春があるわけではないけれども。青春をやっているぼくらはいる。
 無限の可能性があるというのは、僕らそれぞれがなんでもできるというよりは、僕らそれぞれの総和が無限になりうるということで、要するに、無限の可能性には夢も希望もない。
 夢や希望はその辺りにいる。僕らそれぞれが夢や希望を持っているわけではない。僕らの中には夢や希望を持っているものもいる。僕は悲しみを持っていないことだ。悲しいことに。悲しみもそのあたりにいる。
 
「こんにちは、夢です」
「こんにちは、希望です」
 それらは漫才コンビというわけではないが、話芸なら上手なはずだ。さまざまなものを転ばせてきたコンビだから。
 
 もしかしてきみは僕らではない? そうなのか。じゃあ、このはなしは少しわかりにくいかもしれないな。ラブストーリーの一種だと理解している。こちらとしては。
 
 じゃあもう一度だけ説明するね。
 使えるスペースは使えるだけあって、そのスペースをすべて埋めるために僕らは存在する。僕の名前は省略に省略を重ねると〈3Rb55678hhB〉みたいに表記することができる。あるいはチャーリーと呼んでくれても構わない。今ここでチャーリーと呼ばれているのは僕しかいないはずだから。他の仲間も同様だ。なんだか七面倒臭い処理をたくさんすれば名前っぽくもなるし、数式にもなるし、数字にもなる。それがどの僕らを指し示しているのかがわかれば、記号に意味はない。
 その記号と、記号内容が無限に存在する。
 それを無限の可能性があると表現したわけだ。詩的言語を解していることを理解してほしい。
 
 あるいはこんな世界を想像してくれてもいい。
 森がある。地面に日がまだらに当たり、植物は太陽の光を受けるものは高く伸び、そうでなくてもよいものは低くとどまる。それらの間を緑、黒、あるいは虹色の昆虫が飛び回り、鳥はときにそれらを捕食し、鳥を捕食する生物もまた存在する。
 森は木と植物と、いくらかの生物で構成されている。これらはすべて生きているため、そのうち寿命が来る。どんなに長生きをする木だって、何万年も保つまい。
 死んだものは微生物によって分解され、新しい生命を生み出す。
 僕らの言う無限とはこういったものとは少し異なる。もしもすべての物体が分解されて再構成されるならば、物体の総量はずっと変わらない。そうではない、物体の総量が増えていくような、そんな森を想像してほしい。森は侵略する。かつて森ではなかった地面を森にする。地面の量を減らすことなく、むしろ増やして。死骸はまた土に戻るからだ。種が蒔かれ、芽生え、光を受けて成長し、繁殖し、やがて世代交代する。地表すべてを覆うまで止まらないだろう。
 喜ばしいことに地面はけっこうたくさんある。地面を構成している物質を森に転換して、森は増えていく。
「植物はどこまで増えられる?」
「地面がある限り」
「エアープランツはどうなる?」
「くっつける物がある限り」
「じゃあほとんど無限じゃないか」
「太陽光の総量に依存することになるね」
「じゃあ太陽を無限にしてしまえ」
「地球が吹き飛ぶよそれ」
 もし地面のすべてを森が覆ってしまったら?
 地面は森だということになる。もはや境界線はない。ぜんぶ森だ。『地面』を『森』、あるいはその逆の名前で呼んでも構わないだろう。完全に同一になってしまったのだから。
 それが僕らが無限の果てと呼んでいるもので、今のところ存在していない。
 僕らにとって地球はどこまでも広がる平面であり、果てのない遊び場であり、白い板だ。白い時点で『なにかがある』わけではあるが。
 ついでに僕らにとって地球は僕らの一部だ。僕らの中に地球を指すものもいる。あらゆる記号を制覇しているのだから当然ではある。
 
 無限って言われてもどのくらいか想像しにくいだろうけれども、一部を列挙してみよう。
 動物――イルカ、人間(地球に属するもの、各種職業、年齢層、多種多様なジェンダー、身体構造を含む)シロナガスクジラ、ヒョウ、カッパ、バクテリア、ヒョウモントカゲモドキ、ヒョウモンダコ、ヒョウモンチョウ、アルファ・ケンタウリ星人(その他地球外生命体)、らくだに似ているもの、指、妖精、最初から存在しなかった猫、マグロ、おいしいマグロ、定住者、巡回性非次元増殖形状変化物、良心に欠けたもの、佐藤太郎、旅行者。
 植物――サクラ、バラ、レモングラス、庭に生えてくるもの、森を構成するもの、放置していても育つもの、エアープランツ、非エアープランツ、たんぽぽ、増え続けるつる、毒物、健康によいもの、はいまわるもの、レンガの隙間に咲くもの、翼を持たないもの、あけび、ぜんまい、種がはじけ飛ぶもの、食虫植物、食人植物、紙食植物、神食植物、水食植物、平行植物、平行ではない植物。
 構造物――タンパク質、城郭、教会、マッチ棒タワー、ジェンガ、筋繊維、音韻体系による言語、嗅覚体系による思考、フラクタル、概念、自立駆動型中立機械的最終解決概念的構造物、バベルの図書館、良心、ガラスのみで作られた建築物、ルービックキューブ、ノートブック。
 概念――戦争、愛、平和、二人以上で会話しているときの気まずい雰囲気、印刷、色彩、了解、否定、完全に覚醒する前の微睡、夕日の中で倒れる、ロングトーン、音楽、ロック、ベースメイクを忘れてポイントメイクをしてしまったときの後悔、最終列車が来ると思っていたらとっくに終電だったときの驚き、有史以来話されてきた言葉のすべて、帰りたくない場所が家であること、夢、とっておきの香水を見つけたときのときめき。
 この分類に含まれないもの――この分類に含まれないもの。
 もちろんここに示したのはほんの一部に過ぎない。僕らはこれらのどれかに属していたり、表していたりする。そして、ひとつひとつの概念に対して個体があるのだから、個体数としてはもっともっと多いということになる。A=ヒョウモントカゲモドキのひとつ=101111100000みたいに。これらを結ぶコードとしての僕らというのももちろんいて、分類としては五番目にあたる。
 
 いつかこの対応物がなくなってしまうんじゃないか。数字だけが増えていって、この世界に対応する実体と結び付けなくなる。どんなに存在してもこの世界での役割がない、はぐれものたちが生まれてしまうのではないのだろうかと。そう思っていた時期もあった。だけれども大丈夫、対応物は増え続けてくれる。物というよりも、記号が。記号が何を表しているかはネーミング担当セクションが保証してくれる。表さなくなったらリンクは来られる。僕らが増えたり減ったりしていくのと同じスピードで。おかげで僕は僕として生まれたときからこうやって話しているし、語り手を任じているわけだ。

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