サニーサイドアップ

家に帰って、部屋の電気をつけると、テレビの前のソファに三角座りしている人影があって、誰だお前は、と叫びそうになったのだが、それが何なのかに瞬時に気づいて、そうはせずにすんだ。金色の頭に、銀色のすらっとした腕。それはこちらを振り向く。太陽を模した力強い顔が僕を見つめている。なんだ、タローマンか。不審者じゃなくってよかった。

タローマンは、僕がこどものころに再放送していたテレビ番組のヒーローである。この特撮作品は、岡本太郎の作品とことばを基につくられている。もちろん、タローマンそのものも『若い太陽の塔』がモチーフだ。映画もいくつか公開されたし、グッズもいろいろあったし、それなりに人気だったようなのだが、どんどんシリーズは勢いをなくしていってしまって、今ではあまり顧みられることがない。
最近では、残っていたフィルムからリバイバル放送がされたりもしていて、僕もその解説として参加させてもらったりもした。岡本太郎とタローマンについて話せる貴重な機会をもらえて、うれしかったな。

タローマンは、僕から視線を逸らさずに、すっくと立ち上がって、かと思えばそっぽを向いて、キッチンのほうに行き、電気をつけて、手慣れた手つきでお湯を沸かし始めた。コーヒーでも飲みたいのだろうか。タローマンは太郎汁しか飲まなかったような気がするのだが。僕はとりあえず荷物を下ろして、片付けて、タローマンを眺めていることにした。タローマンは棚から僕のマグカップを取り出す。ピピッと電子音が鳴って、お湯が沸いたところで、タローマンは電気ケトルを持ち、そこから直接お湯を飲もうとする。タローマンの口が開かないのは周知の事実だと思うのだが、もちろん今回もそうだったので、床は水浸しになった。

それにしても、どうしてタローマンがここにいるんだろうか。
タローマンは、実在しない。
タローマンは、テレビの中のヒーローだ。
そのくらいのことは、わかっている。
わかっているが、床が水浸しになったのは、ほんとうだ。

とりあえず、床を拭こうかと思ったのだが、タローマンが寝そべっているので、一回置いておくことにした。タローマンはともかく、僕は普通の人間なので、熱湯に触れたらやけどしてしまう。もうすこし冷めてから対応してもいいだろう。しかし、キッチンが埋まってしまったのは困る。これから夜ご飯を食べようと思っていたのだが。
空いたソファに座り、テレビをつける。ニュースでは、大阪万博が大盛況であると報じられていた。人気のパビリオンに入るには至難の業なのだとか。せっかくなら、タローマンに70年万博の感想でも聞いてみたいところだ。とか思っていたら、タローマンがリビングに歩いてきた。びしょびしょの身体で。タローマンは電気ケトルの場所を知っていても、タオルの場所は知らなかったようなので、拭いてあげることにした。
タローマンは僕よりもはるかに背が高い。いや、本来のタローマンは僕より背が高いとかそういう問題ではなく大きいのだけれども、テレビシリーズでも等身大で暴れる回はあったし、そういうこともあるだろう。僕はビルより大きなサイズのタローマンが好きなんだけど。それはともかく、頭を拭くのはちょっと大変だった。その皮膚は生暖かかったのだが、この温度がお湯由来なのか、それとも生来のものなのか、僕に判別することはできない。
ツノの先まできれいに拭いてやると、タローマンが踊り始めた。ステップを踏むが、なぜだか静かなので、下の階のひとに迷惑がかかることはないだろう。その横を通って、僕はキッチンに向かう。キッチンも拭かなければならない。

キッチンは水拭きしたようなかたちとなり、結果としてきれいになった。何かを作るのも億劫なので、カップ焼きそばを食べた。タローマンは僕の向かいに一回座ったのだが、そのうち立ち上がって椅子を積み上げはじめた。三つ積んだところで崩れた。タローマンはそれをもとに戻すことはしなかった。僕はカップ焼きそばを食べ終わったあとに椅子を片付けた。もう夜も11時だ。
「タローマンはどこで寝るの」
と声をかけたら、タローマンはリビングのソファにぬるっと横になった。気に入っているのだろうか。寝る場所ではないと思うのだが。
僕は横になっているタローマンを改めて見る。全体的に細くて銀色をしていて、身体には赤いラインが入っている。胸のあたりに瞳のような黒い模様がある。なにより印象的なのがその頭部で、太陽がダイナミックに表されている。顔の周りにはうねうねしたツノが生えている。こんなに近くでタローマンを見るのははじめてだ。こどものころにヒーローショーで会ったことはあるけれども、あれがほんものではないことを今の僕は知っている。
ほんものってなんだろう?
このタローマンは手で触れることができる。実体がある。
ならほんものだと言ってさしつかえないのではないだろうか。
いつの間にかタローマンは動きを止めていた。寝ているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。タローマンの瞳に瞼はない。
僕は未来人類アンテナをメンテナンスしてから眠ることにした。アンテナを常につけていられればいいのだが、寝るときはさすがに外している。仰向けで寝るには邪魔だ。

その夜は当然タローマンが夢に出てきた。久々だ。僕の見たことがある三大奇獣の映画と最初の方は同じだったのだが、途中からテイストが変わって、知らないキャラクターが出てきたり、タイムトラベルをしたりしていた。奇しくもタイムトラベル先が70年代に想定されていた2025年だったりもして、僕の脳って寝ている時にはこんなに鮮やかなタローマンを生み出せるんだ、と思った。

目を覚ますと、目の前に大きな金色の顔があった。タローマンだ。昨日のあれは夢じゃなかったんだと確信できた。タローマンがこの家にいるのだ。どういう事情かはわからないのだが、ここにタローマンはいるのだ。しかし、あまりに目の前すぎて、身体を起こすことができない。
「あの、ちょっとどいてもらってもいいかな」
と言ったところでタローマンは動かない。手で押しのけようとしてもだめだった。結局、タローマンが動いてくれたのは15分後だった。着替えた僕は未来人類アンテナを装着して、基地局から発信されている快適電波に波長を合わせた。タローマンはそこにいるので、快適な存在であることがわかる。
顔を洗ったりしている間に、タローマンは自由に僕の家を歩き回っていた。さいわいなことに、何も壊されたりはしていなかった。街をあんなに壊しているのに、僕の家は壊さないのか。いや、壊されたら困るんだけど。
静かに、しかしでたらめに歩くタローマンについていったら、昨日と同じようにキッチンに向かっているようだった。タローマンは冷蔵庫を開けて、卵をふたつ取り出した。フライパンに卵を割ると、タローマンはそれをじっと見つめた。火にかけないのかな、と思ったのもつかの間、タローマンの顔面が発熱しているのであった。おかげで目玉焼きが完成した。タローマンは完成した目玉焼きには見向きもせずにどこかに行ってしまったのだが、僕はそれを皿に盛り付けて食べることにした。僕には朝食が必要だ。タローマンとは違って。
タローマンが焼いてくれた、というか、結果として焼くことになった目玉焼きはおいしかった。IHで焼いたものと何が違うのかについてはわからなかった。でもきっと、遠赤外線効果とかがはたらいているんだろうな。
ふたつめの目玉焼きを食べ終わったところで、タローマンがリビングに戻ってきた。タオルを首からかけていた。タオルの位置を覚えたようだ。

ある日、家に帰ってきたら、僕のタローマングッズコレクション棚の配置が入れ替わっていた。僕は特にブラックタローマンが好きで、フィギュアやお面などを集めていたのだが、それらがすべて後列に並べられ、タローマンのグッズが前列になるようにされていた。水差し男爵のフィギュアと、デザイン元になった水差しが最後列にあった。奇獣ではなくて、岡本太郎の作品である、ノンの小さなフィギュアはベッドサイドに置かれていた。タローマンにも好き嫌いがあるんだな。

そのようにして僕はタローマンと一緒に暮らしていた。基本的にタローマンは家にいるのだが、たまに僕の買い物についてくることがある。タローマンが外を歩いていると、タローマンを知っているおとなたちは握手やサインを求めてきたり、こどもたちが突進してきたりする。タローマンは握手もサインもしない。でたらめなんだから仕方がない。でも写真には撮られてくれることがある。機嫌がよければ。こどもがよじ登ろうとしてくると乱雑に追い払ったりもしていた。まあ、僕だって同じことをされたらそうするだろうから、仕方がない。
近所の八百屋で野菜を買おうとしていたら、僕の隣にいるタローマンを見て、
「あ、タローマンだ」
と言う、同年代くらいのひとがいた。きっと再放送世代なのだろう。タローマンは一顧だにしない。りんごで遊んでいるようだった。このりんご買い取らなきゃな、と思いつつ、僕はそのひとに話しかける。
「なんか、最近タローマンがいるんですよね」
「何言ってるんですか、ずっと前から一緒に歩いてたじゃないですか」
「そうでしたっけ」
そもそも、僕はこのひとと知り合いでもない。タローマンといるひとがいたら、僕でもまじまじと見てしまうと思うから、一方的に認知されていたのかもしれない。
でも、僕がずっと前からタローマンと暮らしていた記憶はない。異世界からの攻撃などがあったとしても、それはこの未来人類アンテナが防いでくれているはずだ。だから僕の記憶は正しいはずで――
正しいので、僕はけっこう前からタローマンと暮らしていた。
タローマンはりんごに飽きてしまったようで、キャベツでお手玉をしていた。メンチカツにでもすればいいのだろうか。タローマンと暮らすようになってから、食費が増えた気がする。タローマンはなにも食べないのに。

タローマンはそれなりに世間に馴染んでいた。こどもたちと鬼ごっこをしている日もあった。保護者のみなさんは心配にならないのだろうかと思ったのだが、再放送や配信でタローマンを見たことがあるからそういうこともあると受け入れているようだった。
そしてその日も、タローマンは遊び疲れて帰ってきた。
僕はそれまでしていた作業の手を止めて、声を掛ける。
「おかえり、タローマン」
タローマンは喋らない。テレビシリーズでだって、タローマンの心情は動きとナレーションで表されていた。タローマンは玄関で三点倒立をしていて、いつも通りのタローマンだなあと思う。
――いつも通りのタローマンって、なんだ?
タローマンはでたらめなものだ。それは一緒に暮らしている僕がいちばんよく知っている。というかこどものころから知っている。脈絡なくビルを破壊したり、奇獣を爆破したり、人間を指でつぶしたりするものだ。
しかしこの世界に奇獣はいない。そもそもタローマンが巨大じゃない。街に受け入れられている。僕もタローマンの存在を受け入れている。
そんなタローマンは、ほんとうにタローマンなのだろうか。
僕の思いをよそに、タローマンはいつものようにリビングで踊っている。踊るのに飽きると止まる。止まるのに飽きるとまた踊る。ひとつとして同じ動きはなくて、だがそれが『いつも通り』なのだと言われたら、反論できない。
「ねえ、タローマン」
タローマンは喋らない。ただ壁の一点を凝視していたかと思えば、そこを執拗につつきはじめる。
「タローマンって、ほんとうにタローマンなの」
タローマンは答えない。テレビのチャンネルを変え続けている。
「僕の想像したタローマンなんじゃないの、きみは」
タローマンは返事をしない。僕の方を見ることもない。
「タローマンって、ほんとうはいないんじゃないか」
僕がそう口にした瞬間、タローマンが動きを止めてこちらを見据えた。
そして、タローマンは、膝をかがめて、両手を瞳の前にかざした。タローマンのてのひらに描かれた目が、僕を見ているような気がした。あ、なるほど。これは『芸術は爆発だ』のポーズだ。タローマンの必殺技だ。これを受けた奇獣は虹色に爆散する。ということは、僕もそうなるのだろうか? 今までこうやって一緒に暮らしてきたのに、ある程度平和に暮らしていたのに、急にそんなことをすることがあるだろうか?
僕は椅子からずり落ちそうになったが、なんとかこらえた。 タローマンはそのポーズのまま動かなかった。いつ僕は爆発するんだろう、と思ったが、そうはならなかった。
タローマンと向かい合っているその時間は、永遠のように感じられた。
そのとき、金色のくちびるが動いた。
少なくとも、僕には、そう見えた。
え、何? 何を言ったんだ?
困惑に包まれている僕をよそに、タローマンはいきなり姿勢を正した。タローマンがこんなにまっすぐ立っているところなんか、僕は見たことがなかった。
なのに、僕は、こう思った。
これが、たしかに、タローマンなのだと。
まばゆい金色の光が視界を覆って、目を閉じる。目を開いたときには、タローマンは消えていた。
現れた時と同じように、突然消え失せてしまった。
どこかに隠れたんじゃないだろうか、探しても見つからない。
いつか帰ってくるんじゃないだろうか、そんなこと、ないって、直観する。

今思えば、タローマンはでたらめな存在だ。そして、天邪鬼な存在だ。ほめられるとやる気をなくすし、来いと言われたら逃げる。だから、僕が「いない」と言った瞬間に存在するようになったのかもしれない。そして、存在してしまったから消えたのかもしれない。
このような推測も、すべて、ほんもののタローマンを失った世界の前では無意味なものだ。
僕は寝室に置いてあるタローマンの二頭身のぬいぐるみを眺めながら思う。このぬいぐるみも、ほんもののタローマンの写し身にすぎない。
もう夜も12時だ。未来人類アンテナを外して眠らなければならない。

その日は夢を見なかった。タローマンが去ってしまったからかもしれない。タローマンが去ったところで、僕には変わらない日常がある。目を覚ましたところでタローマンが僕を覗き込んでいることはない、歯を磨いている隣でよくわからない踊りを踊っていたりしない、朝食を摂っている僕を横目にソファでくつろいでいたりしない。
それでも僕は生活をしなければならない。仕事をしなければならない。生きていかなければならない。黒一色のクローゼットから服を選んで、靴を履いて、外に出る。

扉を開けた僕の目の前に、太陽をかたどった金色の巨大な顔があって、朝の光が、その瞳を、きらきら輝かせている。

2025-09-03

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