13.奇術師と人形
奇術師が目を覚ますと、薄いブラウンの瞳がこちらを不安げに覗き込んでいた。ぱちりとまばたきをしたあと、人形はその手を奇術師に伸ばそうとして、やめた。とにかく、相手を安心させたくて、大丈夫だよ、と言おうとするけれども、何が大丈夫なのかはわからな…
奇術師と人形
12.分解と演繹
その公演は大成功のうちに終わったと伝えられている。はじめて船の街の年に一度の祭りにやってきた奇術師とそのアシスタントの人形は、見事なパフォーマンスを見せてくれた。特に、船の街には定住していない極彩色の鳥たちを用いたプログラムは、その珍しさも…
奇術師と人形
11.幕間
人形は、目覚める前のことをおぼろげに記憶している。それは無ではなかった。無ではないが、有でもない。何かの音、何らかの感覚、それらは人形の中で――もちろん、まだ人形ではないのだが――分節されることはなくそこにあった。記録されることはなく入力さ…
奇術師と人形
10.船と差異
街というのは大地の上にのみ存在するわけではない。海に、川に、森の上に、はたまた大空に。人が住む場所があれば、どこだって街になる。奇術師と人形が訪れた街の中には、このようなものがある。小さな海ほどの大きさの湖に浮かぶ、巨大な船。もしくは単に、…
奇術師と人形
9.魔法使いと星
その魔法使いは、魔法は見世物ではないのだと教えられて育った。魔法の存在は秘匿されていなければならず、『普通の人』に見せてはならないものなのだと。たとえ星を降らせる術を知ろうと、オーロラを見せる技があろうとーーもっとも、このような大規模な魔法…
奇術師と人形
8.英雄とドラゴン
世界中を旅し続けている奇術師と人形にとって、季節の概念はあまり意味をなさない。春の訪れに従って動けばずっと春だし、雪の降る街を選んで行けばずっと冬だ――もっとも、彼らは季節の運行に関わらず、好きな街へ、行くべき街へ、彼らの公演を待っている街…
奇術師と人形
7.黄金と人形
「ええと、つまり、僕にこの人形を売ってほしいと」「最初から、何度も申し上げている通り、そうです」奇術師と人形の旅の途中、ある春のこと、公演を行った黄金の街――かつては金鉱山で一財を成し、今は金属の細工物で有名だそうだ――の宿屋に、大真面目な…
奇術師と人形
6.飴玉と硝子
人形はガラス玉が好きだ。自動人形一般の性質としてそう、というのは聞いたことがないから、この人形に特有の性質なのだろう。もっとも、自動人形一般の性質について述べるのは、人間一般の性質を語るくらいには無意味だ。どう作られたってそれぞれに個性があ…
奇術師と人形
5.人形師と奇術師
奇術師が人形を作った。彼にはその能力があり、日頃の細かな修繕も彼が行っていた。しかし、年に一度は、専門家によるオーバーホールが必要で、そのような場合に頼りになるのが人形師だ。人形師は、この国で――もしかしたら、この世界で――一番の自動人形製…
奇術師と人形
4.雪とチョコレート
それは奇術師と人形が過ごした、ある冬のこと。「いいよなあ、お前は寒くないんだから」普段だったらうれしいはずの、ふかふかのベッドの上で、毛布にくるまりながら、その上に羽布団を重ねて、奇術師は言った。人形はいつもどおりの服装――上下ともつやつや…
奇術師と人形
3.ミルと神様
神様を信じているのはミルだけだった。神様はミルの家のガレージに落ちていた。それは五年前のこと。もう肌寒いを超えて、雪がちらつくような季節。年末、大掃除をする際に、埃を被った大人と同じサイズの人型の存在を見つけたのがミルだった。それは、トラン…
奇術師と人形
2.幻影遣いとトミイ
奇術師と人形は、路上でマジックの公演を行いながら街々を渡り歩いている。去年も、今年も、これからも。花咲く春も、日差しの強い夏も、移りゆく秋も、雪の降る冬も。彼らの巡る旅路の中で、他の大道芸人に出会うことも多々あった。たとえば、魔法を使ってい…
奇術師と人形