そう、手錠さえなければ!
まずは一番近いドラッグストアに向かおうと歩き出したふたりは、通り慣れたはずの道の歩きにくさに戸惑うことになった。
「なんか、こう」
「歩きにくいな、コイツのせいで」
ルークが左手を出そうとするとアーロンの右手が引っ張られる。その逆も然り。傍からはうまくいかない二人三脚のように見えるだろう。
ルークの家の周りに人通りが少なくてよかった。あと今ご近所さんとすれ違わなくてよかった。
アーロンが手錠のかかった左手をひょいと掲げてみせる。ルークはそれに引っ張られて転びかけた。銀色の輪が手首に食い込んで痛みが走る。
「危ないだろ、ほら、君、背が高いから」
足が長いから、も含意したささやかな抗義に対して。
「そうか?」
だなんてアーロンは笑ってみせる。かわいいからって許さないからな! という気持ちはある。気持ちだけはある。
あと、シンプルに、距離が近い。いやこれより近付いたことはいくらだってあるけれども恒常的にこの距離っていうのははじめてだ。
「それから、ええと、近くないか?」
「離れらんねえだろ、こうなってたら、どう考えても」
それはそう。ほんとうにそうなのだが、
「どうしたって、テンポが狂うんだよな……」
歩幅の違いを強制的に思い知らされるというか。リズムが合わないというか。
ルークとアーロンはこれまでいろいろなミッションをこなしてきた。その中には共同で潜入することだってあったし共闘したことだってたった。そのときは言葉にせずともしっかり息が合った。
ただ、それとこれとは話が違う。
何が違うのか、ルークにはまだはっきりと言語化できなかったけれども――
それから距離が近いというのはルークに別のミッションをもたらしていた。
アーロンが近い!
トートロジーのようなそれが襲いかかるのも当然だろう、たまにかする爪先、触れずとも感じる体温、どことなく甘く感じるアーロンの香り、なんならこの合わないテンポでつまずくときにわずかに触れるふとももだとか。
いやだいぶかなりとてもかなりアーロンにキスしたいぞ。キスだけじゃなくてもいいんだけれども。
今は事件のことを考えなくてはならないのはわかっているし、実際頭の半分以上はそのことについて考えているのだが、どこか独立したところがアーロンのことを観察し、欲望し、触れたいと願ってしまっている。
「ちょっとこの状況楽しんでんじゃねえのかドギー」
「え?」
「ニヤついてんだよ」
え? そうか? そうだったのか? これでニヤついてるっていうなら朝からずっとそうだったんじゃないのか?
いやでも素直にキスしたいぞって言える状況でもないし……とルークは早口でこうまくし立てることとなる。
「ニンジャジャン新春スペシャルで、ニンジャジャンとワルサムライが事故で手錠で繋がれちゃう回があってさ! 敵対しているふたりが一緒に行動しなければならないところから来るドタバタ劇! なのに共通の敵と戦うときにはしっかり息の合うアクション! 円盤がなかなかレンタルに出回ってないのがネックだけど最近アマゾンズプライマービデオで配信が始まったんだ!」
特に後半の殺陣の組み立てがほんとうによくできているし何回も巻き戻して見ちゃったよ、とルークは言う。
こちらも嘘ではない。このシチュエーションにはちょっとニンジャジャンを思い出す。どうしてニンジャジャンとワルサムライは普段敵対していたのにあんなに息が合っていたのだろうか。敵対してなくてもこれだぞ。現実はそんなに甘くないということだろうか。
「君も見るか?」
まあええと嘘ではないだけで真実ではない。真実の方を口にするのはちょっと気が引ける。ルーク・ウィリアムズにしては珍しく。
「アクションがよくできてるって言うなら見てやる」
「やった!」
「――今度ニンジャジャンショーに出るときのための参考だよ」
なんでもモクマがチャリティニンジャジャンショーを今度エリントンで行う予定らしい。当然アーロンにオファーが来る。モクマとアーロンに合わせなきゃいけない他のスーツアクターたちの苦労を思ったりはする。
それにしても。
「君、かなり律儀だな」
もちろん、ルークとしてもヒーローショーのキャラクター解釈はしっかりしていればしっかりしているほどうれしい。アクションだってたのしみだけれども、スーツアクターによってきちんと咀嚼されたヒーローやヴィランの造形を見るのもまたいいものだ。
「もし出るんなら僕は最前列で――いや最前列は子供たちのためにあるから、それでもできるだけいい席で君たちにうちわを振るからな!」
ニンジャジャンがんばれー! ワルサムライも負けるなー! って大声で叫んでやる! とルークは目を輝かせた。
「うぜえ、手え振るだけにしてろ」
「手を振るのはいいんだ……」
また手錠を引っ張られた。ちょっと痛い。
あまり大きくはないバス通りのそばにある、小さなドラッグストア。普通に歩けば十五分のそこに二十五分くらいかけて辿り着いたところで、アーロンが口を開いた。ルークを見て、自分を見て、至極冷静に、明日の天気は曇りです、と同じくらいのテンションで言う。
「どう考えても怪しいだろ」
ルークは我が身を――というかふたりの身を振り返る。手には手錠。はい。
「多分! 堂々としていれば何の問題もないんじゃないかな! これまでも捜査のときはこんな感じだったわけだし、ここまで誰も声をかけてこなかったし」
「……そうか? これまで手錠してたか? それから今のテメエは警察官でもなんでもないだろ?」
あと怪しくて話しかけられなかっただけだと思うぞ、とアーロンは付け加える。
「ど、ど正論……」
確かにルークもひとつの手錠をふたりで普通にかけている一般人がいたらスルーはできないだろう。合意があるなら問題はないが犯罪性がある可能性が十分にある。
この状況で、何があったのかと聞かれて、私服警官が犯人を護送している途中ですと言い張るのは難しい。警察手帳を出せと言われたら困ってしまう。公務員であると偽装するのは犯罪だ。警察及び一般市民相手に事情が説明できない以上、それはやめたほうがいいだろう。というかもし警察手帳を出せる立場だったとしても、私服警官が犯人を護送している最中に聞き込みに来るというシチュエーションはそもそも不自然だ。
なら手錠を隠したほうがいい。でもどうやって――ルークは手元を見つめる。手錠がちらりと光っている。すぐそばにはアーロンの手もあって――なるほど。
「そこでご提案なんですが、手を繋いで捜査に行くっていうのはどうでしょうか!」
「は?」
「君のジャケットの袖はふわふわだからそんなに手錠が目立たない。僕の袖も、こう」
ルークはいつも折っているコートの袖を伸ばしてみせる。手の甲の半分くらいまではこれで覆うことができる。それからアーロンの手を握る。いつにもましてあたたかい。ように感じる。
「これでばっちりだ!」
ルークは得意げだが、アーロンは顔を覆う。あとなんか音がした。これは多分。
「えっ今舌打ちした!?」
「今かなり恥ずかしいことになってんのわかってんのか」
「怪しまれるより恥ずかしい方がましだよ!」
蹴られた。脛を。ちょっと痛い。
「とっとと解決して帰るぞ」
「で、日没は何時だ」
ルークはタブレットを取り出して今日の日没時間を検索する。エリントンの日没は十九時三十七分。左手の時計を確認する。今は十三時二十分。
「あと六時間だ――急ごう」
エリントン中心部からは外れたところにある、住宅地の中のドラッグストア。休日の昼間にも関わらず閑散としている。二人の他に客はいないようだ。
お久しぶりですよね、と青いエプロンを着けた女性店員は言った。
「あ、今日も消毒薬と包帯ですか?」
「今日は大丈夫ですよ」
「いつも応急手当てキットでも買ってんのか」
「いつもじゃないよ」
たまにだよたまに! というか職務上のケガに対する手当てなら職場にきちんとキットがあるからね! とルークは反論する。
「久々に来たと思ったら、お友達も一緒なのね」
「お友達……」
どこか不服そうなアーロンをよそに、ルークは店員にこう尋ねる。
「すみません、最近この辺りで不審な動きはありませんでしたか? 普段見ないような人が来たとか、大きな荷物を持っていたとか」
「大変申し訳ないのですが、どうしてですか?」
「僕らは近所で迷子になった小型犬を探しているんです。誘拐されたんじゃないかと飼い主さんたちも気が気じゃないらしくて。警察にも連絡したんですが、家の近くについては僕らで探してみようと思っているんです」
『一般人』が聞き込みをするには理由が必要だ。ここでは、ルークとアーロンは迷子犬を探しているという設定にすると決めていた。犯人は爆弾などといった大きな荷物を持っている可能性が高いし、それは誘拐犯が犬を詰め込んだトランクケースに似ていたりもするだろう。
「そうですか、それなら、ええと――この店、基本的にあなたみたいに地元の人しか来ないんで、変な人が来たら大体覚えていると思うんですけど」
「どうしたの? 在庫なら見てこられるよ」
ルークと店員の会話に、ショートカットの女性店員が割り込んできた。
「このお客さんが最近誰か見慣れない顔を見なかったかだって」
ショートカットの女性店員は、あ、そういえば、と言う。
「昨日あたり、大きなトランクケースを持った人が来た気がする。尿素ばかり何キロも買っていって。何のために使うんだろうって思ったからよく覚えているわ。自家製の化粧水でも作るんですかね? 黒髪の男性二人組で――身長はお客さんとそのワイルドなお兄さんの中間くらいと、それよりは低い人だったかな。そうそう、サングラスかけてた。店の中なのに」
となるとその客たちの身長は一七〇センチ台後半くらいだったのだろう。
「その他に何か買っていったものはありませんか?」
「尿素だけだったかな。それから、硫酸の大きなボトルはないのか、って尋ねてきたわね。こんな小さなドラッグストアには置いてないから、すみませんねって言ったけど」
「なるほど」
怪しい人物たちがこのドラッグストアで買おうとしたものは、どちらも爆発物を作るのに使える物質だ。
「アーロン、ちょっと持っていてくれないか?」
ルークはアーロンにタブレットを持たせる。タブレット自体は片手でも扱えるが、メモをするには不便だ。今手に入れた情報をアプリに記録する。
「ごめんなさい、誘拐犯には関係なさそうね」
「いえ、とっても役に立ちました!」
「警察に監視カメラの映像を提供したりしなくても大丈夫ですか?」
「もし必要なら警察にはこちらから連絡するんで、問題ないですよ。ありがとうございました!」
聞き込みだけだとなんなんで、何か買っていったほうがいいだろうか、とルークは思う。レジ前にはカラフルなお菓子が並んでいる。すっぱいグミ、袋入りのキャンディ、ボトルガム、それから――
「じゃあ、これふたつください!」
ルークの目に止まったのは『ミカグラ風! はずれるかもまんじゅう!』だった。どこかで聞いたことのあるような名前だが、本家の許可は取っているのだろうか。手のひらに収まるサイズ、黒糖系の茶色い皮、見た目は普通のまんじゅうだ。ルークはそれなりにエリントンスイーツ事情に詳しかったつもりなのだが、これは初めて見た。本家と同じように甘ければよいのだが、とルークは期待に胸を膨らませる。
「えっと、財布……」
財布はズボンの左ポケットに入っている。現在左手はアーロンと繋いでいるもとい手錠のせいで繋がっている。
「これか?」
「あ、アーロン!」
目の前に現れたのはルークの財布、それから得意げなアーロン。いつの間にルークのポケットから抜いたのだろうか。ぜんぜんわからなかった。
アーロンは片手で財布を開き、ファスナーを開け、小銭で支払い、お釣りを受け取っていた。器用だ。
ルークたちが去った後、ドラッグストアの店員ふたりは顔を見合わせる。
「あのひとたち、ずっと手を繋いでいたけど、なんだったんですかね?」
「さあ、最近流行っているとか……? ともあれ、仲のいいひとがいるのはいいことなんじゃない?」
家族連れの客が入ってくる。今日はこの店にしては繁盛している日のようだ。
ふたりはいらっしゃいませ、と明るく声をかける。
そんな会話があったことをもちろん知らないルークは、
「いやあ、まったく怪しまれなくてよかったな!」
君も食べるか? とルークは『はずれるかもまんじゅう』をレジ袋から取り出す。
「い、ら、ね、え、よ!」
「君のぶんも何か食べられるものを買っておけばよかったな」
「チキンナゲット屋があったら買えよ」
わかった、と答えながらルークははずれるかもまんじゅうを口の中に放り込んだ。
「これは、あまりにもうまーい!」
じっくり味わうつもりが一口でなくなってしまった。まんじゅうとはなんと儚いものなのだろうか。
「はずれまんじゅうよりは甘さが多少控えめなぶん、こしあんのなめらかさが際立っている! そしてこの極限まで薄くした皮! まんじゅうの皮というよりもあんを効率よく摂取するための名バイプレイヤーってところだな!」
ルークはふたつめも平らげて、ここにミカグラのお茶があったらよかったなあと思う。
コーヒーでもいい。
カロリーについては気にしない。気にしたことがない。運動すればオールオッケーだし、捜査は足が資本だ。今食べておいて損はないだろう。
「次は『はずれるかもまんじゅう 梅ピーナッツ味』も食べてみたいなあ!」
「梅ピーナッツだあ?」
アーロンにはまったく想像がつかない。梅というのはすっぱいもので、ピーナッツは香ばしいものだ。合わせて何が起こるというのだろうか。
「ほら見てみろアーロン、包み紙に来月梅ピーナッツ味発売って書いてあるだろ? それから、はずれるかもまんじゅうにランダムで付いてくる『金の天使ちゃん一つ・銀の天使ちゃん三つ』を集めるとエリントンテレビ局に招待してくれて、はずれるかもまんじゅうの歴史を紹介する特別ルームに入れるらしいぞ」
なんでテレビ局なんだろうって思ったけど、これお菓子で有名なルルボンとエリントンテレビ局のタイアップ商品らしいな、とルークはタブレットで公式ホームページを読んでいる。
「なんつーか、全部がギリギリの製品だな、それ……」
「そうか? 甘さはまったく限界じゃないよ!」
そっちじゃなくってよ、と言おうとしたアーロンだが、ルークは、
「あ、これ銀の天使ちゃんついてる」
だなんて無邪気に喜んでいるから毒気が抜かれる。
次に向かうのは大型工務店の予定だ。だいぶこの状態――手錠を隠すために手を繋いでいるのにも慣れてきた。少なくともルークはそう感じている。
しかしそううまくいくわけもない。
大型工務店はもう少しエリントン市街地に近いところにある。歩道には次第に人も増えてきた。
街路樹があったので右側に踏みだしたら、ちょうどそこに向こうからひとりの男性が歩いてきているところだった。それを、ルークは右に、アーロンは左に避けようとしてしまった。
「わっ!」
アーロンがルークを引っ張り、危うく通行人をラリアットでもしてしまうところをすんでのところで回避する。かしゃんと鎖の音がする。瞬時に心拍数が上がる。
「す、すみません!」
「すまないと思ってるなら街中で手を繋いでるのやめろ!」
男はそう吐き捨てて去っていった。ルークはその背にすみませんでした! ともう一度謝る。
「手ならいつでも離せるんだけどな」
「街中で手錠で繋がれているのがバレたほうが絶対怪しまれるからね! 今バレたかもしれないけど……何なら通報されかねないからな?」
通報されると必然的に警察に連絡が行く。そうなると爆弾犯たちは手錠を爆発させるという。それはまずい。
でもそれならどうすればいいだろうか、とルークが思っているところ、どこか決まり悪そうにアーロンは言う。
「なあ、テメエの袖掴んでるんじゃだめか」
アーロンはルークの手を離し、そのかわりに右手の指先でルークの袖をつまんだ。
「ほんとだ……これでよかったんだな……」
確かに、これで十分に手錠と鎖は隠れる。ある程度離れると鎖が見えてしまうかもしれないけれども、それは手を繋いでいたときと変わらない。
ルークはなんかめちゃくちゃ僕が君と手をつなぎたかったみたいじゃないか! というのは飲み込んだ。いや事実ではあるのだけれども。
「僕としたことが……今度から犯人からこんな脅しを食らったときにはそうするよ……」
「二度とあってたまるか」
「そうですね……」
あとアーロンが袖口をちょこんとつまんでいるのはかなり、かなりかわいいぞ! こんな光景めったに見られないだろう、手錠のおかげっていうのが複雑なところだけれども……とルークはぱちぱちと思考を遊ばせていた。アーロンが袖口を引っ張っている。これはあんまり痛くないぞ。
アーロンの提唱した袖を掴む作戦は成功しているようで、街中で不審がられることはなかった。工務店まではこのレンガ造りの通りをまっすぐ歩いていくことになる。
ふたりは今までの情報から類推される犯人像について話していた。
「この犯人、わざと足をつけようとしてるんじゃねえのか?」
「ダミー情報を流してるってことか?」
「こんな近くで簡単に作れる爆弾の材料を集めるヤツがいるかよ」
ドラッグストアで爆弾の材料を買えるというのは、インターネットで探せる範囲の情報だ。もちろん、それだけでは作れないけれども。もしかしたら、犯人はあまり爆発物には精通していないのかもしれない。
もしくは。
「僕らに見せつけたいのかもしれないな。それこそ、僕らをぎりぎりまで引きつけておいて爆発させたいとか」
「悪趣味極まりねえな」
今起こっている事象は十分悪趣味だ。ただの爆弾犯がやるにはまどろっこしすぎる。
「でもそうだとすれば、犯行時刻――日没より前に爆破するってことはないはずだ。爆発に間に合わせたいはずだろう? 僕らを」
「ごっこ遊びならもっと穏当にやれって」
「工務店で何か手掛かりがつかめればいいけど……」
そうこうしているうちに、大型工務店エリントンレッグズにたどり着いた。緑色の八階建てのビルで、フロアごとに木材、工作用品、文房具、塗料などさまざまなものが売られている。
小さな頃、ルークはエドワードと共にエリントンレッグズに行って、工作用品を買ったものだ。紙粘土で人形を作ってみたいとか、ちゃんと照準を定められるゴム鉄砲を作ってみたいとか、そういう願いを叶えてくれるのがこの工務店だった。
大人になってから来るエリントンレッグズは宝の山であると同時に、
「来てみたはいいものの……」
たくさんモノがありすぎてどこから手を付けていいのかわからないほどの店であった!
まさか爆弾の材料を買っていったひとはいませんか? と聞くわけにはいかないし、爆弾だけに使うようなものはここには売っていない。
頭を抱えているルークにアーロンは言う。
「ほら、あれだろ、釘とか」
「釘は棚を作るひとも買っていくだろうからな」
あと釘を使うタイプの爆弾は、だいぶ、物騒だ。
何か参考になるものはないかと五階の電子工作フロアを見渡していたら、隅の方に『エリントンレッグズ限定発売! ラジオエレクトリカルパーティー!』というポップがあった。パーティーというには地味な四角くて黒い箱だ。ワンポイントとして、鳥の羽をイメージしたようなロゴマークが印刷されたシールが貼ってある。隣には色とりどりのライトが光るカラーボールが回転している。
少なくともルークが子供だった頃にこの商品を見た記憶はない。
「こちらラジオエレクトリカルパーティー、小学生の自由研究なんかにおすすめですね」
ルークとアーロンに話しかけてきた緑の制服を着た店員の名札には、名前の他に『電子工作マスター』と書かれている。
「初めて見ました」
「ああ、この新製品はね、電波から電力を作ることができるんです。その辺りを飛んでいるいろんな電波を捕まえて勝手に発電してくれる。だから、ほら」
電子工作マスターは手のひらサイズのドローンを棚から取り出した。
「バッテリーを内蔵しなくていいので、ドローンだってこんなに小型・軽量化が可能となります」
アーロンはドローンを目で追いかけていた。猫みたいだ、と思う。
「他には、何に使えるんですか?」
「うーん、私たちも完全に活用できているとはいえないんですが、野外に設置する看板なんかに使うと面白いと思いますよ。外に置いておけば、電波を拾ってずっと光ってくれますからね」
あとは超薄型ライト付きペーパーと組み合わせて、光るチラシなんかも作れますよ、と付け加える。
なるほど、これは野外での設置に向いた小型発電装置というわけか。もしかしたら何らかのヒントにつながるかもしれない。
「エリントン大学の研究室発の技術でね、この論文が非常に興味深いんだけど――おっと、今はそのはなしをしている場合じゃないですね」
「そちらの商品は人気なんですか?」
「面白いんですが、人気ではないですね。安くて、自由研究に使えるくらい簡単なのになあ。プロが使えばもっといろいろなことができるはずだし。そういえば、最近これを爆買いしていったお客様がいましたね。一応リスクも説明したんですけど」
「リスク?」
「ええ、一回電波の供給が遮断されると――電源が切れると自動じゃ再起動できないんです。その時の処理が結構面倒でね、遠隔操作とかもまだできません。エリントンにもファインジーが通り始めていますけど、トンネルの中などにはまだまだ電波が届きませんからね」
だからこのドローンもアルミの板で覆われた部屋とかがあったら落ちちゃうんですよ、と電子工作マスターはドローンを軽やかに飛ばしながら言う。
ファインジーというのは超高速通信を可能とする新しい電波の種類だという。ルークのタブレットはまだファインジーに対応していないので、買い替えを検討している。
「参考になりました。ありがとうございます!」
電子工作マスターはルークとアーロンを見送った後、
(それにしても、さっきのふたりはどうしてずっとコートの袖を掴んでいたんだろうか? しかも髪の毛がつんつんしていてワイルドな見かけのほうが。ああ見えて迷子になりやすいとかなのだろうか?)
そんなことを考えながら棚の整理をしていたが、しばらくすると内線で呼ばれて別のフロアに向かった。階段を三段登ったころには先程の疑問も雲散霧消していた。優秀なレコメンダーの仕事は多いのだ。些細なことにかかずらっている時間はない。
工務店エリントンレッグズには、上りはエスカレーターがあるけれども、下りは階段しかない。エレベーターもあるが混雑している。限られたスペースに商品を詰め込むための工夫だという。おかげでルークとアーロンは階段で一階まで降りることとなった。
「あのラジオエレクトリカルパーティー、興味深い製品だけど、爆弾に関係あるのかな?」
「爆買いしてったヤツがいるっていうのが怪しいが、そいつがドラッグストアで爆薬の材料を買ったヤツと同一人物である保証はねえな」
そのあと他のフロアで不審な買い物がなかったかを尋ねたが、特にそういうことはなかったようだった。
「ここには来なかったのかもしれねえな、次行くぞ」
「ああ!」
爆弾に直接つながるものはなかったが、有意義な技術に関する情報を入手することができた。気分を切り替えて次に行こう。
それとは別に多少問題がある。いや、結構大きな問題だ。ルークにとっては。人間には限界というものがある。
工務店を出る前に、ルークはおずおずとアーロンに言った。
「ところでアーロン」
「ちょっとトイレに行きたいんだけど」
普段なら何の問題もない。普段なら。
「あ?」
ただ現在、ふたりは手錠でつながれており、用を足すためには、適度な想像力を持つものなら容易に想定可能な事態が発生する。
アーロンは穏やかに、しかし有無を言わさないトーンで告げる。
「耐えろ」
「三回くらい耐えたよ!!」
いやもう流石に限界なんだ! だって家を出てからもう何時間も経っただろう? そんなに水を飲んでいないといえ無理なものは無理だよ! とルークは言う。
「なんか考えろ」
「ええと、双方の尊厳を保ったまま用を足す方法は――」
結論から言うとどうにかなった。他の人が入ってこなくて助かった。手錠の鎖が十五センチあれば案外なんとでもなるものだ。アーロンのジャケットの裾を泥で汚してしまうことになったが。その程度で済んでよかった、というべきか。ルークは今日のディナーをいつものハンバーグどころかシャトーブリアンにすることをアーロンに約束することになったが、安いものだろう。
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