エリントンの日は比較的長い。太陽が水平線に近付いてきてなお、明るさを十分に持っている。それでも日射角度が変化したのは感じる。押し込み犯たちを追いかけているうちに、随分と時間がたってしまったようだ。
「もうこんな時間か」
ルークは呟く。
今日の日没は十九時三十七分。
大通りからビルを見上げると、街頭モニタには今の時間――十六時五分という表示とともに夕方のエリントンデイリーニュースが流れていた。
『夕方もエリントン港のクジラは外に出られていないようですが、元気な姿を住人たちに見せてくれています。あっ、今ジャンプしました! 飛沫がこちらまで飛んできそうな迫力ですね』
朝とは違う人物だが、同じように陽気なアナウンサーがエリントン港のクジラについて話している。
「相変わらず平和だな」
「さっきの事件はまだ報道されないよ……」
アナウンサーはそれに加えていくつかのおだやかなニュースを読み上げた後、こう締める。
『毎日あなたと一緒にいたい! エリントンデイリーニュース!』
カラフルな正方形のアニメーションが画面を埋め尽くす。右下に、『今夜のエリントンデイリーニュースは機器メンテナンスのため一時間遅れて放送する予定です』とのテロップ。次のデイリーニュースは二十時半からだそうだ。
「毎日あなたと一緒にいたい……?」
ルークは立ち止まる。ひとつの直感が脳内によぎる。アーロン、聞いてくれないか、と言う。アーロンは歩くスピードを少しだけ落とす。
「アーロン、犯人が出したあのヒント」
「『このエリントンで毎日誰もと一緒にいるのに、今夜は一緒にいられない、誰かのところ』だったか?」
「それってもしかして、エリントンデイリーニュースのことなんじゃないか?」
エリントンデイリーニュースは大人気テレビ番組だし、エリントンのひとなら知らないものはいない。そして、
「今夜はっていうのは」
「機器メンテナンスのことか」
アーロンが付け加える。
「犯人たちは、わざわざメンテナンスがある今日を狙って犯行を起こしたのかもしれない」
「じゃあその、『誰かのところ』は」
ひとつの推論が立ち上がる。
「エリントンテレビ局だ……!」
海岸沿いにある高い銀色のビル。ここからでも見えるその頂上には、なぜか立方体のようなオブジェが刺さっている。
「とはいえ」
どうやってテレビ局に潜入するっていうんだ? とルークは頭を抱えた。テレビ局はテロ対策のため部外者以外はそう簡単に入ることはできない。爆発物があるかもしれないので退去してくださいって言うのが一番なのだが、そうすると普通に警察に連絡される。
取材に来たジャーナリストのふりでもすればよいだろうか? それこそ身分証明証が必要だ。
「警察に連絡されないようにテレビ局に入る方法は――」
そうだ、とアーロンは言う。まったく、ルークの甘味好きも使えることがあるものだ。
「おいドギー、さっきのあの、やばいまんじゅうあるだろ」
「はずれるかもまんじゅうな」
「あれの『天使ちゃん』を集めればテレビ局の特別ルームに行けるんじゃなかったか?」
「それだ!」
これで、少なくとも入口のゲートは突破することができる。
ルークとアーロンは急いでドラッグストアに戻った。レジ前に並んだ『はずれるかもまんじゅう』をすべて買い占めて、近くのベンチで一つずつ開封する。ひとつはもう持っていたので、運がいいことに一〇個もしないうちに『銀の天使ちゃん』を三つ揃えることができた。一口大とはいえまんじゅう十個も食べて大丈夫か? とアーロンは思ったりしたのだが、ルークは小さなパンでも食べるかのようにぱくぱくと消費していく。
「うまーい!」
しかもしっかり味わって。今度はペットボトルの茶も一緒に買ったから食べやすい、らしい。アーロンにとっては茶があろうとなかろうと無理な量だが。
ルークはまんじゅうを平らげて、『銀の天使ちゃん』を台紙に貼った。
「さて、潜入ルートは――」
ルートの確認が済んだところで、ふたりはタクシーを飛ばしてエリントンテレビ局に向かう。テレビ局には『特別警戒実施中』という垂れ幕がかかっており、入り口には警備員がいる。
ルークは警備員に先程集めた『銀の天使ちゃん』を貼り付けた紙を見せた。
「はずれるかもまんじゅうの『銀の天使ちゃん』三つ揃えたんですけど、特別ルームに入れますか?」
「しばらくお待ち下さい」
警備員はエントランスに行き、受付に何やら確認しているようだ。
エントランスにある大型モニタには今放送している『ドキドキ☆ショッピング』が流れており、新型タブレットを売っている。なんでも、ファインジー対応で今までの機種より五倍は通信速度が上がるらしい。右下には『今夜は機器メンテナンスがあります』のテロップがある。
しばらくすると警備員が戻ってきた。
「はい、係の者が案内しますのでお待ち下さい」
入ってしまえばこっちのものだ。スタッフがふたりを最上階の特別ルームまで案内してくれるらしい。エントランスで来館者名簿に名前を書くことになる。
『ルーク・ウィリアムズ』、それから。
アーロンは何と書いていいのかしばしためらった。通例ここはフルネームを求められているのだろう。使ってきたいくつかの偽名のうちの一つを使ってやってもいいのだが、身分証も出さなければならないようだし、
『アーロン・ウィリアムズ』
ここはこれでいいだろう。
マジかよ、と声を出さずにルークの口が動くのがわかる。
マジだよ、とアーロンも口の動きで返す。
パスポートの名前がこうなっているのはルークにはまだ伝えてはいない。パスポートを手配したのが誰とは言わないが某詐欺師の嫌がらせか何かを素直に喜ぶわけにもいかないことだし。
名簿と身分証明書類の名前を照合した後、受付は、
「それではご案内しますね」
と、まずは紙袋に入った大量のノベルティをふたりにくれた。テレビ局特製シャープペンシル、陶器製の天使ちゃん人形、社屋の上に刺さっている立方体のフィギュア、まんじゅう柄マスキングテープなど。アーロンは丁重にノベルティを断った。これから潜入するっていうのに荷物を増やしてどうする。
ルークはノベルティの紙袋を受け取り、限定仕様パッケージのはずれるかもまんじゅうをポケットに入れる。このパッケージにはエリントンテレビ局の独創的な社屋が印刷されている。もったいないのでアーロンの分ももらってしまった。
「特別警戒実施中ですので、簡単な金属探知機で検査しますね」
天使ちゃんのおかげで無事にテレビ局内部に入ることに成功したふたりを待っていたのは金属探知機であった! まずはお手持ちの危険物があったらエントラスで預かるので、と言われたので、アーロンは鉤爪、ルークは銃を係員に渡す。
「まずくないか?」
ここまであらゆる手段で手錠を隠してきたのだが、金属探知機は避けようがないだろう。バレたところで、係員ひとりくらいならどうとでもなるかもしれないが、だなんてルークは思っていたが、アーロンはまったく動揺していないようだった。
「いや、行けるぞ」
「え?」
「黙っとけ」
横に並んでいるふたりに対して、真面目そうな係員は、
「あ、お一人ずつお願いします」
ハンディ式の金属探知機を持って言う。
「すみません、今僕らふたりで潰さないようにはずれるかもまんじゅうを持ちつづけるっていうチャレンジをしているんで」
ルークが苦し紛れに言うと、係員は、
「わかりました」
と答え、手に持った金属探知機でルークたちを調べ始める。
それでいいのか。いいならいいのだが。この会社のまんじゅうに対する熱意はすごいな。
金属探知機のブザーが鳴る。さすがにまずかったか、とルークは思ったが、
「こちらは……キーホルダーですね。問題ありません」
ルークがベルトに着けていたACEくんキーホルダーの金属部分であった。
セキュリティゲートを抜けると、天使ちゃんバッジを着けたスタッフが待っていた。ふたりはたくさんのノベルティと一緒に廊下を歩いた。
いよいよテレビ局内部だ!
エリントンテレビ局スタッフは、はじめての特別ルームへの案内だけど、なんでこのふたりはこんなに距離が近いんだろう、でもせっかく来てもらったんだから精一杯楽しんでもらおうと、気さくに彼らに声をかけてみた。
「おふたりとも、はずれるかもまんじゅうはお好きなんですか?」
「コイツはな」
「いやあ、僕が全部食べちゃいました」
見るからによく食べそうな方じゃなくってその隣の比較的地味な青年のほうが甘いものが好きなようだ。はずれるかもまんじゅうは老若男女に流行ってほしい、エリントンデイリーニュースのように、というのが上層部のコンセプト。らしい。
『銀の天使ちゃん』を揃えてきたというのだから、これまでに結構たくさん食べなくてはならなかったはずだ。局の誇る大食いタレントも細身の女性だし、ひとは見かけによらないのだろう。
「特別ルームには、天使ちゃん人形と一緒に写真を撮れるスペースがあります! お客様たちも、ぜひ記念撮影をして、ソーシャルメディアなんかでみんなに自慢してくださいね!」
今なら一番乗りですよ! とスタッフは客人たちの方に振り返る。
「あれ……?」
さて彼女が案内していたはずの客人ふたりは忽然と消え失せていた。さっきまですぐ後ろにいたはずなのに。
社員証をかけたルークとアーロンは――さっきまで一緒にいたスタッフと通りがかりのスタッフからアーロンが掏ったのだ――頃合いを見て特別ルームへ案内してくれる道を外れて横に入った。
「いつか、ちゃんと特別ルームに行ってやる……!」
「記念写真は撮らねえからな」
「やってみたらきっと楽しいぞ」
エリントンテレビ局は事務フロアとスタジオフロアに分かれている。スタジオフロアは五階から上で、社員証がなければ入ることができない。入手しておいて正解だった。
エレベーターの中で、ルークはアーロンに尋ねる。
「そういえばさっきのどうやったんだ?」
「さっきのって」
「金属探知機すり抜けるの。何かやったのか?」
「あ? 金属探知機に通る素材だろ、この手錠」
見たところチタンだろ、とアーロンは言う。
ルークは金属探知機に引っかからない金属が存在することは知っていたが、この手錠がチタンであることをすぐに見抜けるほど金属に詳しくはなかった、というか、触っただけじゃあまりつかないだろ、銀色の金属の区別! プラチナと銀とチタンとアルミとか!
「ま、まあ確かに最近の手錠は軽量化を図るためチタンが多いって聞くよな……」
エレベーターは五階に到着する。社員証をかざすとゲートが開く。いよいよスタジオフロアだ。
さて、デイリーニュースのスタジオはどこだろうか。今のところ、そこが一番怪しい。もしほんとうにそこに爆弾があるなら、ニュースが始まる前に解除する必要がある。
テレビ局の中に入れば、地図などがあるのではないかと考えていたが、壁には謎の文字や数字が書かれた紙がたくさん貼ってあるだけで、どのスタジオなのかはわからない。そこかしこの扉から人々の声が聞こえる。
ルークは機材を持ったスタッフに話しかけてみようとする――が。
「ちょっとそこの兄ちゃんたち、これ運んでくれよ」
その隣りにいた大きな荷物を抱えているスタッフに脚立を押し付けられた。折りたたんだ状態で三メートルほどはある。
右手でそれをつかもうとしてよろけそうになったルークをアーロンが支えてくれる、さすがの筋力だ。
「ありがとうアーロン」
「行くぞ」
ルークたちは脚立を五番スタジオまで持っていくこととなった。みな忙しそうにしており、スタッフ以外が忍び込んでいることには気がついていないようだった。
それにしても、何階にも分かれたこのスタジオの構造は一筋縄では行かない。脚立を運んでいる間にもデイリーニュースのスタジオを探しては見ていたが、どうもそのようなものは見当たらない。
ルークは道行くスタッフのひとりに尋ねてみることとした。
「すみません、僕ら最近入ったばっかりなんですけど、デイリーニュースのスタジオはどちらでしたっけ?」
「三番スタジオだけど」
緑の廊下を右行ってオレンジのドアだよ、覚えとけよ、看板番組なんだから、とメガネを掛けた男は言う。
「三番スタジオ……さっき通ったっけ?」
「迷路みたいだからなここ」
重たい脚立を肩に乗せてながらふたりは進む。途中でまた他のスタッフともすれ違い挨拶をする。五番スタジオに脚立を置き、三番に急ぐ。
三番スタジオにはルークにとっては日頃見慣れたセットがあった。緑と白を基調とし、花々が飾られた落ち着きのある長テーブルが正面に据えられている。その背後には大型のモニタがあり、普段ならそこに天気予報などが映し出されることとなる。
現在は何も映されていない。次の放送までの準備を別室で行っているのだろう。他のスタッフも見当たらない。
「ここに爆弾がある可能性が高いんだけど……手分けして探すってわけにはいかないし、とにかく急ごう」
これまでに類推される犯人の性格からするに、やたら見つけにくい場所にはないだろう。
しかし、昼間の収録中に見つかってしまっても困るはずだ。
ということは、アナウンサーやスタッフの死角となる場所――
いくつも置かれたカメラの下を覗いているルークをアーロンは引っ張る。
「こっちだ」
「え?」
アーロンが向かったのはアナウンサーが座っていたテーブル、その下。
中央に置かれた椅子を引くと。
「あった……!」
三十センチほどの黒い立方体、ご丁寧にタイマーまで付いているようだ。ルークは時計を見る。日の入りまで後約三〇分、タイマーの表示も同じ数字が点灯している。おそらくこれが爆弾だと考えて差し支えないだろう。
夕方のニュースまでに解除しないと大きな被害が出る。
「ええと、コードを切るとかが定番だけど……」
「スイッチもコードもなんなら金具も見当たんねえな」
そう、その『爆弾』はただの黒い箱であった。解除装置が存在しない。
「僕が見落としてるだけかと思ったけど、そうだよな……」
「でもライトはしっかり光ってるぞ」
アーロンが示したのはタイマーだ。光っている以上、どこかから電力を取っているのは間違いがないのだが。起爆装置のようなものがないのも気がかりだ。
『おめでとう! ここまでたどり着いてくれるかは正直五分五分だと思っていたけれども、来てくれたんだね、このステージに!』
その瞬間、扉のロックががしゃん、と掛かる音がスタジオに響き渡る。ふたりは急いでスタジオの出入り口を確認するが、鍵が外側から掛けられてしまっているようだ。
アナウンサーのテーブルの方に振り返ると、モニタにはアニメ調のテディベアのアイコンが浮かんでいた。赤いリボンもついている。
最初に送られてきたボイスチェンジャーと同じ声で、テディベアは言う。
『最終コーナーまで来てくれないと、面白くないからね! まあ、あとちょっとしか時間はないけど! 最後までがんばれ!』
アーロンが近くにあったカメラの台を叩いた。
『まあそんな、怒らないでよ! 爆弾さえ解除すれば、無事に帰れるよ?』
テディベアのアイコンがくるくると回転しながら虹色に光る。
『でも、その方法、きみたちに見つけられるかな? まあ、ぼくらはもっと上の方から見ているからね』
どっちにしたって楽しみだよ! と言って、通信は一方的に切られた。
「クソっ……!」
「ここまで犯人の思惑通りだったってわけか――」
だけれども、これが爆弾だと確定したのは大きい。ルークは改めてこの爆弾を観察する、衝撃を与えないようにそっと触ってみるが、冷たい。それから――あれ? 真っ黒だと思っていた側面にシールが貼ってある。これは。
「もしかして、あの工務店で言ってたあれじゃないのか? 電波で発電するとかいう」
そこにあったのは『ラジオエレクトリカルパーティー』のロゴが印字されたシールだった。爆弾を作る際に剥がし忘れたのだろうか。
『ラジオエレクトリカルパーティー』は電波から電力を生成する機器だ。コードなどが一切見えないこの爆弾は、電波からカウントダウンや起爆に必要な電力を賄っているのだろう。
「ってことは、電波を遮断すればこのカウントダウンが止まるってわけだな」
『ラジオエレクトリカルパーティー』の弱点として、一度電波が遮断されてしまうと自動で復旧されないというのがあると、工務店で聞いたのだった。
「一番早いのはこのテレビ局にお願いして停波してもらうことだろうけれども――この状況じゃそれも無理そうだな」
一応内線も確認したが切られているようだった。
「電波を遮断するには、たしか、アルミホイルで覆ったりするといいらしいんだけど」
ルークはスタジオ内を見回す。
「そんな都合のいいものはないよな……」
この場にあるものでどうにかして電波を止めることはできないだろうか。
拳銃や鉤爪はエントランスで預けてしまったし、もしあったとしてもこの爆弾に衝撃を与えたら何が起こるかわからない、今持っているものはタブレットと入り口で大量にもらったノベルティの入った紙袋くらいで――そうだ。
わかったぞ!
「アーロン、ひとつ考えがあるんだ」
まかり間違ったら、僕らが吹っ飛ぶけどな、とルークは言う。
「後何分だ?」
「五分」
「じゃあやるしかねえだろ」
「もちろん――僕らならできるはずだ!」
その後ルークの言った『作戦』は、シンプルなものだったけれども、成功すればこの爆弾を停止させるには十分な威力を持つものだった。
ルークはノベルティの袋から目的の品を探している。天使ちゃん人形でもマスキングテープでもなくて――アーロンはルークが散らかしたノベルティの中にはずれるかもまんじゅう缶バッジを見つけてただの茶色い丸なのでは? と思っている。
着々とカウントダウンの数字は減っていっている。まだ若干の余裕はあるが油断は禁物だ。
袋の底からようやくお目当てのものを探しだしたルークには、それでも、どうしても、アーロンに言いたいことがあった。
「この事件が解決したら、君に言いたいことがあるんだ」
「は? 縁起でもねえ、今言え」
空調の音がしっかりと聞こえるくらいの一瞬の沈黙。
「え……君とハグしたいんだけど」
ちっちゃな犬が健気に尻尾を振るみたいに、その割に自信がありそうなルークに、アーロンは呆気にとられた、今、今言うのかそれを、というより今言わなきゃならないだろうけど、それかよ!
「いや、こうなってはじめてわかったんだけど、手錠してると両手でハグできないんだな」
こう、ほら、手が伸びちゃうというか。ニンジャジャンの特番じゃこんなことなってなかったから知らなかったよ、と、不格好なワルツのようなポーズをしてみせるルークにアーロンは思わず笑った。
「何に感心してんだよ」
こんなときでもアーロンが笑っているのはいいなあ、というか何の笑いだったんだろう、と思っているところルークのくちびるに伝わるやわらかい感触、何なのか一瞬わからなくって、次になるほどこれはキスだ、とわかって、そのあとアーロンが僕にキスしている! と血流が増すのを感じた。
「今はこれで我慢しとけ、ルーク。続きは[[rb:お家 > ホーム]]に帰ってからな」
君ってやつは、と言うのがアーロンに聞こえる。テメエがオレを翻弄し続けたんだ。ざまあみやがれ。
一幕のじゃれつきのあとに、ふたりは何台も置かれているカメラにぐちゃぐちゃと繋がっているコードの端をたどる。壁際にはコンセントの山がある。ルークはそのうちのひとつを引っこ抜く。
そう、ルークの作戦は至ってシンプル、シャープペンシルの芯をコンセントに差し込み、ショートさせることでブレーカーを落とし、停波させるというものだった。当然予備電源はあるだろうから、停波は一瞬だろうが、爆弾を停止させるにはそれで十分のはずだ。
そのはずだったのだが。
「嘘だろ!?」
シャープペンシルの中に入っていた芯は二本、ブレーカーを落とすには一本足りない。何か電気を通すものはないだろうか、と思っていたら、
「こいつでいいだろ」
アーロンが取り出したのはルークの腰についていたACEくんマスコットキーホルダー、その金属部分。アーロンは片手で金属部分を伸ばしてみせた。
「もしかして、君、やったことあるくちか?」
「基礎だろ基礎」
何の基礎かは聞かないほうがいいかもしれない。ルークはこれを学校でやってはならないこととして習ったのだが――それはそうとして。
「それじゃあ」
カウントダウンは残り三十秒。
ルークはコンセントに二本のシャープペンシルの芯を差し込む。
アーロンがその上に今作った金属製の棒を乗せる。
電気が落ちる。スタジオは暗闇に包まれる。
「よし!」
ルークは爆弾のカウントダウンを見る。
タイマーが止まった。残り二秒。
爆発する気配は――ない。
ほっと息をついたのもつかの間、電源が復旧すると同時に、機動隊がスタジオに突入してきた。その先頭にいたのは、
「ウィリアムズ刑事!」
国家警察のルークの同僚だった。フェイスシールドをしているがルークにはすぐにわかった。
「復職は……明後日じゃなかったですか?」
怪訝な顔をする同僚に、ルークは苦笑する。
「いやまあそれが……見てのとおりいろいろあって」
見てのとおり。突然家に手錠が送られてきて半日ほどてんやわんやすることとなった。
「無事でよかったです。爆弾は」
「止まってるぜ」
黒い箱の方を見やり、アーロンが答える。爆破予告時間になっても爆発する気配はない。同僚は口をぽかんと開けている。久々に会った同僚のとなりに妙にツンツンした髪型の男がいたら驚きもするだろう。
「あの、お連れ様は」
アーロンの右手がルークの左手を掴む。それから得意げに掲げてみせる。しゃらりと鎖の音がする、それはもはや、いや最初から、彼らを縛るものではなくて。
「相棒だ」
彼らを結ぶもののひとつだった。
現場に駆けつけていた爆弾処理班がすぐにルークとアーロンの手錠を外してくれた。こんな小型爆弾よく作りますよね、などと言いながらも着実な作業で手首の爆弾は無力化された。
「すみません、傷が残っちゃいましたね」
爆弾処理班が言っているのはルークとアーロンの手首に残った擦過傷のことであった。どうやら、事件のさなかはそちらに夢中で気づかなかっただけで、枷の部分が手首の皮膚に擦れて浅い傷ができていたようだった。
「そんな、血も出ていないし、あなたが謝るようなことじゃないですよ」
「んなモンすぐ治るだろ」
それにしても、とルークは言う。
「いやあ何時間ぶりだろう、両手を自由に動かせるし、伸びもできるぞ!」
「二度とゴメンだな」
アーロンは肩を回していた。
なんでもここ数日、国家警察とエリントン地方警察が協力してこの爆弾犯『メーカーズ』を追いかけていたそうだ。国際的に民間人に小型爆弾の入った手錠を送りつけ、爆弾を追わせるという犯行を繰り返しているのだという。
爆発しても、爆発しなくても、ヒーローだろ? みんなを助けた英雄か、みんなのために死んだ英雄になれるんだから。というのが彼らの言い草だ。
ルークとアーロンの事件の際、近く――というよりもエリントンテレビの最上階からその様子を遠隔で監視していたメーカーズはそのまま捕らえられることとなった。メーカーズ関連の事件において、独力で爆弾を解除したのはルークとアーロンだけだったと、復職した後ルークは聞くこととなる。
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