みほちゃんのいない休日は何をするか迷うところだ。みほちゃんがいればなんだってたのしいのに。雉野つよしは先週の休日出勤の代休をどう過ごそうかと考えていた。外を見ると、天気はいいみたいである。予報でも今日は一日晴れ。職業柄、勉強することはいくらでもあるが――午前中はニュースでもキャッチアップするとして、そのあと少しくらいは外に出よう。
カレンダーを見る。五月の頭だ。ということは、もうそろそろあの季節だ。なら行く場所はひとつ。
昼ごはんを食べてから、身支度を整えて外に出る。目的地までは歩いて二十分くらいだ。駅前の商店街にさしかかったところ、雉野は見知った人影を見つけた。
「桃井さーん!」
向かい側の雑貨店の近くを歩いていた桃井タロウは、見慣れた制服姿ではなく、白のポロシャツを着ていた。雉野は駆け寄って声をかける。桃井は湖のような澄んだ瞳を揺るがすことなく立ち止まった。
「桃井さんも今日お休みなんですか?」
「週休二日のシフト制だ」
「今日はどちらに」
「図書館に本を返しに行く」
彼の持つネイビーのトートバックには何冊かの本が入っているようだった。
もしかしたらちょうどいいタイミングで彼に鉢合わせたかもしれない。
雉野はそれだったら、と、桃井に提案する。
「ちょっと、寄り道しません?」
「どこへ行くんだ」
怪訝そうな桃井に、雉野は自信たっぷりに答えた。
「かき氷です!」
「かき氷? 今か?」
「はい、今がいちばんです!」
雉野はなおも説明を続ける。
「来週からこの商店街でスイーツフェスティバルがはじまりますからね。どの店も、今の時期はそれに向けてアレンジメニューを考案しているところなんですよ」
なぜそんなことを知っているのかというと、アドバイスしたのが自分の会社だからだ。まあ、このアイデアを考えたのは、自分ではなかったのだけれども。
「食にうるさい桃井さんでも、きっと満足してもらえると思います」
「なら行こう」
「桃井さん、かき氷お好きなんですか?」
「子供のころ、夏祭りに行ったときに、陣と食べた。それ以来だな」
「それじゃあ驚きますよ、今のかき氷に」
雉野が桃井を連れて行ったのは、そこから五分もかからないかき氷屋であった。外観は古民家風で、小さな看板に筆文字で『こおり堂』と書かれている。
このかき氷屋は有名店で、地域を紹介する雑誌にも掲載されたことがある。夏になると大行列になるのだが、今はまだそこまで暑くもないことから、並んでいる客はいないようだった。
数年前、営業改善の提案をさせてもらったこともあるが、雉野はたまにプライベートでも食べに行っていた。なんてったっておいしいのだから。
木製の引き戸を開ける。カウンターとテーブルを合わせて十席くらいの小さな店だ。先客は二組いたが、テーブルがひとつ空いていた。雉野の姿を見かけた店主が、明るく声を掛けてくる。
「あら雉野さん、いらっしゃい」
「新作食べに来ました!」
「いつもの奥さんと一緒じゃないのね」
「こちらは、ええと……食通の桃井タロウさんです」
友達、と言い切るほど近しくはないけれども、赤の他人というわけではまったくない。彼の言によればお供なのだが、まさかここでそう言うわけにもいかない。
「よろしく頼む」
桃井はまっすぐ店主に答える。
誰相手でもこういう感じなんだな、というのは、わかりつつある。
席についてメニューを眺める。カラフルな写真とポップな文字。どれを見てもおいしそうだ。雉野は二択まで絞ったところでもう直観で決めればいいかなと思っていた。若ければふたつ食べればいいかもしれないけれども、流石にもうそんな年齢ではない。
「いろいろあって迷っちゃいますね」
「桃井さんは」
「もう決めた」
「さすがですね……」
即断即決、彼のそういうところが憧れではある。きっぱりした男になりたいと、常々雉野は思っていた。
どうにかひとつに絞って、店主に注文する。カウンターの向こうから氷を削る規則的な音が聞こえる。機械に頼らず手作業で行っているのだという。しばらくすると、ガラスの器に盛られたかき氷がふたつ、運ばれてきた。
雉野が頼んだのは今季の新作のエクストラチーズフルーツミックスであった。天然氷を削ったふわふわの氷に、ベースのシロップはエーデルフラワー、チーズのエスプーマがたっぷりと乗せられている。その上にはぶどうやりんご、いちごが飾り付けられており、見た目も華やかな一品だ。
桃井はレギュラーメニューのストロベリー。練乳に自家製ストロベリーソース、とちおとめがトッピングされたシンプルなかき氷。
どうせなら限定にしませんか、と雉野は言ったのだが、まずは店の定番を味わいたいのだという。一理ある。
雉野はてっぺんのぶどうとエスプーマ、そして氷を一緒にスプーンですくった。落ちないように口に運ぶ。濃厚なクリームとあっさりしたフルーツの相性がいい。きっとこの商品はヒットするだろう。
この店ではほうじ茶がついてくる。これがまたあたたかくていい。つめたいかき氷の合間に飲むにはぴったりだ。
同じくスプーンを進めていた桃井は、今日の天気は晴れだと告げる天気予報のように平然と言う。
「六〇点だな」
「ちょっと桃井さん、今日はそういうのいいですから」
たしかにこの店にはコンサルティング業務で関わったことがあるが、今回はそういった意図で来ているわけではない。純粋な気持ちで食べに来ただけなのだ。店主が聞いていないことを祈るしかない。
「かき氷という素材に対していちごが硬すぎる。調和が取れていない」
ただ、と桃井はスプーンをかき氷に差し込む。
「氷はいい。のびしろはいくらでもある。他のメニューも食べてみたいと感じられる」
まあ、ほんとうにまずかったらとっとと席を立っているだろう。付き合いの短い雉野にもそのくらいのことはわかる。
「ならよかったです」
溶けないうちに食べなきゃと、雉野はかき氷に向き直る。
「いやあ、今回もおいしかった!」
ほうじ茶も飲みながら完食し、器の底には五ミリほどシロップが残された。スプーンですくうには量が足りない。
桃井も食べ終わったころのようだった。そして、躊躇なく器を手にとって、残ったシロップを飲み干した。
雉野がきょとんとしていると、桃井は言う。
「シロップは、こうするものじゃないのか」
「いや、なんとなく、桃井さんがそんなことする印象がなくって」
「最後まで味わうのが礼儀というものだ」
桃井がどちらかというと子供っぽい仕草をするなんて、雉野は思ってもいなかった。だけれども、そう言われれば、そんな気もしてくる。
「そうですよ。そう。かき氷はこうでなくっちゃ」
雉野も残ったシロップを飲み干した。甘さが喉に残っていがいがするが、それもまた、いいものだ。
そうしてふたりの前には空になった器が残された。
会計を済ませ、ごちそうさまでしたと店主に言って、店を出た。また来てくださいねと店主は頭を下げた。
桃井の目的地である図書館は駅の向こう側だ。雉野の家とは反対方向にある。
「じゃあここでお別れですね」
雉野が言うと、桃井は少しだけ目を見開いて、
「そういえば、この前の――」
そのことばが完全に発せられる前に、雉野の携帯が鳴った。この着信音からするに、社用のほうだ。
「あーっすみません取引先から電話なので! また今度!」
桃井に手を振りながら雉野は近くのベンチまで走る。桃井は図書館に行くのだろう、商店街の出口の方に歩いていった。
「はい、申し訳ありませんでした! すぐに訂正いたします――まったく、休日にプレゼン資料の脚注ミスが見つかるなんて……」
電話を切ると雉野は肩を落とした。これじゃあ家に帰ってからはまた資料作成だ。でも、とりあえず、今日はおいしいかき氷を食べられたからよかったかもしれない。
そういえば。
去り際に桃井さんが言おうとしたことはなんだったんだろう。
まったく見当もつかないけれども、また今度会ったときに話せばいいかな、と雉野つよしは帰路についた。
2022-06-01
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