獣人は固有の名前を持たず、ただその属する獣の名によってのみ呼ばれる。その群れは、八割以上が猫に属しており、その他は鶴に属しており、時折ペンギンに属するものが見られた。もっとも、それは大多数の人間には関係ないのだが。羊飼い以外には羊の群れの個体識別ができないように、人間にはどれも、同じ獣に見える。
その獣達は二足で立っていた。
その獣達は群れをなしていた。
その獣達の顔は青ざめていた。
獣の群れは現世へと続く門を開き、地上を滅ぼさんと現れた。
均一なその群れの、均一に見えるその群れの、先頭にひとつの光がある。
太陽を反射して光るのではない。
それそのものが光を発していた。
赤色に輝く姿はまるで、神のようであったと、後の世の人間は語る。
其は赤色。
森より出て、
現実へと帰る、
戴冠せぬ王あり。
深き淵から染みる、
侵食する獣達の群れ、
満月から沈み攻めゆき、
水より上がりて人と成る。
或いは亡者たちの妄念が夢。
王の曰く、獣に正義などなく、
無論、王も正しいわけではなく、
其故に現世を火に沈めるのは、
非道でしかないと宣言する。
されど我々は進んでゆく、
終焉に向けて歩むもの。
火の果て、地の果て、
全てを塵に還す物。
者には成れぬ物。
夢に成れぬ物。
獣達の笑う、
其は暗闇。
初夏のこと、人間の世界に現れた獣人たちは人々に襲い掛かり、消していった。人間の姿を模倣することなく、そのままの、青い獣の姿で。泣き叫ぶ子供を押さえつけた。止めようとするひとに手をかけた。人々は逃げ惑うが、獣人の数は多く、ひとの作った武器はひとつも効果を発揮しなかった。
銃で撃っても、ナイフを刺そうとしても、すべてが無駄に終わった。少し傷がついたところで、それらはすぐに回復し、人間たちを消しにかかった。
それではこのまま人間は滅びるしかないのだろうか?
そんなことはない。この世界にはドンブラザーズがいる。
彼ら彼女らは人知れず世界の均衡を保つために戦い、常に勝利してきた。人間の過剰な欲望から生まれるヒトツ鬼たちを、人間の姿に戻すことによって、平和を守っていた。
そしてドンブラスターは――彼ら彼女らを、呼ばない。
ドンブラザーズのシステムはヒトツ鬼に対処するためのもので、獣人を滅するためのものではない。
獣人は王苦市の周縁から迫ってきていたのだ。広い王苦市のこと、すぐにニュースになることもなく、ただ静かに侵攻が始まっていた。
では彼ら彼女らはどうしてその獣の群れを知ることになったのか。
赤色の光が、彼ら彼女らを、呼んだからだ。
鬼頭はるかは学校帰りに、
猿原真一は依頼人の話を聞いている時に、
犬塚翼は潜伏先で、
雉野つよしは営業の途中に、
桃谷ジロウは腕立て伏せをしながら、
ソノイは新作おでんを食べている間に、
ソノニは犬塚翼と共に、
ソノザは来月雑誌掲載分のネームを読みながら、
その声を聞いた。
『聞け、お供たちよ、このおれ――ドンモモタロウはこの世界を獣人どもに与えることとした。不服な者はおれと戦え』
その声の主は名前を名乗らなかったが、彼ら彼女らには誰だかすぐに、わかった。
桃井タロウだ。
それは侵攻が始まってからすぐの、宣戦布告であった。
彼ら彼女らはみな、この世界を――人間の世界を守るものであった。故にその声の示した場所へと向かった。みな、それは桃井タロウを騙る何者かが送ったメッセージなのだと思っていた。
なぜなら桃井タロウが獣人に与することなどないからだ、
なぜなら桃井タロウはヒーローだから。
何より。
桃井タロウは彼ら彼女らの元から永遠に去ったからだ。
幸福になるために。
だから街外れの指定された場所――ひとのいない荒野に赴いた彼ら彼女らが、獣人の群れを引き連れて、神輿に担がれ、青い天女たちの舞い踊る中、鎮座するドンモモタロウの姿を見たとき、誰もそれを、信じなかった。もしかしたら、ヒトツ鬼の中には他人の姿を取るものもいるのかもしれないし、などと真一は思ったりした。
その期待は裏切られる。
「来たか、お供たち」
ドンモモタロウは扇を片手に宣言する。高らかに。
「え、ほんとうに桃井さんなんですか?」
雉野つよしは指をさす。
「でもタロウさん、今は普通に暮らしてるんじゃなかったでしたっけ」
桃谷ジロウは首を傾げる。
「たしかにわたし見たもん! タロウが配達してるの」
鬼頭はるかは手を挙げる。
「それに桃井が獣人に与するわけがない」
猿原真一は顎に手をやる。
「同感だ、あれは桃井タロウを模した何かに違いない」
ソノイは腕を組む。
「獣人か?」
ソノザは提案する。
「獣人の桃井は見たことがあるが、あんなに――なんだ、桃井らしくなかったぞ」
犬塚翼は異議を唱える。
「ではあれは何者なんだ?」
ソノニは疑問を呈する。
獣人の群れは雄叫びを上げた。今にもこちら側に襲いかかってきそうだ。ドンブラザーズは臨戦態勢を取ろうとする。今この状況がどうなっているかはわからないけれども、少なくとも、獣人は敵だ。
神輿の上のドンモモタロウはしばらくそれを眺めていたが、
「ごちゃごちゃうるさい」
ザングラソードで空間を切り裂く一閃を放った。あまりの速さに誰も避けることはできなかった。攻撃だ、と思ったときにはもう遅い。
その結果。
半径四キロが塵となり、ドンブラザーズたちは王苦市の各所に吹き飛ばされた。
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