それから一〇〇億年が経った。ソラリスの海が揮発し、トラファルガー星人のバルタン星人との全面戦争が他次元の光の国勢力の介入によってなんとか阻止され、カネゴンが電子マネー化に対応し、アルファ・ケンタウリ星人が宇宙ハイウェイ計画を実行しようとし、レッドキングの個体のバリエーションが同種と同定できない程度に増加し、地球人類はとっくの昔に白色矮星となった太陽に見切りをつけて銀河系を離れ、クレナイガイの属する宇宙はその寿命を終えようとしていた。
宇宙の耐用年数はそれぞれ異なるが、大まかには千億年プラスマイナス一〇〇億年程度だといわれている。そのくらいでビックバンから逆行して、無限に収縮し虚無へと戻ってゆく。しかしながら終焉の様子についてはマルチバーシャルな宇宙物理学者の間でも意見の分かれるところである。宇宙の終焉を観測したものが少ないからだ。たいていの知的生命体にとって、宇宙の寿命は長すぎる。ガイは彼ら彼女らその他カテゴリのものからしてみれば貴重な経験をするともいえるかもしれない。
「これが最後のミッションです。この宇宙の最後を見届けてください」
『光』はガイにそう告げた。
普段と同じ声だった。
宇宙の内包物がなくなったらどこに向けて収縮すればよいのかわからなくなってしまうので、正しく消えるためのアンカーとなるように。宇宙の中に残されるただひとつの光となるように。それがガイに言い渡された最後のミッションである。宇宙と一緒に消失すること。ガイにとって、それが個体の死を意味するのかさえもわからなかった。
『光』は次の宇宙へと旅立つのだと言った。次の宇宙の、次のウルトラマンに光を与えるために。次の宇宙の秩序を守るために。次の宇宙の平和を保つために。
ひいてはすべての宇宙の平和のために。
この宇宙の耐用年数はもうすぐ尽きる。正しく守られた宇宙は正しく消失し、絆を他の宇宙につないでいくのだ。そういうことらしい。
いずれその時が来るのだろうとは思っていた。オーブでなくなることくらいあるだろうと。
だがここまであっけないとは。
光のない山頂で、ガイは空を見上げた。いくつかの星があたたかな光を惑星O-50に注いでいる。そのあたたかみを感じられるほど、ガイに余裕はなかった。
胸の青い光、これが消えるまではこの宇宙は存在しうるそうだ。オーブの光。彼に力を与え続けた丸い光は活動時間の残りを表しているようで、今は半円状に欠けていた。
他の宇宙に自力で移動できるものたちは、何百年も前からこの自体を予見して徐々に去っていった。ガイは大多数のものをできるだけ平和な宇宙に逃してやった。久し振りに光の国にこちらから連絡をとった。光の国宇宙のみならず、いくつかおすすめの宇宙があるという。光の戦士は大抵の宇宙にいる。民族や文明ごとに向いている移転先を教えてやって、次元を渡らせて、定住できるようにサポートを行った。
星はひとつずつ消え、文明はその痕跡を残すのみとなった。人々は新しい宇宙に適応してどうにか生きていくことだろう。
怪獣やその他秩序を乱すものたちに対しても、可能な限り生命を奪わないような配慮がなされた。それらは『光』の命じたことではなかった。『光』が与えたミッションはこの宇宙を看取ることだけだ。生命を救ったのはガイの判断だった。強大なもの、星や宇宙を滅ぼしかねないものに対しては、他のウルトラマンの力を借りて封じることとした。いつかの未来で蘇ることがあったとしても、きっと他の誰かが対処してくれるだろう。彼は未来と、光と、秩序と、かつて共に戦った仲間たちを信じていた。
そしてこの宇宙にはクレナイガイ、それのみが残った。
光を失った戦士の頂は寒々しくかすかな風が吹くのみであった。吹雪は止んだ。星はない。宇宙はここを中心に収縮していく。遠くの星から消えてゆき、もう数光年先のものしか残っていない。あれは三代目スピカだろうか。その隣にあるのは十代目アルフェッカ。随分と昔には星を読んで空を渡ったものだ。その頃とは星たちの配置もかなり変わってしまった。
だからここに明かりがあるとすれば、胸の光とオーブリングくらいだ。彼の瞳が闇を見通す能力を持つにしても、一般的にあまり落ち着く環境であるとはいえないだろう。
だけれどもガイはそこに奇妙な安心感を覚えていた。
もう誰の声も聞こえないこと、助けを求める声がないこと、なぜならみながもう救われたのだから、この宇宙では。
終末は空の彼方から迫ってくる。すこし前までは、宇宙の終焉を見届けたいとかいう他次元からの数奇な観光客がその辺りにいたものだが、さすがにここまで虚無が近づいてくると帰って行ったようだ。安全圏から終わりを見届けたいだなんていう人々がいることにガイは驚いた。放っておけば自らの宇宙もそのうち終わるというのに。
彼らは自らの目で宇宙の終焉を見たいだとかいう。自分が死ぬよりも宇宙のほうが長生きするのがたいていの定命の者にとっての事実である。それらの思考はガイに理解はされたが共感はあまりなかった。危険が迫る前に逃げろと警告はした。その結果彼らはいなくなった。
おかげで宇宙は静かになった。知的生命体も、珪素生命体も、タンパク質の連なったまだ生命とすら言えぬものも、多種多様な怪獣たちも、みなこの宇宙から去ったのだ。
彼にミッションを与える『光』ももういない。
胸の光はゆっくりと減衰していっている。
ビッグバンとは逆に、宇宙の収縮はそのスピードを中心に向けて減速していくものだ。収縮速度はO-50に近づくにつれ遅くなっていく。だから、クレナイガイは終わりきらない終わりを経験することとなることとなるのだろう。またひとつの星が虚空へと消えた。次に近い星が消えるのはいつになるのか。
彼はただ、圧縮された時間が過ぎ去ることを願っていた。
その願いが叶うことはなく、代わりに現れたのが光だ。
何十億年も見慣れた『光』ではなく。
太陽が昇る寸前に地表を紅に染め、その後白が視界を圧倒する、あの光。朝焼けの光、世界をあかあかと白日の下に晒すもの。ガイは思わず目を閉じる。そしてすぐにそれが相転移の光であることがわかった。宇宙と宇宙の間のベールを超えて、こちら側へと実体化するときの光。
その中からひとの手が見える。それから声がする。
よく知った声だ。
「ほら、ラムネだ、多分宇宙最後のラムネだぜ」
やってきたのは光背を背負うのがもっとも似合わない男、かつての仲間、かつての敵、かつての――何か、はじまりからの知己、ここ数千年ほどは顔を合わせていなかった、だけれども宇宙に響く噂話の中にはいた、彼。
「どうして」
「おいおい、感謝の言葉が先じゃないか?」
ジャグラスジャグラーは青緑色のラムネ瓶をガイに差し出しながら言う。
ありがとう、と答えると彼は小さく笑った。
久々に飲んだラムネ、炭酸の泡が喉を刺激する心地よさ、口に残るべたついた甘さ、それらはガイに宇宙の終わりが始まる前を思い出させた。これまではミッションが終わったらだいたいどこの星でもラムネを飲んでいた。ラムネがなくても似たようなものはどの文明にもあるものだ。
そういえばここ最近何も飲んでいなかった。文明がなくなれば食料もなくなるし、ウルトラマンは基本的に食事を必要とはしない。ガイは食事を好んでいたからそうしていたのであって、できない環境になればしない。そのくらいの気持ちでいた。
ジャグラーはどこに隠していたのか水筒を持っており、ホットコーヒーを小さなテーブルに乗ったコーヒーカップに注いで飲んでいた。こればかりは昔から変わらない。折りたたみ式だが椅子も二脚ある。ガイもありがたく座らせてもらうこととする。
「どうしてだ」
「夜明けを見るにはコーヒーが必須だろう。どうせ頂にキッチンもポットもないんだから、他の星でちゃんと淹れてきたってわけだ。この星に次の朝が来る気配は微塵もしないがなあ」
「いやそれじゃなくって」
「この服か?コーヒーを飲むならスーツだろ。せっかくだから昔を思い出してほしくってな」
ジャグラーはいつだかの地球で着ていたのと同じ服装をしていた。黒のジャケットにワインレッドのベスト。イヤーカフはしていないが。この前会ったときはヴァンデ星雲で流行しているトレンチコートを着ていた記憶がある。
「――ジャグラー」
「質問ばっかりだなお前は。そう、これから宇宙が終わるって言うから、ここに縛り付けられてるお前を笑いに来てやったんだよ、ガイ」
二杯目のコーヒーを注ぎながらジャグラーは言った。
「そうか」
「怒れよ」
「怒るようなことは特にないだろ。誰かが傷つくわけでもなし、宇宙が危機にさらされるわけでもなし」
「あのなあ」
なぜかジャグラーは呆れているようだった。昔を思い出す。昔といっても思い出が多すぎてどの時代だかわからなくなってしまったけれども、こんなふうに笑い合っていた時期がどこかにあったような気がする。通常の知的生命体の精神は永遠を生きるようにはできていない。ガイは『光』の影響を受けた結果、長大な記憶を持ちつつ自我同一性を保っていられたが、光が離れつつ今、記憶に関しては大分ぼんやりとしてきていた。
「だから怒れって、普通に理不尽だろこれ、ってここで怒らないからあれはお前を選んだのか?そうだろうな、まあそういうものだあれは。お前以外のウルトラマンも何人か見てきたけどだいたいそうだ」
「どこかの宇宙の地球にいたウルトラマンのことならジードに聞いたことがあるな。一緒に戦ったって。ついでにその地球にお前さんもいたとかなんとか」
ジードの宇宙は安定度が高かったので、この宇宙からの亡命者をいくらか受け入れてもらった。そのときにいくらかはなしをしたのだった。
彼も元気にしていればいいが。
「あいつ余計なこと喋りやがって」
ジャグラーが苛立たしげに、しかしどこか嬉しそうに言った。
「何してたんだ?」
「――それは内緒だ」
「なんだよ内緒って」
空は一層暗く、ガイの胸の光はその輝きを薄くしていった。ジャグラーはランタンをどこからか取り出して、地面の上に置いた。オレンジ色の光がやわらかく辺りを照らす。
「で、お前はこの宇宙と一緒に心中するつもりか?」
「お前さんは他の宇宙に行けばいいだろう」
「そうだなあおれには他次元に渡ることなんて簡単にできる。そのくらいの権能くらい使えるようになったさ。そうやって今まで星を渡り歩いて来たんだからな。そうすれば生きてはいけるかもしれない」
「生きては、って」
「そこまでして生きていたいか?」
お前のいない宇宙に、と、ジャグラーは言う。
少なくとも光のある世界、それならどこだってあまり変わらないんじゃないだろうか。ガイはそう思っている。どこにでも生命はあり、死があり、そのサイクルの中にちかちかと瞬く人生や多少息の長い文明がある。
ガイはそれらを眺めてきた。たまに手助けしたりしていた。その生命の円環からは少し外れた位置で生きてきた。そしてひとつの宇宙という大きな円の終端に立っているというわけだ。終端から端緒へとつなぐひとつの装置。
それだけのはなしだ、とガイは思っていた。
それだけのはなしだと思えるほどジャグラーは達観していなかった。
「いっそのことおれもここで待っていてやろうか」
宇宙の終焉ってやつを。
ジャグラーがそう言うと、ガイはきょとんとした顔で答える。
「――消えるぞ?」
「お前が言うかそれ」
そういえば宇宙が消えると自分も消えるのであった。多分。消えたことがないからわからないのだが。
「実際のところ飽きた。人生に」
「嘘だろ」
「ほんとうじゃないが嘘ってこともない」
「ここでやれることは結構やった。汎銀河系星間防衛機構の構築とか、光の国ネットワークに捕捉されないレベルの高度なセキュリティを保った国家の運営とかな。それもこの度の宇宙の崩壊で全部なくなるってわけだ。それなら夜なんか明けないこの星と一緒に消えてやってもいい」
「ジャグラー」
「何だ」
「すごいな」
風の噂にジャグラーが何かをやっているとは聞いていたが、その結果どうなったかはあまりよく知らなかった。星というものの大抵は丸いが残念ながら銀河に果てはない。一方通行で進んでいるからといって必ず出くわすというものでもない。ましてや無限に存在する平行宇宙に渡れるのならばなおさら。その割によく会うような気がしている。
「――勝ちたかったんだよ」
「何に」
「さあな。今となってはどうでもいいが」
ジャグラーは自嘲気味に笑う。それからコーヒーをいつの間にか空になったカップに注ぐ。お前もいるか?とガイは問われたが断った。熱い飲み物はあまり好みじゃない。
風すらもが虚空に吸われてしまったのか止まり、山頂には静寂が残された。ガイとジャグラーは麓に座って空を見上げていた。
「ほんとうはお前を笑いに来たんだ、この宇宙が終わるっていうのにこんな山の天辺に置いていかれたお前のことを。だけど何かそれも嫌になった」
「そりゃなんで」
「そんな世界つまらないだろ」
なるほど、それならガイにも納得がいく。正義とか光とかそういったことではなく、ましてや闇とかそういったことでもなく、ジャグラーがこの世界をおもしろくないと思うのならば、それを価値基準として動くのならば、納得がいく。
極力思い出さないようにしていたあの頃のこと。彼は変わったけれども変わっていなかった、最初からずっとそうだったのかもしれない。
そう素直に思うにはガイとジャグラーの間には事件と時間と失われた命が積み上がりすぎていた。
だけれども。
もう宇宙は終わってしまうのだ。この宇宙は。自分と一緒に。
それなら最後に彼に言うべきことは――
「だから逃げるぞ」
考え込んでいたガイに掛けられたのは意外な言葉だった。
「え?」
「逃げるって言ったんだ」
ジャグラーは一語一語はっきりと言った。逃げるらしい。なるほど。なるほど?
「どこから」
「ここからだ、それ以外に何がある?」
「――どこへ?」
「この宇宙の外だ。その先にどの宇宙があるかは知ったこっちゃない。もしかしたら宇宙の崩壊はお前を追ってくるかもしれないし、ここまでビッグクランチが進みつつある場所から出た奴のはなしなんか聞かないからどうなるかわからない。もしかしたら宇宙なんかない空間に出るかもしれないな」
夜ですらない空虚はこうやって話している間にも山頂に迫ってきている。息苦しくなってきたような気もする。もっともウルトラマンが空気のない程度で死ぬとは思えない。真空ですらない空虚を吸えるかはわからないが。
「退屈から、日常から、使命から、宇宙から、逃げ出してどこへでも行けるって豪語してやる。秩序から、光から、星々から、背を向けてどこででも生きていけるって笑ってやろうぜ」
そう語るジャグラーの横顔は清冽で、しかし瞳には星の光があった。もはやこの宇宙にたったひとつしかない星の。
「――それもいいかもしれないな」
ガイは星に賭けようと思った。あの『光』ではなくて。もしかしたらこれによって宇宙の均衡が破れるかもしれない。マルチバースに影響が出るのかもしれない。それどころか自分たちが存在するかもわからない。
それでも。
やれると思ってしまった。これからウルトラマンではなくなる自分と、光なんだか闇なんだかわからなくなったジャグラーとで、どこかに行けるのではないかと。
信じてしまった。
ジャグラーが言うには、ガイの残りの光を使ってオーブとなり、その際に生まれる力場を利用して虚無に穴を空けて『向こう側』に抜けるのだとかいう。
向こう側に何があるのかはわからない。
「ジャグラー、宇宙の外って何があるんだ?」
「それならお前のほうが詳しいんじゃないか。ほら外宇宙の脅威とかと戦っただろ」
ペンテコステ星団に星間規模の巨大生物が現れた時、光の国はそれらを外宇宙の脅威だと定義した。オーブもその戦いに参加したのだが、ジャグラーがそれを知っていたとは思っていなかった。
「あれは外宇宙っていう宇宙だからなあ」
「そうなんだよな」
結局どちらも宇宙の外側のことなんか知らないのであった。多元宇宙と行ってもそれは宇宙の内側のはなしに過ぎない。これから向かうのは宇宙の外側だ。外側かもしれない場所だ。
「でももう、行くしかないだろ」
ラムネの炭酸はとっくに大気中に拡散し、コーヒーも冷めていた。ジャグラーはカップの底に残ったコーヒーを飲み干して言う。
「これで最後か」
「夜も明けてないのにか?」
「じゃあ次の夜明けがあったらお前は一緒にコーヒーを飲んでくれるのか、ガイ」
「それは――どうだろうな」
そう言うと思った、ジャグラーはカップをテーブルに置く。
段取りを最後に確認して、さてこれから宇宙を斬ってやろうというときに、ガイはおもむろに口を開いた。
「ありがとう」
ジャグラーは怪訝な顔をした。
「――何にだ」
ありがとうと言うべきことは山ほどあった。それ以上にどういう意味だ、とか、ふざけるな、とか、許さない、とか、そういうことも山ほどあった。だからもうどれにどうラベルをつけるべきなのかわからなくって、そう、言うしかなかった。
「でもまあ――ありがとう、おれもだ」
それはジャグラーにとっても同じことだった。ガイがいなかったらと思ったことはいくらでもあったけれども、今、ふたりがここにいなければ、こうはならなかったのだから。
彼らは星々の潰えた空へと向かって一歩を踏み出した。地面から足が離れる。まるで最初のミッションみたいだ、とガイは思う。かつてと違うのはオーブカリバーが道を示してくれないところくらいだ。自らの選択によって行き先を決めるしかない。誰の声でもなくて自分の声で。ガイはオーブへと姿を変える。胸の光が消えるのがわかる。これまでずっと一緒に旅をしてきた、導いてくれた、力を与えてくれたもの。
しかし今持っている光はそれとは異なっていた。それは流星の光、いつか燃え尽きるものと知りながらも重力に惹かれて輝くもの。
オーブの光が空けた小さな穴に向かってジャグラーが蛇心剣を振り抜く。空間に広がった裂け目は夜空よりもなお暗くそこにあった。
「ガイ、行くぞ!」
「ああ、ジャグラー!」
無限に光を吸い込んでいく暗闇に足を踏み入れようとすると、背後にあるもう光を失ったはずの頂が青い光を放つ。これまでの年月を精算するかのように。すべての生命を祝福し、すべての戦士を生産し、すべての秩序を宣言した、あの光。
だけれども眩しさはない、彼らは光に背を向けて行くのだから。少なくとはこことは違う場所へ、新しい夜明けを探すために。
2020-09-23
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