セントエルモの火 - 1/3

Far side (from you)

それは炎ではないのだという。
明るさを持ち、色を持ち、周囲を照らすそれは、燃焼剤を必要とせず、熱も発しないので、炎ではなくて、セントエルモの火と呼ばれている。
スコット・サマーズがなぜその現象を知っているのかというと、かつて暖炉の周りで語られた物語の中に出てきたからだ。科学的には、雷に近いものなのという。自然の放電現象だ。
嵐の中の船乗りたちが、マストの先に、あるときには誰かの指先に、灯る放電を炎と呼んだのだ。船乗りの守護聖人から取られたその光は、時に方向を見誤らせ、時に神の導きとして、悪天候と戦う最後の希望となった。
スコットの手元にある光は、そのセントエルモの火によく似ていた。ほんもののセントエルモの火は見たことがないが、そのイメージに合致していた。ランタンの中には、ぱちぱちとゆらめく赤色がある。火だというには燃料がなく、明るさも足りない。
もう少し明るければ、辺りがどうなっているかわかるはずだ。
しかし、スコットの目には明かりと、それを内包するランタンしか見えなかった。ランタンを動かしてみても、どうも何も見当たらない。地面に凹凸はないようだから、このまま地面を照らして歩いていくのもよいのかもしれない。
スコットは自分がそこにいる理由を知らなかった。過去は暗がりの中にあり、取り出すことはできそうになかった。多分、ミュータントのために戦っていたと思う。それはいつものことだから、何の参考にもならない。
とりあえずバイザーを外して、ブラストを撃ってみることとした。もしかしたら、何らかの装置のせいでこうなっていて、破壊すれば戻れるかもしれない。視界が赤い光に覆われる。撃っているときは、何も見えない。何かに衝突した様子もなさそうだ。
その視界に手が現れる。白い手だ。スコットは思わず一歩遠ざかる。そうするとまた手がやってくる。
「あなたは上に行くことになる」
手の持ち主は、声を持っている。
「お前は」
「案内役です。見えないでしょうが、信じてほしい」
「敵か?」
「敵だったらあなたはとっくに死んでるでしょうね」
特殊能力を持つものなのかもしれない。スコットは警戒心を強める。
「後ろを見てください、なにもないでしょう。暗がりのなお先に身を委ねたいなら止めはしませんが――選択肢にはないと考えたほうがいい。ともかく、ここにランタンがあります。あなたのなすべきことは上に登ること。その後はまた、別の案内人が教えてくれることになります」
「どうやって」
「話をしてください」
「どの話を」
「いずれかの話を」
「ここはどこだ」
「教えたところで、あなたに覚えられる名前はついていません」
「行くしかないのか」
「物分りがいいですね。ここに来るものがすべて、そうならいいんだけれども」
スコットはランタンを声のする方に近づける、かろうじて胴体がある気配はするが、顔は見えない。
「とにかく、ランタンだけは持っていてくください。まあ、なければ歩けないから、無くすこともないかもしれませんが」
良き旅を、と案内人は言う。

あの案内人というのが信用できるかはわからないが、歩いていくと、傾斜があった。上り道であるというのはほんとうのようだ。地面に石などはない。そのくらいはわかるけれども、先まで照らせるほどの光ではなかった。
ひとは現れない。道はある。
同行者もいないし、下ってくるひととすれ違うこともない。頼りになるのはこのランタンだけで、確かに、ここでこれをなくしてしまうようなことがあれば、危険だということはわかった。
どのくらい歩けばよいのかわからない道のりは、ひとを疲弊させる。ずっと上り坂だ。ロッククライミングをしなくてすむのはありがたいが、だからといって平地になるわけでもない。

時間感覚もあやふやなまま、ランタンの光だけを頼りに歩く。
そうしていると、遠くから鈴のような、金属質の鋭い音がする。
「おめでとうございます、ここが頂上です」
先程の案内人と、同じような声だ。
「ここではひとつだけ、あなたに質問をします」
相変わらず姿は見えない。ランタンの明かりは目に近づければ眩しいほどなのに、明かりとしての用をなしてはくれない。
「自らが命を落とすのにふさわしい理由を」
「ミュータントの未来のため」
スコット・サマーズは正しい答えを返した。彼の死ぬ理由はそれしかなかった。いかなる時においても、彼がそれ以外の理由で落命することがあっても、彼が自らに課すふさわしい死というのは、それしかなかった。
「それでは休暇を」
案内人はスコットの持つランタンの炎を吹き消す。辺りは真っ暗になるのかと思いきや、訪れたのは闇だ。
しかしそれは暗さを持たない。乳白色の闇だ。それと同時に、スコットの持つ上り道の記憶に、ヴェールがかかる。

あるときその炎は星とも呼ばれていたという。
遠くから見れば、あの輝きも星足りうるのだろうか。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!