かねてから、同朋が目覚めたのはわかっていた。光を隠しているようで、どこにいるのかまではわからなかったけれども。
だからそのニュースを見た時に、すぐにそれだと思い当たったのだ。
ある青年が、不思議な力を使って大勢のひとを救ったのだという。善行をはたらいたにもかかわらず、その青年はすぐに警察に勾留された。特殊な能力をもった人間にこの世界が厳しいのは常であった。
わたしはすぐに警察に連絡を取り、彼の無実を証明すべく――もともと犯罪など行っていないのだから簡単なことだったが――いくらかのひとびとに協力を要請した。
そうしてわたしは彼を拘置所から連れ出すことに成功したのであった。
外に出た彼は困惑していた。先程まで刑務所にでも入らなければならないのだと思っていただろうから、当然のことだ。
わたしと彼は近くの公園を歩いていた。わたしは車椅子だけれども。花壇にはチューリップが風に揺れていた。
「あなたは――」
「わたしはチャールズ・エグゼビア。いずれきみの知ることになる運命を告げに来た」
きっと彼はひとりであったとしても折れる矢ではないだろう。ああやって、ひとを助けようとする意思があるのだから。だけれども、こうやって出会ったこともなにかの縁だ。
「わたしはきみに教育を提供しよう。学校の勉強だけでなく、生きていくのに必要な知恵を。そして戦う時に必要な技術を。そしてわたしはきみに居場所を提供しよう」
「居場所?」
「このまま、この街にいられると思うかい?」
「ちょっとそれは無理そうだね」
ならば、とわたしは言う。
「ようこそ、恵まれし子らの学園へ。ようこそ、X-menへ」
公園の鳩たちが一斉に飛び立つ。あれらは青空へと羽ばたきいずれまたこの公園に帰ってくるのだろう。
彼は神妙な面持ちでわたしを見ていた。
「ようこそ、きみのあたらしい人生へ」
わたしは彼に手を差し伸べる。後にサイクロプスと呼ばれるようになる彼は、少しはにかみながらわたしの手を取った。
彼――スコット・サマーズは勤勉な青年であった。先に来ていた仲間と打ち解けるまでに時間がかかったけれども、学園に馴染んできてからはたのしく学んでいるようだ。特に戦術分野での伸びは目覚ましい。曰く、ここに来る前からその分野の本を読んでいたとのことだけれども、状況に応じた的確な判断は同期の中でも群を抜いていた。きっと彼はよいリーダーになるだろう。数学が多少苦手だけれども、学友の助けもあってどうにかやっているようだ。
あるとき、スコットとジーンが学園の中庭で談笑しているのを見た。彼女もまた成績優秀で、落ち着きもあり、すばらしい生徒だ。チェリーブロッサムの明るく咲くころ、薄紅の花弁が風に舞うころ、ふたりは大きな本――写真付きの植物図鑑だろうか――を眺めながら、ひとつひとつの項目について時に真剣に、時に笑顔で、指を指して話していた。
わたしはそのとき、この学園を作ってよかったと感じた。
こどもたちが幸せに暮らせる世界があること。守られた秘密の花園。永遠でなくたって、そういった場所がひとときでもあるのなら、それがひとつの救いであろうと、思っていたからだ。
それはスコットが学園にやってきてから半年くらい後、X-menとしての――つまりはヒーローとしての活動をはじめたあたりのことだった。冬の大気は澄み、星々の明かりを直接地上に届けてくれる。こんな田舎ならなおさらだ。そのこともあり、わたしは晴れた冬の夜に散歩をするのを好んでいた。
だから授業が全て終わり、夕食も終わった後、外の空気を吸いに中庭に出たのであった。そこでひとつの人影を見つけた。
もう葉を落としたチェリーブロッサムの樹の下に彼はいた。厚手のコートを羽織ったスコットは、ひとりで空を見上げていた。
「寒いんじゃないか」
「教授こそ」
ここでわたしは教授と呼ばれるのが習いとなってきていた。こどもたちからそう呼ばれるのはむずがゆかったけれども、すぐに慣れた。
「わたしにはブランケットがある」
こんなときのために二枚持っているんだ、と一枚のブランケットをスコットに手渡した。ウールで編まれていてふかふかだ。
ありがとうございます、と彼は赤いブランケットを受け取って、肩から掛けた。
「何かあったのかい」
たいてい、夜にひとりで出かけるものは、考え事をしたくてそうするのである。スコットはあまり思い詰める方には思えなかったが、それでも少し心配になった。
彼はええと、と前置きをしてから、こう言った。
「ぼくは、たしかに、ヒーローになりたかった――だけど、こんな力が、ほしかっただろうかって」
スコットの瞳から常に放射され続けている赤い光線オプティックブラストは、目に見えるものすべてを破壊することができる。それゆえに我々は彼を同朋として迎え入れたのであった。
「きみは立派にはたらいているじゃないか。今日だって、ビルの倒壊からひとびとを救った」
「助けたのはジーンとウォーレンだ。ふたりは空を飛べるから、倒れてくる前にみんなを連れ出すことができた。ぼくの力は壊すだけだ。なにかを。誰かを救いたくって、ヒーローになりたかったのに」
わたしは口を挟むことができなかった。彼の心からのことばに。深い夜の水面に投げかけられた波紋に。
ひとすじの風が吹いた。木の葉がぱらぱらと落ちてくる。
「それに」
もう星の光も赤色なんです、とスコットは呟いた。ルビークオーツのサングラス越し以外の光景を、今後彼の瞳が捉えることはないのであった。空に輝くアルデバランも、ベテルギウスも、赤の方向にぼんやりと転んでいることであろう。
わたしはゆっくりと言葉を選んだ。そして言う。
「きみがはじめて人前で力を使ったときのことを覚えているかい?自分の意志で、その力を使おうと思ったときのことを」
スコットを見つけられたのは、彼がニュースになったからだ。ニュースになったのは、大勢のひとをそのパワーで救ったからだ。自分の身に危険が及ぶにもかかわらず、ためらわないで撃ち抜いたからだ。
「それに、きみはひとを救うために力を使っているんだよ。スーパーパワーじゃなくたって、ひとに指示を出すことだって、ヒーローとしての責務のひとつだ」
「キャプテン・アメリカみたいに?」
「そう、確かに、その通り」
スコットはヒーローを描いたコミックが好きだったという。リーダーのイメージとしてキャップが出てきたのもそのイメージによるものだろう。これからキャプテン・アメリカ本人に会うこともあるかもしれない。
「それに、きみの視界にもう赤い星しかないからって、ほんものの星は色とりどりに輝いているんだ」
なるほど、とスコットは夜空を見る。わたしは彼が何を見ているのかを知らない。知ることはできるが、そうしない。
「じゃあ、あなたの見る星を信じます。きっと正しくてきれいな光が、その瞳に映っていることでしょうから」
スコットは屈託ひとつなくそう言った。
彼は勤勉な青年だと思っていた。そうなのだが、これはちょっとまっすぐすぎるかもしれない。
テレパシーを使えば自分の視界を彼に映すことだってできるだろう。しかしこれはそういった問題ではない。
「星の光の輝きを、きみはずっと前から知っているだろう?バイザーを掛ける前に見た空のことを覚えているだろう。そうと見えなくたって、光っているものだよ。正しくなくとも、光っているのはほんとうなのだから、星というものは」
わたしは彼よりも多くの空を、多くの星を見てきた。そのすべてが正しい星で、そのすべてがうつくしい夢だ。
もちろんスコットが見ている星に間違いなどないのであった。
スコットにもそれを理解してほしいと思った。願いとして。
「それなら、いいかもしれないですね」
スコットは明るく言った。彼はこれからも若木のようにすくすくと空に向かって伸びてゆくことだろう。そしてそれをわたしは見守ることになるのだろう。
さあ、帰りなさい、夜はつめたいから。ホットココアでも飲もうじゃないか。
わたしがそう言うと、スコットは立ち上がって歩き始めた。わたしはその後に続いた。
宿舎には白熱灯の明かりが灯っている。ひとつの窓からジーンが外を眺めていて、スコットは彼女に向かって手を振った。
2021-03-13
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