彼らふたりは一年に一度、ちいさな島にやってきます。
太平洋にぽつりと浮かぶ、なにもない島です。
もちろん彼らは毎年会えるわけではありません。お互いいろいろな用事があるし、たまに死んでいたりもします。
会えなかったら帰ります。
ついでに、会えたとしても、雨だとか台風だったら困ります。
だけど、会えなかったとしても、天気が悪かったとしても、懲りずに毎年集まるのです。
今年は出会える年でした。
「おーい!!」
チャールズはプライベートジェットから降り、エリックを見つけて手を振りました。
エリックは少し気恥ずかしげに手を振り返します。
チャールズとエリックが年に一度、この島に集まることにしたのは、もうずいぶんと前のことです。
日付は適当に決めました。エリックがサイコロを振って。
その割に律儀に、彼らは集まります。
島は、できるだけひとがおらず、天気のいいところにしました。
おかげで今のところ、安心して集まれます。
彼らはこの島で、どうするのでしょうか?
バカンス? それには短すぎます。
一日しかないのです。
プライベートビーチで鬼ごっこをするには、年を取りすぎました。
「今年の気球だって大したものだろう」
エリックが言います。
そう、彼らはこれから、気球に乗るのです。
かつて気球での旅を提案したのは、意外にもエリックからでした。
もちろん、チャールズとエリックは敵として生きています。
和解したり、対立したり、一緒のコテージに住んだりしましたが、基本的には敵です。
でもそれ以前に、彼らは友人でした。
友人であることを忘れたくないんだ、とエリックは言いました。
忘れるわけないよ、とチャールズは言いました。
エリックがはじめて作った気球は、モノクロのシンプルなデザインでした。
チャールズは、いつもの衣装のセンスを知っているので驚きました。
次の年からは、マゼンタと紫になりました。
曰く、最初はクリエイティビティを発揮できなかったのとのこと。
そういうわけで、今年の気球はピンクと紫のボーダーです。
地上から見たら、どうなるのだろうと、チャールズは少し気にかかっています。
リニアモーターカーに似た原理で、この気球は空を飛びます。
普通の気球は炎の音がうるさいので、これはふたりにとってはよいことです。
気球の布部分は、特殊な繊維を用いています。軽くて、すぐに浮かびます。
ゴンドラは金属でできています。
これもまた、エリックの特別製です。
万が一、地上から砲撃されても安心です。
「離陸するぞ」
ひとが乗った気球を高く飛ばすのは、エリックにとっては朝飯前です。
それでも、安定した上空に届くまでにはすこし時間がかかります。
早すぎると、危険なのです。
「今日はまた、いい天気だね」
チャールズは言います。
「雲を通過しなくて済みそうだ」
雲があると、地上があまり見えなくなるので、さみしいです。
気球はどんどん上昇します。
小さな島は、さらに小さくなりました。
鳥が横で羽ばたいたりもしています。
あれは渡り鳥でしょうか。群となって、どこかへと向かっていくのです。
空は寒いので、チャールズはマフラーを持ってきました。
エリックはマフラーを持ってきていませんでした。だからチャールズはエリックにマフラーを巻いてあげました。
マフラーは十分な長さを持っています。
あたたかくなりました。
ふたりとも。
ちなみにエリックは毎年マフラーを忘れてきます。
マントがあればあたたかいと思っているからです。
私服にマントというのはいかなるものかと、チャールズは密かに思っています。
高度が安定しました。
島からもだいぶ離れました。
上を見れば空、横を見ても空、下を見たら海です。
ふたり以外のものは、たいてい青色をしています。
それから、エリックはテーブルをゴンドラに設置しました。
そう、昼ごはんを食べるのです。
空での食事は、たのしいものです。
椅子もちゃんとあります。
エリックはサンドイッチを持ってきていました。
たまごサンドと、モッツァレラチーズとトマトのサンドです。
その後はお茶にします。
チャールズはティーセットを持ってきていました。
「茶葉は何がいいかな」
「アールグレイ」
通例、お湯を空中で沸かすのは難しいのですが、ここにはエリックがいます。
そう、IHクッキングヒーターがあれば、問題なく沸騰したお湯ができるのです。
ふたりは紅茶を飲み、しばしとりとめのないはなしをしました。
紅茶がおいしい分、会話が弾みます。
「あれはイルカの影かな」
「クジラかもしれない」
「あれは積乱雲だろうな」
「嵐が来るのかな」
地上は小さくて、海は大きいのです。
海の上に国境は見えないし、陸にだってそうでしょう。
ひとの群れには、線が引かれることがよくあります。
地上にいる誰よりもそれを熟知しているのがこのふたりとも言えるでしょう。
しかし、ここにはゴンドラと、ひとがふたりと、ティーカップしかありません。
ふたりの間に境を引くほどには、このゴンドラは小さいのです。
「わたしたちは、たぶん、小ささを実感するために飛んでいるんだ。そうは思わないか、エリック」
「毎年言ってないか」
「そうかもねえ」
「でも、見なきゃわからないこともあるんだ」
「地球が丸いってことか」
「そういうことも」
「このまま降りないっていう手もあるんじゃないだろうか」
そう言ったのはどちらでしょうか。
「そういう手もある」
そう言ったのはどちらでしょうか。
どちらでも構いません。
なぜならこれは空の上、地上最強のテレパスがここにいるから、傍受だってされないし、
地軸もを動かせる磁界の帝王がいるから、誰だって倒せます。
そんなときに、誰が何を言ったかなんて、些細なことです。
日は暮れていきます。
太陽が、水平線へと近付いていきます。
青かった空は、オレンジ色に浸されて、海もその輝きを増します。
最初に集まった島が見えてきました。気球を下ろします。
下ろしていきます。
高度が下がると、また普段の光景が戻ってきます。
木は大きいし、島も大きい。
気球から降りたら、お別れです。
「理解の一致は得られないようだね」
「ずっとそうだ」
「そう、ずっと」
ふたりは気球を降ります。
別々の場所に帰ることになります。
別々の場所で、自分のやるべきことをやります。
そういうことにしたのです。
気球を降りたらまた一年間はこうやって会うこともありません。親しげにテレパシーも飛ばしません。
基本的には。
でも来年も集まります。
そういうことにしたのです。
基本的には敵です。
でもそれ以前に、彼らは友人でした。
友人であることを忘れたくないんだ、とエリックは言いました。
忘れるわけないよ、とチャールズは言いました。
2021-09-16
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