テンカイのデビューライブから半年。バイトの合間を縫ってできるだけ出られるライブには出るようにしたし、もちろん事務所のバトルライブにも参加していた。バトルライブのほうはトントン拍子で進んでいき、おそらく来月にはシルバーに上がれるだろうと見込んでいる。そして相変わらず京斗は『完璧』だった。
そのライブの終わり、久しぶりに同じ事務所の先輩であるサンドカークの遠原さんと飲むことになった。
ひとしきり近況について話したあと、遠原さんはぽつりとこう言った。
「なんか、テンカイって不思議な漫才やるよなって」
「どういうことですか?」
「なんだろう、どこか無機質というか」
まあ普通のしゃべくり漫才には近いんだけど、なんだろう、と遠原さんは言う。
「シニカルとかシュールっていうのは前言われてましたね」
たらサブレは関東若手シュール系と言われていた。テンカイがそうなのかはわからないのだが。
「そういうのはお前の芸風じゃん。お前のホンの特徴じゃん。前からそうだったからさ」
「そりゃ同じ人間が書いてますからね、たらサブレと。多少は似るでしょう」
「いや、メカニカルだったりロジカルだったりする漫才はある。そういう芸風のひとたちはいる。それでウケてるひとたちはいる。でもテンカイってそれとはなんか違って……オレもうまく言葉にできないんだけど……」
遠原さんはひとつ間をおいて、
「あ、そうだ、作り込まれている、だ。たぶん、そうだ。生の人間が喋っている感じがないっていうか」
いやでも作り込んでるやつらもいるよな。そういうのとも違う、なんだろう、とにかく不思議なんだよな、と言う。
生の人間が喋っている感じがしない、か、それはそうだろう、と思う。
おれたちの漫才は、おれと京斗ができる範囲で、というのはおれができる範囲で、ということなのだが、客席の反応まで織り込んで、きれいに成立するようにできている。
漫才は、一般に、その場に居合わせた生の人間の喋りを見せるもの、とされる。台本があるのに、台本がないように見せるのがよいものだとされる。もちろん、そうじゃないスタイルの漫才はたくさんある。サンパチマイクの前でふたり以上の何人かが喋っていればなんだって漫才だ。踊ったって座ったって転がったっていい。コントのほうがなんでもできるって言うひともいるけど、ある意味では漫才のほうが自由度が高い側面もある。縛りがあるからこその自由、というか。
おれはそれが好きだった。
「そういや京斗って漫才のどこが好きなんだ?」
次の日、稽古に入る前に、おれは京斗にそう尋ねた。
「ぼくは漫才が好きっていうよりは、勇悟さんについていったら、漫才をやることになっていた、というのが正確な表現ですね」
ものすごく京斗っぽい答えだな、と思っていると、
「もちろん、これは勇悟さん用に答える『正確な答え』で、もし雑誌の取材とかで聞かれたら、ふたり以上の人間が繰り広げる、まるでアドリブみたいに見える、楽しい会話が好きなんだ、って言うと思います」
「……助かったわ」
「え?」
アドリブ、そう、アドリブだ。
二日後、おれは出番前に、三行ほど書いたメモを京斗に手渡した。
「勇悟さん、これなんですか?」
「今日のアドリブだ」
普通だったらこれじゃどうにもならないんだろうが、京斗ならこれができる。おれはそれを知っている。
こいつはなんだって完璧にこなせるのだから、完璧な『アドリブ』だってできるのだ。アドリブに見えるようなくだりを台本に入れることにした。そうしたらより『ほんとうの会話』っぽくなったし、なんだかおれたちがなかよく見えるようにもなったらしい。システマティックに見えるものの中に『本物のハプニング』そして、『当意即妙なリカバリ』が入っていると、まるで仲がよく見えるようだった。
コンビに仲のよさを求める層は一定数いるので、そういうひとたちにもウケるようになった。おれたちを目当てにライブに通ってくれるファンもちらほらいるようになったので、同じ漫才をやるにしても『アドリブ』の箇所は変えることにした。おかげで誰にもバレなかった。少なくとも、それを指摘してくるひとはいなかった。
「はいどうもテンカイです、各務と折原でやらせてもらってます」
「よろしくお願いします、はーいちっちゃい子は泣かないでね」
「ところで最近、マッチングアプリにハマってるんですけど、僕がスワイプするんで、スワイプされる画面役やってもらってもいいですか?」
「スワイプするところじゃなくって出会ってからのくだりをやらせろよせめて」
テンカイの快進撃は続いた。
ファン層も変わった。お笑い好きのコア層だけでなくて、ライト層も取り込めるようになっていった。動画チャンネルの再生回数も増えていった。新ネタをアップロードするとソーシャルメディアで拡散されるようにもなってきた。ファンだけでなくて、ちょっとした有名人がおれたちに言及してくれることもあった。ソーシャルメディアの通知を切るようにした。相変わらずおれの有料記事はあまり売れていなかったが、それでも閲覧数の桁がひとつ増えた。
たまにソーシャルメディアでエゴサーチをすると、好意的な感想が数多くある。
「テンカイっておもしろいよね」
「この前の各務のアドリブの拾い方すごかった」
「折崎ってあれで意外と身体張ったりもするんだ」
「誕生日にプレゼントあげるなんて仲良しなんだね」
この調子なら今年はCー1の決勝だって狙えるんじゃないかという声も届いた。どうですかね、それには時流や時の運もありますからねと言いながら、すぐにエントリーの季節が来て、当然エントリーして、八月の頭にあった一回戦は難なく――おそらくは――通って、次は二回戦だ。
Cー1は、一回戦でだいたい七割が落ちる。二回戦を通過するのはその中からさらに半分以下だ。今年のエントリー数は過去最大で、一万二千ほどだったらしい。そういうわけで一回戦は三ヶ月ほどあるし、どの地方で出るかによって結果が違う――なんて言う者もいる。
漫才師も、コント師も、ピン芸人も、即席ユニットも、みんな、決勝進出を狙っている。決勝ラウンドに残る十二組に入れれば、そして決勝で傷跡を残せれば、そのあとのキャリアは約束されたようなものだ。
今日は二回戦。全国で開催されるが、テンカイが出るのは東京会場で、いつも立っている劇場とは違う会場だが、キャパシティとしては同じくらいだ。
エントリーナンバー5782の記されたシールを胸元に貼って、舞台へ。
二回戦のネタは最近調整していたポストカード泥棒のネタにした。玉石混交の最初の方の予選ほど、コアなお笑いファンが来ている傾向があるのだが、そんな会場でもちゃんとウケていた――はずだ。アドリブも入れたし自然に見えるはずだし。審査員がどう思ったのかはわからないのだが。出番が午前中だったので、その日は午後に塾講師のバイトを入れていた。
休憩時間にはスマートフォンを開いて、Cー1の公式アカウントから発表されていないかそわそわしていた。たしか、一九時くらいには発表があるはずなのだが、まだ出ていないようだった。
二十時過ぎ、最終コマの前の休みに、お茶を飲んでいたら、メッセージアプリに通知があった。京斗からだった。
『通ってましたよ』
何が、とは書いていなくても、わかる。
おれは心のなかで小さくガッツポーズして、スタンプを送って、バイトに戻った。
ソーシャルメディアに二回戦通過を報告すると、けっこうな反応があった。たらサブレのときよりもずっと。とはいっても人気があるひとたちには及ばない。そのあたりと戦おうとは思っていない。これは自分たちとの戦いなのだから。それでも、書いてきたネタを手渡して、
「これってほんとうにおもしろいですね」
と京斗が笑ってくれるとき、そうだ、こいつがおもしろいと思わなくって、誰が笑ってくれるんだろう、隣に立つやつを笑わせられなくて、誰を笑わせられるんだろう、と思う。
たらサブレのときもたぶん、そう思っていたはずなのだ、最初は。山下がおもしろいと思ってくれたらそれでよかった。なのにそれを忘れてしまって――そんな昔のことを考えているヒマはない。おれはメモ帳を取り出す。日常に起こるすべてのおもしろそうなことをメモしておくのが大切だ。
三回戦に向けてネタを調整しなければならないが、それまでは多少時間がある。とはいっても一ヶ月もないのだけれども。出られるライブにはすべて出られるように頼んだ。幸いなことに、この時期はC-1調整歓迎ですというライブがいくつかある。そのうちのひとつ、十月半ばの水曜夜のライブ、平日ということもあり、百ほどある客席は若干埋まりきっていなかったが、それでも多くのお客さんが見に来てくれていた。その日かけたのは『クリアファイルの角が多少丸まっていることに異常な執着を見せる人』の漫才だった。ちょっとファンタジックな方がどことなく浮世離れしている京斗には合うんじゃないかと思っていて、実際そうだった。あとはノスタルジックメモリーのコントもハネていて、こういうやつらとおれたちは戦わなくっちゃいけないんだなと気を引き締めた。
テンカイの方向性ってこっちなんだな、ということが確認できたし、自分としてもこういうネタは書きやすい。そのときは、京斗がおれのことを観測しに来ていた、とかそういうことはすっかり忘れて、普通に人間で、おれとコンビを組んでいて、
そのときは。
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