オチの先まで連れてって - 2/13

暫定宇宙人に対して、立ち話もなんなんで家に上がりますか? と言うことがあるとは思ったことがなかった。誰もないと思う。宇宙人は宇宙船には乗ってみないんですか? と聞いてきたのだが、興味はあるけれども、それよりも誘拐されるんじゃないかっていう不安があるし、何より外が寒かったのでとにかく安心できる場所に行きたかったというのが大きい。
万が一何かあったときのために、周りに人がいるカフェやファミリーレストランなどで話すのも手なのだが、この時間に空いているファミリーレストランがあったとして深夜料金が加算される。ポケットにはいくら入っていたっけ。小銭が少ないことは確かだ。電子マネーとクレジットカードを使いすぎて何をどこで使ったのかわからなくなりつつある。
そういうわけでおれと宇宙人はおれのアパートに向かうことになった。月の明かりはまぶしいが、電灯と比べたらまったくもって無に等しい。電灯の明かりがアスファルトにふたつの影を作っていて、影だけ見ていれば人間がふたり歩いているみたいに見える。
宇宙人は普通に歩いた。別に宙に浮いたりはしなかった。二本の足を普通に使って普通に歩いていた。かすかではあるが足音もする。さっきまでの所業を考慮しなければぜったいに人間なんだよなと思ってしまう。
黙っているのもなんだから、なにか話さなければならないと思って、
「それで、宇宙人だ、ってことはまあ、わかったんだけど、というか納得するしかないんだけど、どうしておれとコンビを?」
宇宙人ははきはきと答える。
「参与観察です!」
参与観察。そうか。単語としてはどこかで聞いたことはあるけど、意味はいまいちぴんとこない。首をかしげているおれに、宇宙人は説明が必要ですかね、と言い、
「要するに、大勢からデータを取って、統計的に処理するとか、そういうのじゃなくって、ある対象の近くでつぶさに観察して、個々の生活などのデータを取るっていうことですね」
「そのデータ、どうするんだよ」
「地球のことばで言うなら、研究発表や論文作成に使われます。もちろん、データは匿名化されるので、安心してください!」
宇宙にも研究倫理みたいなものはあるようだった。安心した。安心していいんだろうか。
「それはわかったんだけど、いきなりおれに声をかけてきたのはどうしてなんだよ」
「ここ二十年くらい、日本を管轄しているブランチのひとつが勇悟さんを観測していたんですけど、あなたのいちばん近くにいられる方法が、相方になることだとわかったので、これがチャンスだと思いました!」
あ、人類自体はここ二千年くらい観察してるんですがと彼は言う。
チャンス。
おれの思いを知ってか知らずか、宇宙人は楽しげに歩いている。

チャンス。
おれたちにはチャンスがあるはずだった。

前の相方――山下とは大学のお笑いサークルで出会った。お互いに、こいつしかいないんだと思っていたし、いたはずだし、大学生の頃から、漫才・コント・ピン芸なんでもありのお笑い総合トーナメントであるC-1の3回戦に行くなど、ある程度の成績は残していた。大学お笑い出身のホープだと言われていた時期もある。
そう、おれたち『たらサブレ』は関東シュール系漫才コンビとして一定の知名度と人気があったのだ。
それが伸び悩み始めたのが、大学を卒業して、事務所に所属するようになってからしばらく経ったころだった。たらサブレは準決勝の壁に阻まれ続けた。最近ではコントと漫才どちらもやる芸人も多くなってきたし、おれたちもそうしようかと思ったことはあるが、漫才コントとは違って、おれはコントで完全に『役に入る』のに抵抗があったし、おれが中学生のときはじめて生で見て感銘を受けた漫才師――ゼロゼロのことが忘れられなくて、その人たちみたいに漫才一本でやっていきたいといつ思いが強かったのだ。少なくとも、おれは。
C-1以外の地方の賞レースだって、決勝までは行けたことがある。だけれども優勝はできない。テレビにもうまくハマらない。動画サイトに漫才をアップロードしてもうまいことハネない。『使いやすい』同年代の芸人が華々しい舞台を掴んでいくのをおれは見てきた。そいつらよりおもしろい自信はあった。なんらかのきっかけがあれば日の目が当たるだろうと思っていた。賞レース一辺倒だった時代とは変わって、ソーシャルメディアやテレビや動画サイトがある。そのうちのどこかに引っかかればどうにかなるのだろうと思っていた。
そんなきっかけは、なかった。
C-1には芸歴制限がある。十五年目を超えたらもう出られないのだ。ぎりぎりまで粘る芸人もいれば、それより前に売れるか何かの理由で抜けていく芸人もいる。
おれたちは、ぎりぎりまで出続けようと考えていた。なんせこれはチャンスなのだ。C-1で優勝すれば人生が変わる。変わってきた芸人をたくさん見てきた。憧れのゼロゼロだってC-1で優勝したのをきっかけにテレビの露出も増え、そこで得た知名度で単独公演を成功させていったのだ。優勝後にやってくる大量の仕事を乗りこなすことさえできたら、人生は成功したも同然だ。テレビではうまくいかない。動画サイトでバズろうにもいまいちぱっとしない。Cー1というその波に賭けることだけが、そのときのおれたちにできることだったのだ。
お互いにそう思っていると信じていた。
それがまさかこうなるとは、夢にも思っていなかった。
つい半年前、山下は、幼馴染と結婚するから安定した収入が得られる仕事に就きたいのだと言った。
「芸人の仕事で稼げるようになればいいじゃないか」
安いチェーン店のカフェのコーヒーを前にしながら、おれはそう答えた。山下は苦い顔をして言う。
「俺たちもう三十だぜ? 周りを見てみろよ、大学の同級生たちは家庭を持ってるか仕事をバリバリやってるかで、ふらふらしてるのは俺たちだけだ」
「でも、まだ夢は」
「夢だけはある、お前の夢がな」
おれたちは同じ夢を見ていると信じていた、だからここまでやってこれた、なのに山下は「もう無理だ」と言った。
「俺だってその夢を信じたかったよ、でもさ」
その後に言われた言葉が胸に刺さって抜けないでいる、そんなつもりはなかったのに。
たらサブレはおれが主導権を握っていた。おれがネタを書いたしおれがリーダー的な感じだった。たしかに山下には無理を言ったこともあると思う。でもそれでここまで勝ってきたのだ。だからそんなことを言われる筋合いはない。
なのにその言葉はおれを刺した。
「結局、お前は自分のコピーがほしいってわけ?」
それなら着いて行く理由はもうないよ、と、おれの前から去って行った、山下の姿が、まだ目に焼きついている。

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