オチの先まで連れてって - 4/13

宇宙人の名前は『各務京斗』とすることにした。一応本名も聞いてみたのだが、何回繰り返してもらっても何が何だかさっぱりだった。なんか小鳥のさえずりと遠くから聞こえる地鳴りを合わせたみたいな音がして、それを名前と認識することがどうしてもできなかったのだ。京斗はだから言ったでしょうとにこにこしていた。
各務京斗という名前は、インターネットの命名システムからランダムででてきたものから選んだ。おれが創作の際にたまに使っているものだ。『宇宙人っぽい名前』なんかわからないし、宇宙人だってバレたらそれはそれで問題だ。自然な人名をつけたかった。
「お前、どの名前がいい?」
「飲み物と同じように、今のところ僕に好みはないので、勇悟さんの好きな名前でいいですよ」
「そんなこと言われてもなあ」
キャラクターに名前をつけるのとはわけが違う。なんせ実物が目の前にいるのだ。画面をスクロールしていく。そこで目にとまったのが『各務』という名字だった。宇宙人って、人間の鏡写しなのかもしれない、人間に似ているけど、違うもの。そう思えば、その名字はぴったりのような気がした。そして、その名字とセットになっていたのが『京斗』だ。
各務京斗。メジャーすぎず、マイナーすぎず、発音しやすい名前。おそらく被ってもいない名前。インターネットで検索に引っかかるにはそれが重要だ。
これでどうだ? と提案したら、
「いいですね、勇悟さんがつけてくれたなんて、僕はうれしいです。それなら、僕は今から各務京斗ということで」
気軽に京斗と呼んでください! と彼は言い、
「そういうのはもっと親しくなってから言うもんだろ」
と返したところで、そういえばこいつ、最初からおれのこと『勇悟さん』って呼んでたな、ということに気が付く。距離を詰めるのがうまい宇宙人だ。
「とりあえずこっちは今のままネタ書きとツッコミをやるつもりなんだけど」
「知ってます! 見てきましたからね」
「見てきたって、何をどこまで見てたんだよ」
「たとえば、昨日食べたおやつとか、今日寄ったコンビニエンスストアも、データとしてはありますが、僕としては本人を見てから詳細は知りたいなと思ったので、あまり解凍してません」
「おれのデータってそんな冷凍食品みたいな扱いなのか……」
そのあとデータの扱いについて多少聞いてはみたが、あまりよくわからなかった。宇宙人は説明が下手なようだった。
「あと、コンビ名っていうのを決めるんですよね」
「それはあとでもいいけど」
そんなこんなで朝が近づいてきた。冬とはいえ、日の出がぼんやりと近づいてきている。おれはカフェインではなく興奮のせいで眠れなかった。この宇宙人に睡眠が必要なのかどうかはまだ知らない。あのあと結局コーヒーを二杯飲んだ。京斗も同じだけ飲んでいた。インスタントコーヒーを買い足さなきゃいけないなあとかぼんやり思いながら、カーテン越しに差し込んでくる朝日がつくる影を見ていた。
「そういやお前、どこに住むつもりなんだ? まあ今日は遅い――っていうかもう朝だから泊まっていってもいいけど」
「僕はてっきりここに住むものだと思ってました」
宇宙人、思っていたよりもはるかに図々しい。いや突然現れてコンビを組もうとか言ってくる奴は図々しいのかもしれないが。
「あんなに立派な宇宙船があるのにここに住むつもりだったのか?」
「コンビってそういうものだと認識してたので」
今だって、主に金銭上の都合でルームシェアしている芸人はたくさんいるが、コンビで住んでいるケースはないことはないが少ない。十年前だって、そんなに多い例ではなかったと思う。二千年も観察してたら、ここ最近の変化なんて秒で通り過ぎていることだろうが。
というか、ここは一人暮らしで精一杯の部屋だ。人を増やすことはできないだろう。宇宙人に住民票があるとは思えないし、どうやってアパートを借りるのか見当もつかないのだが、どこかよそに行ってもらうしかない、と思っていたところ、京斗はそうそう、と言って、
「外から見えないようにこのアパートに宇宙船を接続して、事実上部屋を増やすことは可能です」
「お前ほんとなんでもありなんだな……」
「なんでもありではありません。技術的に可能な範囲までです」
その技術がおれにとっては、というか普通の人類にとってはすごいんだけど、こいつにはまるでわからないのだろう。
京斗はポケットからスマートフォンよりも薄いカード型の機器を取り出してなんらかの操作を行い、数分もしないうちに終わりましたと言った。
「ちょっと廊下に出てみてください」
いそいそと外に出ると、部屋が増えていた。
ここは204号室で、その隣はないはずなのだが、205号室が出現していた。建物が横に伸びたのだろうか。そんな工事をする時間はなかったはずなのだが、音も何もなかったのだが、まあ、こいつの技術ならあることなのかもしれない。
京斗は朗らかに言う。
「僕はここに住むので!」
「おれが住みたいくらいだよ」
「あ、部屋代わります?」
「さすがに、宇宙船に住むのにはまだ抵抗がある」
まだ、っていうか、すごいテクノロジーでできているだろう宇宙船の、なにかを誤動作させてしまってうっかり死ぬ、なんてことがあったら死ぬに死ねない。見たところ、ビジュアルは普通の家っぽいけど、京斗だって見た目は普通の人間っぽいのだ。見た目なんか信用ならない、ということがこの数時間でおれには痛感されていた。

次の日、というかもう今日なのだが、には仕事もないし、午前中はバイトも入っていないので、おれたちはここで一旦解散(とはいえ、京斗は隣の家という名の宇宙船にいるのだが)して眠ることにした。
京斗も一応睡眠が必要なのだという。宇宙人といえども生物ではあるようだった。おれは寝る支度をして布団に潜り込んだ。緊張の糸が切れたせいなのか、カフェインがちょうど切れてきたころなのか、すでに朝の七時だったのに、すぐに眠ることができた。夢も見ないほど深く眠った。この仕事をしていたら、夜ふかしなんてよくあることだ。

午後からは高校受験の個別指導塾のシフトが二コマ入っていた。塾はそれなりにシフトの融通がきくし、何より大学生のころからお世話になっているところなのでそのまま何年になるのだろう、ベテランと呼ばれてしまうくらいには長く働いていた。
京斗はどうやらインターネットや配信サービスで漫才の動画を見ていたようだった。スマートフォンーーに見えるけれどもほんとうは何なのかわからない機器ーーにはおれのと同じようにメッセージアプリが入っていて、それで連絡が取れる。おれは宇宙人と連絡とってるんだなあとなんだか不思議な気持ちになった。
家に帰って、メッセージアプリを開いたら、京斗から『2023年のC-1の決勝って本当にすごかったんですね』という連絡が入っていた。どうやら家にいるようだから、隣だし、かつて宇宙船だった部屋がどうなっているのか気にならないことはないし、ということで一報を入れて行ってやると、そこにはC-1決勝でコントを披露している――たしかファイナルステージだったはずだ――のモリモリ森と、インターホンに出てくれたのに、そそくさとソファに戻って、熱心に画面を見つめている京斗がいた。
京斗の部屋はいかにも『おしゃれな二十代後半の男性が一人暮らししている部屋』という感じだった。大きめなテレビ、ネイビーのソファ、観葉植物まである。いつ仕入れたんだろう。それにしては片付きすぎているような気がしなくもないが、この部屋ができたのが今日なんだから、そのうち雑然としてくるというか、生活感が出てくることだろう。というかここって宇宙船なんだよな。
おれは熱中しすぎるなよとペットボトルの麦茶を投げ渡して、こう言う。
「なんだよ、ぜんぶ観測してたんじゃないのか?」
京斗ははい、そうですけどと言いながらペットボトルの蓋を開ける。手でひねって開けていて、まあそれは普通のことなんだけど、宇宙人のなんらかのパワーとかでずるしないんだなとか思う。
「観測はしていましたが、この身体で見るとまた、違った発見があるかもしれませんからね」
「えっとなんか、これまではおれたちのことを監視カメラで見てたみたいな感じなわけ?」
「カメラが設置されているわけではないですけど、体験としてはそんな感じですね」
「じゃあ、映像でしか見たことないものを実際にやってみた、みたいなことか」
この宇宙人は律儀なようだった。おれだったら、知っていることをもう一回学習し直そうとか、思わないかもしれない。
「理解が早くて助かります」
「それなら実際に劇場に行くの、楽しみだろ」
「はい、この身体になったからこそ味わうことのできる空気感っていうものがありますからね」
なるほど、こいつは空気とかそういうのも観察対象なんだ、と思ったところで、おれはちょっと恐ろしいことに思い当たる。
「っていうか、もしかして劇場にも監視カメラあるの? どこにでも?」
「うーん、カメラっていうのは比喩で、実際は次元を折りたたんで串刺しにして観測しています」
「ますますわからなくなったんだけど……」
「このあたりは理解してくださらなくても大丈夫です。というか、もし理解できたらノーベル賞取れますよ」
あ、モリモリ森のこのオチ、僕好きなんですよね、と京斗は言う。見ようによっては若干ホラーにすら思えるこのコントは、審査員の票も割れたし視聴者の感想も荒れた。ただ、パフォーマンス後のコメントで、『絶対にこれを決勝でやりたかったのでよかったです』と言い切っていた、その姿勢が眩しいなと思っていた。
その日はそのまま日付が変わるくらいまでC-1の過去動画を見ていた。おれもリアルタイムで見ていたものがほとんどだったが、京斗と見ると新しい発見があった。
「ここ、お客さんが一瞬理解できてないけどその後爆笑をかっさらってますね」
「そうだよ、お前観察力あるんだな」
「観察するために来たので」
自分もずっとお笑いが好きで、仕事にするためというのもあるが、いろいろ見てきたつもりなのだが、『観察者』である京斗の視点からすると、また違うものが見えるのかもしれなかった。

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