オチの先まで連れてって - 5/13

そのあと、話し合って、コンビ名は『テンカイ』になった。京斗にもFカラーとか、コーナーファイルとかいろいろ案を出してもらったのだが、自分の考えたこれがいちばんよいのではないか、ということになった。というか、おれがそうした。
天界ではない。『天国の扉は回転式』の略だ。そういうことにしている。
妙な名前だが、アニメや映画で、一度死んだキャラクターが復活することを『天国の扉は回転式』と呼ぶのだと聞いたことがある。天国に行ったところで、その扉は回転扉だからすぐに現世に戻ってきてしまうのだと。そのフレーズが妙に心に残っていたのだ。
『たらサブレ』のおれは死んだ、それでもまた、地上に戻ってくる、そのための、名前だ。
すぐにだって戻ってきてやろうという、決意の名前だ。
京斗はメロンソーダを飲みながら言う。
「テンカイですか。悪くないですね」
「なんだよ、この前みたいに統計的にどうとか言わないのかよ」
「まったく新しいネーミングに対して、統計的にどうこう言うことはないですよ」
深夜のテンションで決めてしまったところもあるが、検索しても同じ名前は見つからなかったし、おそらく問題ないだろう。コンビ名には検索性も重要だ、芸人なんて自己顕示欲の塊の人種、エゴサーチをしなければやってられない。

宇宙人がいるとか現実感のない現実に慣れてきて数日。こいつのためにネタ作らなきゃな、と思い始めた。だが、その前に問題がある。
こいつとコンビを組んだということを、どうやって報告すればいいんだ?
事務所や世間に説明するのが大変なのではないか。なんせ地球の人間社会にとっては京斗は無から出てきたようなものだ。戸籍がないとかそういう騒ぎではない。当然家族はいないだろうし友人や知人もいないだろう。どういう扱いになるのだろうか。
とか昼食をとりながら思っていたところ、京斗の方から連絡があり、ちょっと会いたいんですけどと言われ、おれは暇だったからはじめて会った公園に行き、京斗はこう提案してきた。
彼は相変わらずの笑顔で言う。
「どういうカバーストーリーにしますか?」
「カバーストーリー?」
「えっと、僕がこれまでどういう経歴で、勇悟さんの相方になったのか、ってことですね」
それはわかる。こっちも考えていたところだったし、宇宙人にもそういう配慮があるんだなと思った。もちろん、自分の周りは芸人ばっかりなので、参考にできそうなひとはいくらかいる。えっと、先輩だったらビリケーンの増岡さんとかがそれっぽい気がするけどそのままだと違和感あるからあとラフスケッチのタナカをミックスして……
「うーん、なら大学のサークルの後輩で、養成所入ってピン芸人やってたんだけど、おれがコンビ解消したから、お前が声かけてくれた、みたいなことにする、とか?」
と答えたら京斗はポケットから手のひらサイズのデバイスを取り出して、空中にキーボードを投影した。ほんとにあるんだ。そういう未来的なデバイス。これ他人に見られたりしたら問題になるんじゃないかと思ったが、そのとき公園にいたのは数人の子どもたちで、大人には見向きもせずに遊び回っていた。京斗はその奇妙な機器をさくさく操作して、よくわからない記号とかが投影された画面に出てきては消えしており、眺めていたら、
「はい終わりです」
「終わりって、何が」
「記憶処理です!」
記憶処理。そう。記憶の意味も処理の意味もわかるからこの熟語の意味はわかる。わかるけれども陰謀めいていてあまり深入りしたくない単語ではある。記憶処理。宇宙人にはぴったりの単語だけどぴったりすぎて怖い。
「そ、そうか……」
「適切なデータを取るためには、周囲の人間に対する記憶の処理は最小限にとどめるべきなんですけど、初期設定に関しては仕方がないことになりますからね」
自分の経歴を初期設定とか言ってるぞこいつ。
「じゃあ、むやみやたらに記憶を操作しないってことだよな」
「もちろんです、環境を変えたら観察の意味が薄れますからね」
京斗はなおも朗らかに言う。
「これで、さっき勇悟さんが言ってた『設定』が、この世界に適用されることになります。もっとも、細かい交友関係とか、エピソードに関しては、あえてあいまいにしてあるので、そのあたりは適宜話す時に合わせてください」
細かく作り込みすぎると、勇悟さんが覚えきれないと思うので、と京斗は結んだ。
地球人の記憶容量に配慮があるなんて、思いやりのある宇宙人のようだった。
宇宙人っていうか、京斗ってすごいんだな。おれは天を仰ぐ。ベンチの上には欅の木があって、冬なので葉は落ちている。京斗は上になにかあるんですか? と聞いてくる。なにもないよ。お前のいたであろう空くらいしか。

そのあとおれはピンでの仕事があった。組むことを決めたとはいえ、急遽コンビで出るというにはまだ何もかもが足りていない。それでも他人はおれを『テンカイの折崎』として扱ってくるのでなんだかおかしかった。一週間前にSNSでコンビ結成を発表したことになっていたし、もっと前に事務所への連絡も済んでいた。おれがやった記憶はないが、全部『設定』されたのだろう。
そのライブでは一人コントをやった。周りの人間が全員透明になってしまったと思い込んでいる男が、実は自分以外の全員が不透明であり、自分だけが透明であることに気が付くコントだ。それなりにウケて、ピンでもやってけるんじゃないか? とかライブで一緒になったタタラバの橋本に言われたりもした。
「でもおれは漫才をやりたいんだよ」
「お前ずっとそう言ってたもんな」
橋本はこれから飲み行くか? 九段もいるけど、と言ってきたので、おれはもちろんと返す。ひととコミュニケーションを取るのも、大事なことだった、というか、楽しいことだった。

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