事務所のライブが今月末にある。おれがずっとこの事務所でやってきたということで、とりあえず一番下のバトルライブに出させてもらえることになった。テンカイのデビュー戦だ。いい印象を残しておきたい。高校や大学を出たばっかりの若手に囲まれるのは、新鮮な気もする。でも、自分たちより年上の人たちだっている。事務所のバトルライブは、そういう場所だ。
バトルライプというのは、ネタが終わった後、お客さんの投票で順位が決まるライブのことだ。シーズンで戦績をカウントしたりすることもあるが、だいたいどこでも、上位に入れば上のライブに上がれる。
おれの事務所のバトルライブは上からゴールデンシンフォニー、シルバーコンチェルト、ブロンズワルツ、アルミニウムマーチに分かれていて、おれたちはアルミニウムマーチからの参加となる。
そういうわけでバイトの合間を縫ってネタ合わせだ。京斗は働く必要なんかないんだろうが、これも観察の一部なんで、ということで近所のコンビニエンスストアでバイトを始めたのだとかいう。こいつのことだから仕事についても観察してましたとかいってどうにかしているんだろう。どうもこいつは小器用で、マネージャーとの連絡とかも、初対面のはずなのにまるで昔から事務所にいたみたいにこなれていたし、芸人仲間たちともすでに知り合いになっているようだった。どこで交友関係があるってことになっているのか、たいていのコンビと同じようにおれも把握していない。
各務京斗はこの世界に自然な形で挟まれていて、違和感があると思っているのはおれだけみたいだった。どうやらいいやつではあるっぽいけれども、なんとなくある違和感は消せない。
テンカイとして最初にお客さんに見せるネタは何にしようか、と考えたときに、こいつをどう活かすのが一番いいんだ? とは思ったものの、こいつの一番の特徴って宇宙人ってことだし、それを漫才にするわけに行かないし、で、オーソドックスな設定をとりあえず持ってくることとなる。いろいろなライブで何パターンか試して、いちばんいいものを選べばいいだろう。
最初に試したのが、『学生時代』というネタだ。学生時代って呼んでいいのはどこからどこまでなんだよ、って思いつきからスタートする漫才だ。
「最近ね、学生時代って楽しかったなって思うんですよ」
「まあたまにはノスタルジーに浸らせてあげてください」
「学校言って、中休みかけっこして、宿題テレビ見ながらやって、友達の家でゲームやって」
「え?」
「駄菓子屋に行って300円で何を買えるかってわいわいして」
「ちょっと待てよ」
「二重跳びができなくて一喜一憂するみたいな」
「おい、学生時代っていうのは、大学かせいぜい高校のことだろ」
「じゃあ小学生のころはなんて言えばいいんですか」
「ちょっと一旦止めていいか?」
京斗は、昨日渡したばかりの台本を全部覚えてきてくれた。記憶力はいいようだった。宇宙人だもんな。
それはそうとして気になるところがあったので一旦止めた。
「はい!」
「駄菓子屋に行って、のところ、もうちょっと遅くできないか? 気持ち0.5秒くらい」
「はい!」
ネタの入りをもう一回やってみたら、おれはそこで止まってしまった。
なぜなら、おれが想定しているのと完全に同じタイミングで京斗が喋り始めたからだ――まるで、脳内を読まれたかのように。
「な、なあお前、人の思考とか読めたりするのか?」
「そんなことできるわけないじゃないですか。もしできたら、こんな迂遠な方法で参与観察になんか来ていませんよ」
確かにそうだ。こいつが人の心を読めるのならば、それを直接データとして扱えばいいのだ。わざわざ人間になってまで観察しにくる必要はない。
「じゃあどうして、さっき完璧なタイミングだったんだ?」
「0.5秒くらい、って言われたので、おおよそそれに近似する値で遅延してみました」
おれが二の句を継げずにいると、
「もし正確な秒数が望まれているなら、そうしますが、くらい、と言われたので、それに近似して、尚且つ最も印象のよさそうなところで言ってみました」
そこでおれはようやく納得がいく。
ああ、そうか、そうだ。こいつは『言われたことなら何でもできる』、そう言っていたじゃないか。だからそうしただけなのだ。
「――いや、今の間でちょうどいいよ」
それはよかったです、と彼は言い、おれたちは練習に戻った。こんなこと言っていいのかな、と言うような指示も全て通ったし、嫌な顔ひとつされなかった。
こんなスピードで漫才が組み上がったことなんかないなってくらい、ネタ合わせが順調に進んだ。
たまにこいつが宇宙からやってきておれのことを観察しているのだということを忘れそうになる。でも、このようなことがあると、やっぱり宇宙人なんだなと思う。そもそも台本を渡すとすぐに覚えてくれるって、相手が人間だったら考えられない話だ。たまにものすごい記憶力の人がいるとも聞くけど、たいていの相手だとネタ合わせよりもそれなりに前に渡さなければならない。普通そうだ。それが京斗はどうだ。直前に目を通してはい大丈夫ですだ。それならおれはギリギリまで台本を詰められる。
いつのまにか夕方になっていて、電灯がついていた。どうせ隣の家なのだからと、おれの家で夜ご飯を食べて、そのあともネタ合わせを軽くではあるが続行した。全然疲れが見えないので、宇宙人って体力あるんだなあと思う。
京斗はちょっと顔の角度変えて、とか、表情柔らかくして、とか、逆にここは鋭く行って、とか、すべての要求に完全に応えてみせた。というか、そうなるとこっちのミスが目立つようになる。相手が完璧なパフォーマンスをするのであれば、こちらもそれに応えなければならない。ありがたいことに、相手は台本通りに進むメカニズムではなくて、考えのある存在のようで、おれがちょっとミスったり、台本から外れたことを言っても、京斗は難なく回収してみせた。
「お前、アドリブ効くのな」
「アドリブっていうか、その時々で最適な判断を行っているだけです」
人間はそれをアドリブと呼ぶのだと思う。
それから何回かネタ合わせをして、いよいよ本番だ。
舞台袖にいる瞬間がいちばんどきどきするけれども、他の芸人のネタを見て素直に笑えるときがいちばん楽しい、というのもある。
今回はどちらかというと前者で、なんせテンカイのデビューなのだ、緊張しないわけがない。隣にいる京斗も、いつもの余裕ぶった表情とは打って変わって真剣な顔つきで、こいつもこんな顔するんだって思う。
おれはいつもの白のタートルネックに黒のジャケット、京斗の衣装はパステルグリーンのシャツに紫が掛かったピンクのジャケット。はじめて京斗と出会った時の服装だ。実際、どちらかというと色素が薄めな京斗には淡い色彩がよく似合った。ビジュアル変えますか? とか言われたことがあるけど、それを細かに調整するのもなんか違う気がしてそのままにしておいた。
そんな京斗が隣に立つ、はじめてのステージだ。練習は今まで積んできたけれども、お客さんの前で披露するのははじめてだ。
どんなステージもみな違う。まったく同じメンバーでやることなんかめったにないし、
もしあったとしてもお客さんは絶対に違う。おれが踏んできた舞台の数は、アマチュアのころから考えると数えられないほどあるが、それらのすべてが違うものだった。
今こいつは何を考えているんだろうか? と思う、あとで聞いてみようか。なんだってできるって言っていたこいつが、何を考えているのかを。
ナレーションがテンカイの名を呼ぶ。
「どうもテンカイです、折崎と各務でやらせてもらってます」
「よろしくお願いします!」
事務所ライブは主にテンカイ以外のおかげで無事に終わった。まあ、初めて舞台に上がって、お客さんがいるのを見て、宇宙人といえども緊張したのかもしれない――と言えたらよかったのだが、実際は完璧に練習通りの京斗におれがついていけてなかった部分の方が多かった。要するに、自分のせいだ。だいたい、練習ではめちゃくちゃ上手くいってるのに、本番だとお客さんの雰囲気を掴み損ねてしまい、思ってたよりはウケないみたいな例もたくさんある。その中で、京斗はかなり『筋がいい』といえた。思い通りにはならなかったところもたくさんあるが、そんなの、舞台の上ではよくあることだ。
だいたいこういうバトルライブには、ネタだけでなく企画コーナーもある。その日はひとりにお題が出されてモノマネをし、残りが何をやっているのかを当てるゲームだった。思ってたよりも、平場の京斗はちゃんとしていた。とはいっても、たまに、おれといるときみたいにズレた反応を返したりしてて、それを周りに笑いに変えてもらっていたりはしたのだが。一応初期設定でピンでやっていたことにはなっているのだが、コンビを組んでから初回の登場ということで観客の反応はそれなりによかったとは思う。
これはあとでインターネットで検索したところによると、やはり『たらサブレ』がいきなり解散して半年くらいで別のコンビをおれが組んだことから、複雑な心境を抱いている人たちもいるようだった。それに、京斗のピン時代からのファンもいるらしい。その人たちの記憶がどういうことになっているのかはわからないが、いるらしい。その人たちは、京斗がコンビを組んだことを祝福してくれているパターンが多いようだった。そういう人たちがファンになってくれるとうれしいと同時に、厄介になったら怖いなとも思う。
今回のアルミニウムマーチ、テンカイは三位だった。すぐに上には行けないが、この順位をキープできれば数ヶ月後にはブロンズに上がれるだろう。
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