出待ちなんかいるわけないだろと思っていたが多少いた。たらサブレのころからおれのことを追いかけてくれている人や、ピン芸人だった京斗のファンだとか。後者に関してはどういう記憶になっているのか、突っ込んで聞いてみるのは怖かったので、本人にも京斗にもそんなには聞かなかった。もしかしたら他の芸人のファンだったのに、何かが操作されて京斗のファンだったことになってるんじゃないか? とか、思ったりした。
そのあと、家が隣だから、必然的に一緒に帰ることになる。
「初舞台どうだった?」
「一応、僕はピン芸人をやっていたことにはなっているんですよ」
「でもほんとうは初舞台だったろ?」
「記録の上ではそうじゃなくても、この僕にとってはそう、ですからね――はい、非常に興味深いものでした。この身体が経験したことがないことなので」
「緊張したか?」
「ナーバスになったかという意味ならそうでもありませんね。でも、舞台袖から照明を見ると、なんだか心拍数が上がった気がします」
それを緊張したって言うんだよ。なんだ、こいつにだってかわいいところがあるじゃん、と思ったりした。
今回のライブで、自分たちのパフォーマンスとしてはやれることはやれたと思う、し、一回ネタをかけてみて、京斗をどう『使って』いけばいいのか方向性が見えてきたような気がした。
こいつは言われたことならなんでもできる。
なら、こっちがきっちり指定してやればいいのだ。
そして、おれはこいつに完璧に合わせてやればいいのだ。
こいつにはそれができる。
おれにはそれがやれる。
「言い終わった後口角下げて」
「ここはお客さんに半分向けて言って」
「その後は目線を若干伏せて」
「大げさに手を広げて見せて」
みたいなことを言っても、京斗は何も文句を言わず、おれの想定通りに、いや想定以上のパフォーマンスを見せてくれるのであった。指示が通らないやつすらいる。指示が通ってもそれしかやらないやつもいる。京斗は指示が通った上で、自分すら気付いていなかった「理想」をやってくれるのだというのがわかってきた。
「勇悟さんの今の指示、ちょっと遅くって言いましたけど、今のは勇悟さんが早かったですよ」
「そうか?」
「もう一回やればわかります」
なるほど京斗が正しかった。でもおれだってさっきのことを完全に覚えているというわけではないから、こいつが正しかったのかはわからず、ただ、このタイミングが合ってるんだな、ということだけは、わかる。
一応メインでネタを書くのはおれの方なのだが、たらサブレのときとは違って、京斗にもアイデアとか出してもらったほうがいいかなと思い、ネタ出しは一緒にやることにした。家も近いというか隣だし、場所は問題なかった。カフェとか行かなくてすんで、懐がさみしいなか、金が浮くという考えもある。
その日は京斗の部屋でネタ出しをしていた。京斗の部屋は相変わらず生活感がなかった。こいつ、おれがいないときもちゃんとご飯とか食べているんだろうか。なにかすごい技術でなんとかしているんじゃないだろうか。それとも今のところは人間の身体を持っているから食べているんだろうか。アイデアが焦げ付いてきて、一回コンビニに行って、ジュースを買ってきて、帰ってきて。
京斗の顔を眺めていたら、なんかいいアイデアが思いつくかな、だってこいつと漫才をするわけだから――と思ったところで、京斗のことをあまりよく知らないということに気が付く。せっかくなら、相手の味を活かしたネタを書きたいところだ。
「そういや一応聞くけど、お前何歳なの?」
「二十九歳ってことにこの前しましたよね」
この前そういうことにした、というか、京斗に何歳ってことにしますか、と聞かれたのである。おれは、京斗が自分よりちょっと年下という方がやりやすいのではないかと考えたのだ。経歴的に、同級生コンビでもよかったのだが、多少段差があったほうが対比になっていい気がした。たらサブレが同級生コンビだったから、同じ轍を踏みたくないというのもある。京斗の『初期設定』の見た目もそのくらいに見えたし。
しかし今聞いているのはそれではない。
「いや、実年齢」
こいつは宇宙人なのだ。ならば見た目通りの年齢であるはずがない。
「せいぜい一万歳くらいですかね」
「一万にせいぜいってつくことある?」
「僕たち、というか僕の本体――って言うのが勇悟さんにとって適切なのかは不明ですが、だいたい寿命が地球換算で十万年ほどあるんで」
十万年。
それだけの年月が与えられたら、おれはなにをなしえるだろうか。
十万年のその生涯を、お笑いに捧げようと思うだろうか。
少なくとも、こいつのように、とりあえず二千年研究してみようかなとかは思わない気がする。
おれはざっと暗算して、驚くことになる。
「ってことは、お前、地球人換算だと十歳くらいってこと!?」
「地球人の寿命を雑に百年だとするなら、そうなりますね」
実際のところたぶん八十くらいだから、十歳ではないだろうけれども、十万という数字が大きすぎて、そのくらいは誤差だ。
おれはこいつの中身が十歳であることを想像する。たしかに、たまに子供っぽい言動をとるし、そのくらいで合っているのかもしれない。でもめちゃくちゃ合理的な面もある。「やだなーこんな十歳」
「人間で言うところの成人年齢は五千歳なんで、立派なおとなですよ」
五千歳。西暦よりも長いんだなという雑な感想しか出てこない。人類史ってどのくらい前からスタートしてるっけ。ネアンデルタール人っていつだっけ。
あまりのスケールに、おれがぼんやりしていると、京斗は言う。
「でも安心してください! この僕が生成されたのは、勇悟さんに会う直前なので!」
「どういうこと?」
「『この僕』は、勇悟さんとコンビを組むためにできた、勇悟さんを観察するためのブランチの影です! 要するに、勇悟さん専用のカメラってことですね」
「ってことは、お前は一万歳だけど同時に〇歳ってこと?」
なんだろう、本体があってそれが一万歳で京斗は〇歳で……? なんだかややこしいというか、おれの知っている生命とはだいぶ異なるあり方をしているっぽいことだけはわかった。
おれが首を傾げていると、京斗は、
「まあその、本体っていうか、一万歳の方のメモリを参照することはできますが、この僕が〇歳っていうのもまた事実ですね」
メモリとかまた小難しいことを言っているけれども、要するにこいつの身体は人間で換算すると〇歳だが、この年齢になるまで急成長させられており、同時に一万年分の記録を参照することができるっていうことだろう。
「ちなみになんだけど、なんでそんなにペラペラ喋ってくれるわけ? こういうのって機密事項だったりしないの?」
「勇悟さんは協力者なので。何か疑問があって僕を信頼してくれない方が困ります。というのと、もしこれを誰かに話したところで、誰も信じてはくれないでしょう?」
統計的に真ですよ、と京斗は決め台詞のように言う。おれの生活実感からしてもそうだといえる。宇宙人が論文を書くために地球に潜入してて『参与観察』をしている、そいつがおれの相方だ、だなんて、陰謀論者になったのではないかと思われかねない。
京斗のことは前よりわかったような気がするが、これを漫才に活かせるかというとそうではない。じゃあ、こいつについて何を知れば、いい漫才ができるんだろうか?
お前、なんかいいアイデアない? と言うと、京斗は、
「えっと、僕っていうか僕の本体が調べている別の星の話ならできますけど」
「地球のほかにも生命体がいるのかよ」
「当然じゃないですか、僕がいるんですから、あ、でも、地球じゃまだ見つかってないから、この話を漫才にしても仕方ないですよね……」
そうだった。こいつには知識がある。あるけれどもそれが使えるかどうかは別問題だ。
おれはもうベタにデートの話とかしようかな、と思い始めていた。いくらベタでもアレンジでなんとでもなるし。
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