オチの先まで連れてって - 8/13

十二月末、その年のC-1は勉強も兼ねて京斗と家で見ることにした。一応存在する動画は全部見ているんですけど、新しいデータを得るのは楽しいことですねと京斗は言った。コントと漫才の二刀流が目立ち、決勝ファーストステージとセカンドステージで異なるスタイルを披露するのが勝ちパターンであると近年言われていた通り、そのどちらもで完成度の高いパフォーマンスを見せた関西系のビアポートが優勝した。
「来年、いやもっと先でも、おれたちはここにいる、いるはずなんだ」
おれは、ビアポートの勇姿を見ながら、思わずそう呟いていた。
Cー1のタイムリミットのカウントは芸歴が長い方が優先される。ピン芸人同士が即席ユニットを組めばずっと出られる、みたいな事態を避けるためのルールだ。そして、おれのほうが一年長くやっていることになっている。だからおれたちに残されたチャンスはあと四回。
「どうして勇悟さんは漫才にこだわるんですか?」
コントもやったっていいじゃないですか、と京斗は言う。山下にも同じこと言われたことあるな、と思いながら、
「――初めて生で見たお笑いが、漫才だったからかな」
中学生のころ、地域の夏祭りにお笑い芸人が来るのだと、カラフルなチラシの小さな枠の中に書いてあった。おれはあまり興味がなかったのだが、友人が行きたいと言ったのと、疲れていたから座りたかったのもあって、こじんまりとした野外特設ステージに向かうことになった。
人はまばらだった。熱心なファンみたいな人が数人いて、あとは自分のようにたまたま通りがかった人のようだった。テレビでも見たことがない――そのときのおれにとってはそうだっただけで、もう劇場では人気があったのだがーーふたりぐみが出てくる。
それが後にCー1で優勝することになるゼロゼロであることも知らずに。
そのパフォーマンスに、おれは圧倒された。
もう内容はそんなに覚えていない。とにかくおもしろくって、ずっと笑えた。今思えば、『何も考えずにただ笑える』というのは、とてもすごいことなのだ。他のことを考えさせる余裕を作らないということなのだから。
大人になってから調べたら、そのネタが公式チャンネルにアップロードされているのを見つけたけれども、アドリブなども入っていたため、あの日見たものとまったく同じというわけではない。
そして、お笑いをテレビでも見るようになり、大きくなってからは劇場に行くようにもなり、次第に、自分もこの舞台に立ってみたいと思うようになったのだ。
おれが考え込んでいると、京斗は明るく言ってのける。
「刷り込みってやつですね!」
それはどうだろうか、と思うが、そうではないと言い切れないところもある。
ただ、刷り込みだろうがなんだろうが、走り出してしまったのならば、このまま走るしかないのだ。
テレビの中では銀テープまみれのビアポートが優勝インタビューを受けている。次ここにいるのは、おれたちでなければならなくって、そのために、みかんを食べながら呑気にしているこいつで何ができるのかを、考えなければならない。

正月は実家に帰ることもなかったが、きちんと両親と妹に新年のメッセージは送った。家族はおれが芸人をやっていることに対して、ポジティブでもネガティブでもないというか、お前の選択ならやり遂げなさいというスタンスなのでありがたかった。妹のほうは、おれがたまにテレビに出るとよろこんでくれているようだった。
実家はそう遠くないので、顔を見せに戻ったっていいのだが、大学進学を機に家を出てから、そういった機会も減ったりしていた。別に家族に思うところがあるわけではないのだが、立派になってから変えるものなのだろうとぼんやり考えていた。
そういえば。
京斗に実家なんかないんだな、と思ったりもした。

年末年始のネタ番組に呼ばれるほど知名度もなく、でもライブにはありがたいことに出られており、新年早々それなりに忙しかった。
それは一月頭のライブでの楽屋でのことだった。
京斗が『YouとPia』の城前とあろうことか、というのもおかしいのだが、雑談をしていた。いや雑談をするっていうのは普通のことだ、おれだって京斗と他愛のない会話のひとつやふたつくらいしている。でもなんか、おれとする会話とは違う。
「それ新発売のオレンジジュースじゃないですか、飲みたかったんですよね」
「目の前のコンビニで売ってるよ」
「じゃあ帰り買いますね」
城前はうまかったよと言った。
京斗は誰に対しても丁寧な言葉遣いで喋る、たとえ後輩であっても。それはどうやら『ピン芸人だったころ』から同じようで、周りにも受け入れられているようだった。平場でエピソードトークを聞くこともある。存在しなかったはずのエピソードが普通に披露されていて、存在しなかったはずの『おもしろかったこと』があって、存在しなかったはずの笑いが生まれて、それがなかったことを知っているのはおれだけなんだなと思うとなんかくらくらして。
それはともかく。
おれがしている会話と、今さっき城前と話していた内容は、違うような気がする。
どっちも丁寧な口調だし、なんか硬い感じはあるんだけど――
何が違うんだろう、ってそれは『これをやりたい』とか『今後こうする』みたいなことを言うところなんだと思い当たる。
京斗は基本的に好みがないらしい、みたいなことを言っていた気がする。
その日のライブ終わり、おれは京斗に言った。
「お前さ、なんで他の人の前ではちゃんとしてるのに、おれと話すときはさ、なんか、なんだろ」
「地球外生命体っぽいですか?」
「そうそう、宇宙人っぽいっていうか、妙に理屈っぽい喋り方するじゃん、あれなんで?」
「理由は一つではないですが、一番大きな要因は、そのほうが勇悟さんに信用されるからですね」
前にも言いませんでしたっけ? と京斗は続ける。
「いやそのときはまだ、他の人と喋ってるの見てなかったからさ」
誰に対しても同じ喋り方なら、そういうタイプの宇宙人なんだなって思う。別に文法とかが間違っているわけじゃないから、普通にコミュニケーションは取れるし。でも他の人とおれの間で露骨に喋り方が違うなら、それはちょっと気になってしまう。
「誰に対してもこの態度だと、さすがに怪しまれるじゃないですか」
「怪しまれる自覚あるんだ……」
「もちろん、どれだけ人類のことを観察してきてると思ってるんですか」
妙に自信ありげだ。まあ、自分だってずっと何かをやっていたり、それこそお笑いのことだったら、ある程度自信があるから、それと同じなのかもしれない。
「なんか、そう言われると逆に人間味を感じるよ」
「そう言われるとうれしいですね」
「これは皮肉のつもりだったんだけど」
「もちろんわかってます」
そのもちろん、がほんとうにわかっているのか、それともボケなのか、おれには判別がつかなくって、とりあえず、
「わかってるなら普通に喋れよ」
「今更『普通』に喋ったら、勇悟さんは違和感を覚えるんじゃないですか?」
「それはそうだな」
どこまでも見透かされているような気がして、腹が立っても仕方がないような気がするのだが、なんだか邪気を感じなくって、おれはあいまいに笑うことになる。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!