海岸で、猫を拾った。
小さな黒猫だ。比較的痩せてはいるが、何も食べていなかったというわけではないだろう。毛並みは悪くない。銀色の細身の首輪をしており、刻印された名前は掠れていて読めない。足を怪我しているようで、立ち上がろうとしては転んでいた。
流木と一緒に波打ち際に転がっていたそれに、普段なら猫など気にも留めないエリック・レーンシャーが目をかけた理由は、それが怪我をした猫だったからではない。
なぜなら。
なぜなら、その猫はスコット・サマーズだったからだ。
なんせ目にはバイザーを着けていてオプティックブラストを撃ってくるのだ。普通の猫なわけがない。それはどう考えてもスコット・サマーズだ。サイクロプスと呼んでもいいかもしれない。
ともかく、それはスコット・サマーズで、エリックには怪我をした同胞を見捨てることなんてできない。
そういうわけで暴れる「スコット」を腕に抱えて、エリックは海岸を歩いているのであった。
「お前はどこから来たんだ?」
エリックは黒猫に話しかける。
猫はにゃあと鳴く。エリックに猫のことばはわからない。すべてのことばを解するサイファーならばわかるのかもしれないが、彼は今ここにはいない。
これが何らかの理由で猫に姿を変えられたスコット・サマーズ本人ではないというのは、チャールズにテレパシーで確認をとった。エリックの知っている「本人」は今、学園でデンジャールームにいるらしい。
ならばこのブラストを撃つ猫はなにものなのか。
エリックはこれを並行世界のスコット・サマーズなのだろうと考えている。
この世界は多元宇宙で、さまざまな可能性の世界があるのだと聞く。ミュータントが世界の覇権を取った世界や、逆にすべての異能力者たちが排斥された世界、あるいはアポカリプスが支配する世界。それらがあるのならば、みなが動物の世界があっても、おかしくないだろう。
だからこれは、異世界から迷い込んでしまったのだろう。敵のせいでなければよいのだが。
この猫のスコットは、どうやらエリックのことをあまり好んではいないようだった。隙あらばブラストを撃ってこようとする。ひとの姿をしているよりは出力は低いだろうが、至近距離で当たったら大怪我は免れないだろう。
エリックにとってスコットは――この世界のスコットは、ミュータントのひとりであり、チャールズの生徒のひとりであり、X-menのひとりであった。
スコットにとってのエリックは――どうだろうか。考えたこともなかったが、もしかしたら、わたしは彼の兄の亡くなった理由を作ったひとりなのかもしれない、とエリックは思う。
だとすれば、敵意を向ける理由もあるだろうが、彼はいつも抑制的に振る舞っていた。まだ子供なのだから、世界の理不尽をわたしのせいにしてもいいだろうに。
猫のスコットの世界でも、そうだったのだろうか。
エリックはスコットの頭を撫でようとした。意外にも、彼はそれを受け入れた。嫌われているのが気のせいだったらいいと思ったところ、噛みつかれた。
撃たれなかった分だけ、ましかもしれない。
チャールズから連絡が入る。彼にとってもこのような事態ははじめてのようだ。
「とりあえずこっちに来てくれないか。彼を連れて。次元の扉を開けられるか、対応してみよう」
「わかった」
それに、とチャールズは続ける。
「猫のスコットにも、会ってみたいしね」
テレパシーが途切れる。
さてどうしよう。ここから学園まではざっと百キロはあるだろう。
鉄道で行くのも悪くはないが、ここからなら海を渡るのがずっと早い。エリックにはその力もある。流木を集めて、あたりに転がっている釘や鉄材で補強する。船を作るのは家を建てるのに似ている。相違点は水の上に浮くかどうかくらいだ。
スコットが周りで怪訝そうな顔をしてエリックを見ていた。鉄を浮かしたりしているせいだろうか。小さなおもちゃを作ってスコットに投げてやる。船を組み立てながら、宙にふわふわと浮かせていたら、スコットがブラストでおもちゃを撃ち抜いた。
猫であってもやはりサイクロプスというわけか。
三十分も経たないうちに、小さな船が完成する。風は静かだ。地磁気の乱れもなく、目的地までまっすぐ行くことができるだろう。
「スコット」
海へゆこうか。海の向こうには学舎がある。お前と同じ力を持ついきものや、お前の教授に、会いに行こう。
スコットを腕に抱えて船に乗せる。陸地に降りようとする彼を鉄のシールドで阻む。船を進ませる。彼はにゃあにゃあと鳴いている。どちらかというと抗議の意を読み取れる声。やはり猫は水が苦手なのだろうか。
「……悪いことをしている気持ちになってきたな」
だが海に出てしまったならばもう仕方がない。あきらめてほしい。陸地まではしばしの辛抱だ。
エリックはスコットの放つブラストを避ける。すこしばかり、長い旅になりそうだ。
2020-11-08
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