眩しくないのかと聞かれることがある。
眩しくないのだと答える。
なぜなら比べるものがないから。視界のすべてが光であるなら、黒点のひとつも存在しないのであれば、ことさら眩しいなどと言う必要がない。赤でも黄色でもない、ただの光。
目を開けるといつもすべてが終わっている。進行方向すべてを更地にするだけの力をぼくの視線は持っている。持ってしまっている。だからぼくはきっともうほんものの青空を見ることなんかないのだ。目を開いた時視界は白く、目を閉じた時視界は黒い。青だなんて半端な色は、視界から消え失せてしまった。
空が青いのは知っている。青空を見たことがあるから。だから空を見上げて青いと言えるのだ。今はルビークオーツの向こう側にあるそれの、ほんとうの色をぼくは知らない。
ほんとうの色を知らないぼくに、青を教えてくれたものがいる。それがほんとうの太陽。
太陽は白くて光っている。その周りにあるのが青なのだ。白ですらない、あれは多くの色を含むがゆえに混色で白となったもの。プリズムを通せば虹になる。ぼくは虹の色を一つ一つ数え上げては歓声をあげている子供だった。
あたたかな赤を、元気な黄色を、気まぐれな緑を、おだやかな藍色を、かしましい紫色を。あるいはその間にあるあいまいな色たちのことを。
夜の月の光だって、あれは太陽の反射なのだ。明るさが違うだけで、昼も夜も太陽に支配されている。支配と言ったら人聞きが悪いけれども、太陽から逃げられる場所なんかないのだ。
逃げられないのならずっと日だまりにいればよかった。そうはできないことをそのうち悟った。ぼくのいるべき世界はここではないのだと、当の照らしてくれる太陽が教えてくれたのだ。
だからぼくは太陽になりたかったのだ。太陽から逃げたくて。なのにずっと追いかけてくる。追いかけているのではなくてぼくが追っているのだと、気付いたときにはもう遅かった。
眩しくないのかと聞かれることがある。
眩しくないのだと答える。
だけれどずっと眩しかったのだ。目を閉じていたって変わらない。
ぼくの世界は太陽に照らされ続けている。そのおかげで自分の作った影がよく見える。見たくないものばかりが転がっている世界。その輪郭を作っているのも太陽だ。
太陽の名前を知っている。
チャールズ・エグゼビア、ぼくに世界をくれた人、ぼくの世界を壊した人、ぼくが世界を壊した人。
2020-01-14
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