After spring day

僕は知っている。時に酒瓶を持ったまま、彼が僕の演説を毎回律儀に聞きに来ているということを。
グランテールは、少なくとも政治的な意見においては、僕とは相反するにもかかわらず。反するというか、存在しない、が正しい。何かの否定という意味では十全に存在する。熱狂する民衆のうちにあって、それを見守る同志たちの外れにあって、それでも僕を見つめているのが、彼の常であった。
今日の主題は民衆の権利とは何であるか、だ。国王や貴族に搾取されることはなく、我々自身に内在する権利について、それをどのように使わなくてはならないかについて。人の集まり方は上々だ。パンフレットを配ったかいがあるというものだ。
本日も例に漏れず、グランテールは演壇の下にいた。近いわけでもなく、遠いわけでもなく。普段であれば、慣れっこなのでそんなに気にすることはない。それがなぜ目に留まったかというと、ルソーの言葉を引用した時だっただろう、彼の眼の色が変わったからだ。何か、眩しい物でも見つけたかのように。僕は淀みなく演説を終えたが、心の片隅に引っかかってはいた。
「きみは天使か何かか」
真顔でそう言う彼に、僕は二重の意味で驚いた。
ひとつはまっさきに僕のところに来てまで言うことか、ということ、そしてもうひとつは。
思わず笑ってしまいそうになるのをこらえて、僕は尋ねる。
……どうしたんだ急に」
「さっき天使の梯子が降りてきたから」
残念ながら空を見ても、神の悪戯たる気象現象はとっくに終幕していた。
その代わりに喚起されるのは幼い日の思い出。春の暖かい空気。雲越しの日光に青々とした草。
小さなきみが世の中のすべてがつまらない、といった表情で空を見上げているのを。
覚えているかは知らないけれど、きみは最初に会った時にもそう言ったんだよ。
もちろん本当のことは胸にしまって、そんなものが見えるだなんて少し飲み過ぎなんじゃないのか、と応えてやった。

春の日差しのように眩しい気持ちは、今のところ君には内緒だ。

2014-04-01

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