la pitié
その家はパリの郊外にある。
角の丸まった煉瓦で囲われた家は、その簡素さには不釣り合いな広い庭を持つ。
これは、政局と市井の混乱で、所有者も忘れていたような荒屋を、彼が安く借りているものだ。一部屋しかない粗末な小屋には、机と本棚と寝台が備え付けてある。すきま風が入ろうとも、雨風がしのげるのだから、生活するには何の支障もない。
彼はその家で、たまにある知人からの翻訳の依頼などを受けながら細々と暮らしている。パリで暴動なんてよくあることで、皆忘れてしまった。ましてや彼は、ろくに表立った活動になど参加していなかったから、警察の追及もないのは当然のことであった。
今日は日の出ているうちに、都市部へ日用品を買いに行って、その後は庭の世話をしていた。彼は仕事で得た僅かな収入の内、必要最低限を除いたものは、庭の維持のために使うことにしている。木に水を遣る、虫が付いていないか確認する、雑草を抜く。どんな天気であろうとも、変わることのない仕事だ。その単調さは彼に穏やかさを与えた。穏やかな生活を装うことを。
彼は薔薇を一本切り取って、その日の仕事を終わらせることとする。赤い薔薇だ。この庭にある薔薇は全て赤い。一重のものも八重のものも、小振りなものも豪奢なものも、全て。濃淡の差こそあれ、形容詞rougeを従え、無数の棘で身を守っている。
花を一輪持って家へと帰る。古い扉は、開こうとする度に軋む。彼は雑音を無視して、寝台へ向かう。寝台の上にある「それ」の周りに、彼は薔薇を置く。
内側から外側に向かって橙から深紅に色が移り変わるその薔薇は、貴婦人の身に纏うドレスのような瀟洒さを持つ。
今置いたものの他にも、無数の花が敷き詰められていた。あまりに多いから、幾つかは床に落ちてしまっているくらいだ。彼は全くもって意に介していないが。
花で作られた毛布の中に横たわる、それはかつて革命の天使と呼ばれていた。
彼は寝台の下から香油を取り出して、薄く掌に伸ばす。それから袖口の釦を外して、白い手に香油を擦り込む。肌は活動していた時と同じか、それ以上に滑らかで、目立つところには傷ひとつない。小指の先まで念入りに香油を塗る。温度を持たない身体に、熱を与えたいかのように。陶磁器が熱を持たぬのと同様に、温度を永遠に保つことはないにせよ、彼はそうせざるを得なかった。
しばらくすると、部屋全体が香油の甘ったるい香りで包まれ、薔薇たちは一層生き生きとして見える。生命の失われた身体よりもずっと、その部屋の主の方が死に近づいているのだった。
その行程が終わると、彼は机に向かった。彼は手記を書くことを、一日の終わりに課している。毎日正確に一頁ずつ、彼の生きていた過去を記すことを。
日々厚みを増していくノートの、裏表紙には大文字Rが丁寧な筆致で書かれている。
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