きみが僕の家はここだと言ったから、ここが僕の家だ。
だから家族を紹介したい、とはいっても父も母もいない。子供もいない。みんな他人だ。ひとではないかもしれない。一緒に住んですらいないかもしれない。だけれどもきみはこれを家だと言った。つまり彼らは家族だった。
私は待っているのだ、きみのことを。どんなに忙しくとも、週に必ず一回は、一時間ほどは、以前と同じ鍵にしてある――セキュリティの問題だ、さすがのキャプテン・アメリカの望みとあっても、常に同じ鍵だなんて、そんな。その時だけは、私がすべてのセキュリティを監査している。無論フライデーも一緒だ。
すべてのモニタを、すべての入り口を、すべてのカメラを、敵も味方も訪れることはないその光景を、私は。何度見たと思っているんだ。
自室のデスク、その引き出し、二段目には携帯電話が入っている。そこには手紙も入っている。それしか入っていない。鍵を掛けてある。
フライデーに電子錠を掛けさせた。パスワードは忘れたことにしている。
電話を鳴らさない。
電話は鳴らない。
だから僕の家はここではないけれど、家族はここにいる。
例えばヴィジョンが。彼はあれからずっと同じ料理を完璧に製造することを目標としている。そして誰かを捕まえては味見を頼むのだ。
「味見をしたことがないので」
お前に味覚を付けてやればよかった、と言いそうになるのをすんでのところで押さえる。彼はジャーヴィスと混同されるのを嫌う。
「悪くないな」
ひとくち食べると、それはとりあえず、料理の味がした。何も間違ってはいないけれどもきっとそれは人間の料理ではないのだ。
「それはよいということだろうか」
「よいってことじゃ……ないな」
彼は困惑した表情を作る。瞳の中で青い歯車がちかちかと回る。
ジャーヴィスが料理を作ろうとした時のことを覚えている。かわいいアームたちを駆使してあれは何だったか、ホットケーキだったか? を作ろうとしたことを。僕のジャーヴィスはもちろんホットケーキミックスの袋を開けることができるし卵も私よりうまく割れる。彼は青い歯車を組み合わせたようなかたちをしていた、そのように組んだのではなく、彼は自らをそう組んだのだ。粉と牛乳と卵を混ぜることもコンロの火を点けることもできる(そもそも我が家を取り仕切ってるのは彼だ!アームなんか使わなくても火をつけるには電気回路に命じれば済む話である)音のしない歯車の音がする。だけれども彼は結局適切な焼き加減を学ばなかったのであった。フライデーは別個体だからそんなことはしない。彼女はまだ未分化な存在だ――個性なんてまだない、彼のようには。ようやくジョークのひとつも言えるようにはなったけれども。それは彼ではない。彼女だ。
「何か」
「何も」
ヴィジョンは瞬きもせずこちらを眺める、私は何も見なかったことにする。完全なる生命体の瞳が僅かに彩度を落とすのを。
ああ、ニューカマーがいた、スパイダーマン、もしくは。
「スタークさん、ぼくもアベンジャーズですよね」
マスクを脱げばただの「ピーター・パーカー」、どこにでもいると形容するにはあまりにも外れ値の少年。
「もちろん立派なアベンジャーズだ――多少調子に乗ってるがまあ若気の至りの範囲内」
一言多かろうが構わずついてくる彼を子犬のようだと思う。子犬というよりは蜘蛛で、誰も傷つけずに何かを達成する力を持った英雄で。
きちんと訓練すればちゃんと戦力になる、ではなくて、他人を助けられるようになる、ではなくて、彼の望みが叶う、ではなくて。
じゃあどれだったか、忘れてしまった。
子犬は家を持っている。美人の叔母のところへ帰るのだ。学業に支障がない程度にラボに顔を出しても構わない、と伝える。彼はきらきらと笑う。彼はここには帰ってこない。子犬には家がある。
空っぽの家には本当は誰もいないのかもしれない。
もしそうだとしても少なくとも彼はここにいる、それがローディだ。私の最新鋭の科学技術によって脚はどうにかなる。きっと。どうにかしなくてはいけない。スタークインダストリーズは災害支援も行っている、その一環だと言いはる。言い張るというかそれもまた事実で、予算と時間の配分が、ほんの少し、増えただけだ。
「リアクターを外した穴から歯車の音がする」
彼が口を開く前にきちんと否定する。
「冗談だ」
そうすればローディはほっとして笑うのだ。
ローディが無事でハッピーが元気でペッパーが側にいるようなあのころ、あのころはしあわせだったのだろうか、よく覚えていない。彼らは家族だったのだろうか。アベンジャーズが僕の家族であるらしい。きみがそう言った。彼らはアベンジャーズではない。論理的帰結と感情は一致しない。家族はここに帰ってくるものだ。
いつかきっと来るのだろうと思っていた。記事は全てアーカイブしてある。無法者、真のアベンジャーズ、ワカンダから来たる正義の味方。カルフォルニアの空よりも濃い青を纏って彼は来るのだ。偽物の盾を持った本物の英雄、本物はここにあるから、彼は本物にはなれない。
肩に再びAを記すまで、星を再び頭上に掲げるまで、そして彼は私に選択を委ねた。
電話は鳴らない。
電話を鳴らさない。
鳴らさなくたっていつか来るのだ。きみはアベンジャーズは僕の家族だと言った。きみは家なんかいらないと言った。僕は家を建てた。きみはどこかに行ってしまった。
きみはどこかへ行ってしまった。そしてきみは帰ってきた。何度目かの夜に、鍵のかからない家に。僕はモニタを見る、侵入者を排除しないことを選ぶ。
「ただいま、トニー」
「キャップ、あんたの盾ならちゃんと磨いてある」
そうしてキャプテン・アメリカは帰ってきた。つまり僕達は家族だった。
2016-06-15
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