それはいい春の日だった。年に数日歩かないかの、陽光と風のバランス。花々も徐々にほころびつつあり、マンハッタンの街に彩りを添えている。
映画館帰り、どうにか滑り込むことのできたカフェテリア、窓際の席で、オレンジジュースを半分くらい飲んだボブが、いつになく真剣な面持ちで、おれに言ったのは、
「――あのさ、ぼくら、別れたほうがいいと思うんだ」
「は?」
何を言っているのかまったくわからない。なぜなら、
「おれたち、付き合ってたのか?」
おれの認識が正しければ、おれたちは付き合っていない。交際した覚えはない。勘違いさせるような行動を取ってしまったんだろうか、とは思うが、どう考えてもそれはない。自分としては。
ボブはおれの質問に答えることなく続ける。
「きみといるのはすごく楽しいし、安心もするけど、でもなんとなく、不安になるんだ、いつきみがいなくなるんだろうって」
だから別れよう、と、ボブは言うのだが、
「だから、おれたち付き合ってないだろ」
そう答えると、間髪入れずに、
「え、美術館行ったし、映画もよく見に行くし、タワーでも一緒におやつ食べるのに!?」
「それはほかの人ともやるだろ」
と言ったところで、ほんとうにほかのメンバーともやるのか? と思い返し、そうではない、どれかひとつならあるかもしれないが、全部っていうことはないことに気がつくが、いやでもそれで、付き合ってるってことにされたら困る。
「ぼくが寝れないなって思って、きみの部屋に行ったら、眠くなるまでゲームに付き合ってくれるのに!?」
「それは……寝れないって言われたら、そのくらいはする」
超人兵士はそこまで長い睡眠を必要としているわけではない。だからおれが付き合ってやるのは、必然的な事情なのだ、ということにしていたのだが、チームにはほかの超人兵士もいる。いつもタワーにいるわけじゃないが。でもボブはいつだっておれのところに来る、その理由を考えたことがないわけではない。
でも付き合ってはいないだろ!?
こいつは突飛なことを言い始めることはあるけど、こういうタイプのははじめてだ。
「さてはお前ハイだろ」
「いや、めちゃくちゃ冷静に言ってる」
まあ、たしかに、ハイだったら、もうちょっとわけがわからない感じになるはずだ。それは経験則上理解している。経験則上理解している程度には、一緒にいた。
ボブはオレンジジュースを飲み干す。
そして言う。
「わかった。百歩譲って付き合ってないってことにしよう。じゃあ付き合ってから別れよう」
「――お前が言ってる付き合う、って、どういうことなんだよ」
「デートしたり夜中にゲームしたりすること」
「なら今と同じだろ」
「じゃあ今付き合ってるってことだよ」
平行線だ。というか交際観がピュアすぎてついていけない。友人がいたのか心配になる。いなさそうだな、と、思ったところで、
「……というか、なんで別れる必要があるんだよ、それで」
そもそも、別れ話が始まった理由がわからないのだ。この関係でいたいなら、別にそれでいい。別れようとか言い出すから、意味がわからなくなる。
ボブは最初にも言ったんだけど、と、呟いて、
「きみがいなくなったら、すごくさみしくなると思った。なら、最初から距離を取っておこうと――」
なるほど、こいつの中で、おれの存在が大きくなりすぎたから、失うのが怖いと。
だったら距離を取って、なかったことにしようと。
でも。
「もう無理だろ」
おれはボブの目を見て答える。
なぜなら、もうここに、時間を積み重ねてしまったから。
大型犬みたいなこいつが、おれの部屋に来て、さんざんゲームして寝落ちするのを許すようになってしまったから。
あんまり興味のない映画でも、こいつと見れば、そのあと感想を聞くのが楽しいから。
それに。
「おれがそう簡単にいなくなると思うか?」
一応それなりに強いはずだ。こういう仕事をしているとはいえ、やすやすと死ぬつもりはない。
「そうじゃなくって、ジョンって大人気だからさ」
「それ皮肉か?」
「いや、そういうつもりじゃなかったんだけど……」
と口ごもるボブは、ふと目を逸らしたあと、こちらに向き直って、
「じゃあぼくたちは付き合っているということで」
今までの会話の流れだと、それは正しい。ボブの理屈は通っている。なら。
「そういうこと、で、いいのか……?」
そう答えたら、ボブはやった、と、笑った。
ボブがはしゃいでいるのを見るのは、楽しい。それは事実だ。
その事実を、おれは、一旦受け止めることとする。
おれたちの関係性が、ここから変わっていくこともあるのだが、それはまた別の話になる。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます