カネゴンくんとスーパーべんごし
ある冬の日のことです。カネゴンくんはおなかを空かせてさまよい歩いていました。毎日高額紙幣のたっぷり入った弁当を作ってくれていた彼女と別れてしまったので、昼ご飯にお金が食べられなくなったからです。貯金も尽きました。バイトを探しても、
「いや、うちじゃカネゴンは雇えないんだよね、ごめんね」
と断られてしまいました。
世間のカネゴン類に対する視線は厳しくなってきています。レジ打ちをさせたらお釣りを食べると思っているのです。どんなに空腹でも万引きはしてはいけないように、お釣りを食べてはいけないことくらいはカネゴンくんもわかっているのにもかかわらず。おかげでこちらは生命の危機に瀕しているのです。
我が物顔で一行目から登場するカネゴンくんは、カネゴンに属する怪獣です。怪獣と言ってもミラーモンスターではありません。怪獣と怪人と怪物とモンスターとゴーストとクリーチャーは違うのです。カネゴンはどちらかといえば、不条理の塊に近いものです。お金を食べて生活するという条理に基づいた生き物です。
そんなカネゴンくんは待遇改善を求めてデモでもやろうかと思いましたが、それ以前におなかが空いています。
運命の人(福沢諭吉)にはなかなか出会えないものだなあ。運命の人(樋口一葉)でも構わないし、何なら運命の建物(平等院鳳凰堂)だって、今なら構わないというのに。そんなことを考えながら健気にお金を探しているのです。
自販機の下も、道の隙間も探したけれど、一円すら見つからないので困っています。
胸のカウンターがまた一つ回って、残り千円となってしまいました。
「たすけてくれよう」
道行く誰もがカネゴンくんを無視します。子供たちが時々、おなかをつつきにきます。
ヘビ柄のジャンパーを羽織った、見るからになんだか危なそうなひとが、
「食うか?」
と黒焦げのトカゲを差し出してくれたけれども、残念ながらカネゴンくんにとってそれは何の腹の足しにもなりません。
赤いジャケットを着た、人の良さそうな青年が、コインを投げているので見つめていたら、逃げられました。
ゲームセンターの筐体の下になにか食べられるものはないかとさまよっていたら、口の悪い青年が邪魔だと言ってカネゴンくんをどかしてきました。
何十年か経つうちに、東京も冷たい町になったものです。物価が上がったので貨幣価値は減りました。昔は三千円ほどあれば一日くらいは持ったものの、今じゃおやつにも足らないのです。
「おなかがすいたんだよう」
その時、カネゴンくんの耳が遠くにコインの落ちる音をとらえました。そちらの方に向かっていくと、カネゴンくんは救いの光を見つけました。
『弁護士北岡秀一法律事務所』
そこにはそう書いてあります。弁護士というのは、弱い立場のひとを助ける仕事で、そんな仕事に就いているのなら多分いいひとなのだとカネゴンくんは思っています。そして、かなりお給料がいいことも知っています。
つまり弁護士とは、善良な金持ちである。
そんなひとなら必ず、自分にお金をくれるに違いない。カネゴンくんはそう思いました。
柄シャツを着た一見強面のおにいさん、ごろーちゃんは玄関先を掃除していました。すると、ふらふらとした足取りで謎のいきものが近づいてきました。頭が平べったいので、人間では無さそうです。おなかがすいたとかなんとか言っています。
きわめて謎です。
別に敵意はなさそうなので、拾ってみました。もしも特定外来生物防止法に抵触するようだったら、役所にでも届ければよいのです。
腕をばたばたさせながら、謎のいきものが、
「おなかがすいたよう、お金をくれよう」
とか言っています。必死過ぎて転びました。どうやらこの生命体は、金銭を要求しているようです。机の上に置いてある紙幣に手を伸ばそうとしているけれども、起き上がれないので届きません。
「先生、これ、どうします」
恰好良くて天才なスーパー弁護士、きたおかせんせいはクールに答えます。
「どうするもこうするも、こいつなんなの。どこかの家のペットじゃない?」
「でも、なんか死にそうっすよ」
ごろーちゃんは、そろばんみたいな頭をした特定外来生物の疑いのあるものに対して、少しかわいそうだなという感情を抱き始めていました。なぜならばたばたしているからです。ついでにちょっと可愛いかもとも思いました。なぜならやわらかそうだからです。
だからポケットから一枚、北岡先生のおやつ用に常備している千円札を取り出して、謎の生物に与えてみることにしたのです。
そうしたらそいつは、千円札をぱくぱく食べ始めました。胸に付いているカウンターから軽やかな音がします。その生物は元気になりました。
カネゴンくんは、やっと得られた食料にようやく生きた心地がしました。このお金をくれたおにいさんが、きっと弁護士というものに違いありません。ちょっと怖そうに見えるし、全然偉そうじゃないけれども、真の有徳者は謙虚なのだろうなあ。横にいる偉そうな人は、きっと弁護士さんのお友達でしょう。純然たる誤解ではありますが、カネゴンくん的にはそう理解されました。
「わーい!」
お腹がいっぱいになったおかげでうきうきしてきて、カネゴンくんは走り回りました。机の上にお札がたくさんあったので、とりあえず口に放り込みました。カウンターがまたたくさん回ります。いい音です。
そうしていたら、カネゴンくんはあることに気づきました。さっき冷たい態度を取っていた偉そうな男が、千円札を食べているではありませんか。こいつも仲間なのだろうか、だとすれば、ここはお金を食べて生きる存在にとって天国のように素晴らしい場所なのではないか、とカネゴンくんは思いました。これだけ無造作に食べても良いお金が置いてあるところなんて他にあるのでしょうか。
きたおかせんせいは、突然現れたお金を食べる変なものがとても楽しそうなので、つい机の上の千円札をつまんでしまいました。金庫、もとい食料保管庫を整理している途中だったのでこんなに散らかってしまっていたのです。
平たい頭をしたいきものがこちらを親しげに見てきたような気がするので、十ユーロあげたら、小首を傾げて返却されました。日本円しか食べないみたいです。偏食です。
「よくわからないけどさあ、こいつすさまじくはしゃいでるね」
「そうっすね」
そんな感じできたおかせんせいがのんきにごろーちゃんと話していたら、カネゴンくんが飛びました。
飛びました。ジェット噴射で。垂直に。
高めの天井だから大丈夫かと思ったのもつかの間、おもいっきりぶつかって穴を開けて飛んでいってしまいました。
「やったー!」
そう叫びながら更に加速していきます。
穴の開いた天井から覗く青空の彼方に小さく何かが見えます。先程まで地上に存在したいきものでしょう。ものすごい勢いで遠ざかっていくので、数秒後にはもう何も見えなくなってしまいました。
天井には大きな穴が残ります。
大胆なリフォームにも程がある。
きたおかせんせいとごろーちゃんは顔を見合わせました。
やってきた時と同じくらいの突然さと奇怪さで、謎のいきものは去っていきました。後には何も残りません。
カネゴンくんの安否が気になる向きには、彼はどこに収納しているのか全く不明ではありますが、パラシュートを装備しているという事実をもって報告に代えさせて頂きます。
「ごろーちゃん、きっとあれ、恩返しにとか来るよ」
きたおかせんせいは来訪者が去っていった空を見上げて言います。心なしか楽しそうです。
「……屋根、直さなきゃっすね」
ごろーちゃんがホコリまみれになってしまった床を箒で掃きながら答えます。正直、面倒なことになりそうなものを拾ってしまったと思いました。特定外来生物でなくとも、(住)環境に害を与えることがあるのですね。
お金を食べるようなものを世話するのは、きたおかせんせいだけで十分です。
天井に関してはため息をつくことしかできないので、まずは仮にでも穴をふさぐために、ビニールシートでも買うべきなのであろうか。
ごろーちゃんは天井直したことはないなあ、と天を仰ぎました。
ここでカネゴンくんが屋根を直しに来たりすればいい話になるような気がするのですが、残念ながら鶴のように恩返しになんて来ません。カネゴンくんはそういういきものではないからです。
その代わり、カネゴンくんがこの事務所を再び訪れる時、ある意味良いことが起こるのですがそれはまた別の話。別の機会にするとしよう。
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