パリ、カフェ・ミュザン。
パリっ子なら知らないもののいない人気のカフェのひとつだ。若者が集まり、コーヒーやワイン片手に政治談義に花を咲かせたり、時に恋の鞘当てまでが行われる社交場。
そのうちにひとつ、人類とフランスの未来のために会議を行っている者たちがいた。
それがABC友の会のメンバーたちだ。彼らの多くはパリの学生で、来たるべき世界について話し合ったり、街頭演説を行ったりしていた。
「やはりフランスはすべての人類の下で統合されるべきなのだ。貴族も、男女も、生まれによる差別のない世界で」
熱弁しているのはフイイだ。彼はひとり児であったが、職人たちに育てられ、世界的な視座を持つようになっていた。
「まずはパリからはじめようじゃないか。誰だって石の投げられることのない街にするんだ」
こう語るのはコンブフェール、理想を見上げながらも医学生として現実を知る若者である。
それらを少し離れた場所から見つめているのが首領たるアンジョルラスであった。今は閉じられているくちびるから、時に激しい言葉が発せられるのをABCのメンバーは知っている。
ある日、彼らは常のようにミュザンの奥の部屋で会合を行っていた。
その部屋にはひとつの扉がある。ひとりの青年が扉を開けて入ってくる。
「入ってもいいか?」
ブラウンのコートに青のシャツ、白いズボンを履いた彼の年の頃はおおよそ23,4だろうか。
「おお、新入りか?」
クールフェーラックはアンジョルラスに視線を向ける。アンジョルラスは天青石の瞳を眇めてうなずいた。
青年は帽子を取って壁にかけた後、開口一番こう言う。
「ここのおすすめは」
「牡蠣のリゾット!」
食事途中のレーグルが叫んだ。
「じゃあそれで」
「新参者か?ブルゴーニュを飲んでいけ」
赤色のベストを得意げに身にまとったグランテールが言う。
「それも頼んだ」
かくして青年のテーブルにはリゾットとブルゴーニュ産のワインが並ぶこととなった。
「いただきます」
そう言うやいなやリゾットに手を付け、すぐに平らげてしまう。ワインも見ないうちになくなっていた。それで青年がきょとんとして、まだないのかだなんて言うものだから、周りの若者たちはおもしろくなって彼のテーブルに料理を追加した。
「さて、祭りだ!彼の強靭な胃袋に感謝を捧げようじゃないか!」
バオレルが扇動して、青年にはトマトパスタ、貝の三種盛り、りんごと米のデザートなどが供された。それらをおいしそうに食べる青年を見て酔っ払った若者たちは満足した。
プルーヴェールは即席の詩を彼に贈った。ジョリーは食べすぎて健康を害さないか心配していた。グランテールは喧騒の中に身を置くことをよしとした。ABC友の会は未来について語り合う真剣なグループであると同時に若者たちの交流の場であった。
アンジョルラスはどうしたものかとコンブフェールを見る。
「そのうち嵐は去るだろう。もしかしたら彼も同士かも知らぬ」
「そうだな」
皿がいくつ重なったかわからなくなったころ、クールフェーラックは見知らぬ青年に話しかけた。
「豪胆な食べっぷり大変よろしい。僕はクールフェーラック」
「ガイだ」
ガイと名乗った青年は、少しも臆することなく答えた。
「家名を名乗らんとは現代の人間らしくて大変よろしい」
そう言うグランテールを無視して、クールフェーラックはガイに尋ねる。
「さてきみには聞かなきゃいけないことがあるな」
先程までの喧騒からうってかわって、彼の言葉で部屋は静まり返る。
「異国の――いや異星の若者よ、どうやってここに来た?」
クールフェーラックの質問に、ガイはコップを置いてから答える。
「どうやって、って、偶然さ」
「ミュザンの隠し扉は普通の地球人には見つからないようになってる」
ABC友の会はミュザンの隠し部屋で会合を行っていた。この部屋に入れるのは宇宙人だけだ。それと運のいい地球人。
クールフェーラックには、ガイは前者であるとしか思えなかった。
「ってことはあんたは宇宙人だろう」
「宇宙人でなにか問題でもあるのか、お前さんたちもそうだろう」
ガイは部屋のみなを見渡して言う。ヒューマノイド型が多いが、大理石の肌を持つものもいる。ガイの視線に気がついたアンジョルラスは首をかすかにかしげた。
「なにか問題でもあるのか」
「いや」
緊張感のある空気を断ち切るようにコンブフェールが口火を切った。
「敵だったらとっくに行動を起こしているだろう。だからきっときみは敵対的な宇宙人じゃない。でも一応こちらも秘密結社なもんでね、どうしてここに来たかは教えてほしいんだ」
「情報を集めに来た」
「どこかのイヌか?」
噛み付いたバオレルにガイは答える。
「おれは銀河の渡り鳥、どこに落ちるかわからん流れ星だ」
「おお、きみもなかなかの詩人ときた」
プルーヴェールは感嘆の意を示してみせる。ガイにとってそれはただの事実の表明であったのだが。
おれはこういう取り調べみたいなやつは苦手なんだ、と前置きしてからガイは言う。
「単刀直入に言う、ここに怪獣もしくは大量破壊兵器はあるか?」
「いや」
「僕らをテロリストだと?」
「どっちかというと警察の兵力を知りたいよ」
ABCの面々は口々に言う。
「もしくはそういったものに心当たりはないか」
「ナポレオンが使ったあれのことか?でかくて、街を踏み潰すあれ。ああいうのは、ぼくらは持っていないよ。使うつもりもない」
「そうなのか、じゃあ」
ガイはあの『光』から、捜索対象がパリのどこかにあるとは聞いていたのだが、ここではなかったようだ。ならばもうここに長居する必要もあるまい。立ち去ろうとしたところに、ひとつの声が降った。
アンジョルラスは大理石のくちびるを開く。
「我々は人間の革命を志向している。宇宙人のものでも、地球人のものでもなく、人間の革命を」
それは荘厳な宣言であった。アンジョルラスはほかの人間とは違う無機質な身体を持って生まれた。だからこそ、すべての『人間』がこの国で生きていけるようにしたかったのだ。
コンブフェールは続ける。
「ぼくらはこの街を、パリを、そしてこの国を、フランスを愛している。それに、余計な被害は出したくない。ただでさえ、罪のない子どもたちが飢えに苦しみ、貧乏人はまともな医療にありつけず死んでいく、この世界では」
ガイはなるほど、と言ってしばし沈黙した。かつての自分のことを思い出していたのだ。目の前のひとをとにかく助けていたあのころのこと。大きな力を得て、星々の均衡を守っている今のこと。
かつての自分も彼らのようであっただろうか。
仲間とともに、平和を希求していたころのこと。
立ちすくむガイに対して、クールフェーラックは肩に手を置く。
「なあ、きみはこの組合に入る気はないか。同じ宇宙人として、この世界をよくすることに興味はないか。僕たちは勇気ある若者を常に歓迎している」
「さっきも言ったろ、おれは銀河の渡り鳥、ひとところにはいないもんでね」
ガイは帽子を手に取る。ここでないなら別の場所へ。そしてミッションを果たす。
今の自分はそういった在り方をしている。
「次パリに来た時はコラントの牡蠣も食ってけよ」
グランテールがワインを喉に流し込んでから言う。
そうさせてもらおう、とガイは笑う。
「ああ、それから最後に聞きたいんだが、最近このあたりで怪しい男を見なかったか」
「どんな奴だ」
ジョリーの問いに、少し考えこんでからガイは言った。
「服装はわからんが、刀を振り回したりしてるかもしれないな」
「流石にそんなのがいたら気付くよ」
プルーヴェールはそう答え、確かにそうかもしれない、とガイは苦笑する。帽子を目深にかぶって、彼はドアノブに手をかけた。
「じゃあな」
ガイはAdieuと言ってコラントを去る。
それは1832年4月、ラマルク将軍の葬儀まで2ヶ月のころの出来事であった。
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