無名の男の最後の賭け - 1/10

ノックする。返事はない。もう一度ノックする。ドアが開く。青年が現れて、どちら様ですか、と聞く。
「おれは――」
名乗ろうとしたら青年の声に遮られた。
「ご予約とかあります?」
「特に」
「まあいいでしょう。今ちょうど時間もありますし」
青年は懐中時計を取り出し、時間を確認して、少し考えた後、そう言った。
「それでは、あなたのための、あなたの服を。ようこそ、ミッドシティ最高の仕立て屋へ」

狭い階段を降りていく。真鍮の手すりがすべすべとしていて、年代を感じさせる。
「普段着のシャツから結婚式のタキシードまで。我々にかかればなんでも作れます」
青年に連れられて入ったスペースにはさまざまな布が並べられていた。白くてなめらかな光沢を持つもの、金糸銀糸に縁取られた豪勢なもの、細やかな刺繍が施された薄い布。それから絨毯もふかふかだ。靴で踏んでいいのか。こんなところには入ったことがない。場違いではないだろうか?高級ブディックに行くのだからと、一応自分の中では一番いい服を着てきたつもりなのだが、間違えて王侯貴族の舞踏会に混じってしまった庶民のような気分になってしまった。
しばし部屋に見とれていると、重そうな扉を開けて老紳士が出てきた。青年はあ、お客さんですよ、とおれのことを紹介する。
「わたしはここの店主です。今日はどのようなご用命で?」
「ここなら、どんな服でも手に入ると聞いたんだが」
「もちろん」
「ヒーローの服、って、作れるのか」
「左様でございます」
それじゃああの噂はほんとうだったのか。どうにかなりそうだ。
「たとえば、ザ・サークルの誰かとか」
「ここで作るのは、あなたの服ですから、まったく同じとはいきませんが」
「スーパーパワーって使えるのか?」
「まったく同じとはいきませんが、多少は」
「それでいい」
それからおれはひとりのヒーローの名前を伝えた。店主はそれなら問題ありませんと言う。
「そのご予算ですと、よくて片腕しか作れませんが、どうしますか?」
それでもいいと答えた。右腕だけでもきっとどうにかなるだろう。必要なのははったりだ。それと少しのスーパーパワー。
採寸が始まる。仕立て屋がおれの手首にメジャーを巻いて、数字を読み上げ、青年がそれをカードに記録する。手首から肘までの距離、それぞれの指の長さ、自分の身体の寸法を詳細な数字にされるのははじめてだった。
「お代はこちらとなります」
思っていたよりも『服』は高かった。半額は前払いだそうだ。軽くなった財布をポケットに入れて、おれは店を立ち去る。服が完成するのは一週間後らしい。
安くはない買い物をした。これは賭けだ。勝ったら望むものを手に入れられるし、負けたらそれまで。
はたして上手くいくだろうか?

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