天国まで何マイル

「重火器の持ち込みは禁止されています」
物腰柔らかな黒服に声をかけられたネイサン・サマーズは、肩に背負った大きな銃を下ろす。黒服は重たい銃をものともせずに手にとって、裏にしまった。
「手榴弾やナイフもここに置いてください」
何の理由もなく、ネイサンがそのような要求に応じることは、平時ならばないだろう。しかし、この指示には従うべきであることを、どこかで理解していた。だからポーチに入った手榴弾や、服の各所に仕込んだナイフも黒服に手渡した。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
黒服が銃口な木製の扉を開ける。ネイサンは青い光に照らされた店内に一歩を踏み出す。
さまざまな酒瓶の並んだカウンターの向こうに掲げられたネオンサインには、ゴールデンゲートと記されている。

バーカウンターにはひとりのバーテンダーがおり、ネイサンに向かって頭を下げてきた。それきりグラスを磨いている。カウンターには先客がいる。白いシャツを着たその男は、東洋系と見て取れた。年の頃はネイサンよりは下だろう。
「なんだ、また来たのか」
その男はネイサンの顔を見るなりそう言った。ネイサンにはこの男に見覚えがない。東洋人であればサンファイアくらいしか知り合いにいた記憶はない。
「ああ、そうか、忘れちまってるのか、ここはそういう場所だからな」
まあ座れ、とどことなく偉そうに彼は言った。立っているのもなんなのでネイサンはカウンターについた。ムーンリバーが静かに流れている。
おしぼりとお通しのナッツ類が置かれた。
そこで、ネイサンは自分が今、金を持ち合わせていないことに気がつく。財布はポーチごと黒服に渡してしまった。
ネイサンの考えを見透かしたかのように、その男は言う。
「ここは一杯は無料タダだぜ」
ネイサンは今飲みたい酒があるかを考え、やはりこれだろうと思った。
「ビールはあるか」
「ええ、とびっきりのが」
カウンターの男は慣れた様子で注文を出す。
「おれはマティーニ」
「いつものではないんですか?」
「ここのマッカランは飲めたもんじゃない」
バーテンダーは瓶ビールを開けてグラスに注いだ。ラベルには見たことのない文字が記されていたが、それがHeavenを意味することは理解された。
「こちらを」
カウンターにビールが置かれる。ネイサンはグラスに口をつける。
苦味があるが酸味もある。よく冷やされてはいる。逆に言うとそのくらいしか特筆するべき事項がない。
うまくもまずくもなかった。まあまあだ。
「正直に言っていいんだぜ? まずいって」
マティーニを供されたその男が冗談めかして言う。
「何も言ってないだろうが」
「うますぎるとみんなずっとここにいたがるからな」
「そもそもここはどこなんだ」
ネイサンが当然の疑問を口にすると、男はそうか、そこからか、と言ってから、
「死人が天国に行くまでに一杯引っ掛けるためのバーだ」
と答えた。それからマティーニのグラスに口をつけて、おれが作ったほうがマシなんじゃないかと言う。
にわかには信じがたいことなのだが、ネイサンは、半分ほどになったビールを見つめて、なるほど、とつぶやく。
それなら重火器持ち込み禁止のはずだ。
ったく、ほんとならカミサマがこういうこと説明する係なんだがなあ、と男はぼやく。
「オレは、死んだのか……
時空を渡って、同胞ミュータントのために戦って、半身のようなものストライフと戦って、希望ホープのために戦って、それから、それから。どこでどうやって命を落としたのかは、ベールに覆われたようにあいまいなのだが、この人生のどこかで死ぬのは、まあ、当然のことではある。
男はマティーニを煽って言う。
「みんなそう言うぜ」
「そう言うあんたは」
この男の言うことを信じるならば――もっとも、強すぎるヒーリングファクターを持つミュータントが何人か知り合いにいる自分の人生からして、そのようなことが起こっても受け入れられる体制は整っているのだが――やたら生き生きとしているこいつもまた、死んでいるはずだ。
「おれ? おれも当然死んでるぜ、まずい酒を飲みながらたまにカミサマとポーカーしてるってわけだ」
彼は店の奥の方にある扉を指差す。
「あれが天国の扉」
その扉は青いガラスのようなものでできていて、内側から光を放っていた。ネイサンには、その男が言うことが嘘であるとは思えなかった。
「若くして死んだガキも、天寿を全うしたジジイも、みんなあの扉を通って天国に行く」
わずかながらの沈黙、店内にはムーンリバーの次にテイクファイブが流れていた。
「だがあんたは違う」
「どうしてわかる」
「あんたにはまだ、やるべきことがあって、そして――なんの因果かそれができる」
たまにいるんだよなあそういうやつが、天国の扉を回転扉にしちまうやつらが。
男はため息をつく。
「たいていの人間は死んだらそれきりだ。おれだってそうだ」
ネイサンの知る世界でもそのはずなのだが、何の因果か、また現世に戻ることは、ある。自らの父も、何度かその経験をしている。
ネイサンはお通しのヘーゼルナッツを口に放り込んだ。塩気は効いているが。これもまた平凡な味だ。
「なら聞くが――そう言うお前はどうなんだ」
「おれは待ってるんだよ、いつか孫とかひ孫までにも囲まれて大往生した誰かがここにやってくるのを」
そうか、とネイサンはおいしくもまずくもないビールを飲み干した。
時間だぜと男は言う。

「あんた、名前は」
「男に名乗る名はねえよ」
だろうな、とネイサンはカウンターを後にする。

扉の前には、入り口で外した重火器類を含む、すべての武器が並べられていた。ネイサンはそれらをひとつずつ身につける。
それから、明るい扉の隣にある、今にも取っ手が外れそうな古い扉に迷わず向かう。
男はそれを見送りながら、もう来るなよ、と明るく口にした。
ネイサンはその言葉に頷いて、ドアノブに手をかける。
すべての世界の未来をつなぐ、希望の縁ケーブルとなるために。

2023-06-11

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