宇宙から来たレストラン

アーロンはその店の常連というわけではなかった。というか探して見つかるものではないから、常連になりようがない。なのに、こどもたちは目ざとく見つけてくるのだ。今日もある少女がおいしいものいっぱい食べさせてもらったんだ! 鶏肉のサンドイッチとね、野菜たっぷりのサラダとね、ソフトクリーム! と言っていた。ということはどこかでその店が開店しているということだ。
アーロンはその店を探していたわけでもなかった。ただ、たどり着くのだ。
ひとつ、ふたつ、角を曲がって、なんとなくいい匂いのする方へ。
どことなく明るい方角に曲がると、そこには屋台があった。
黄色い暖簾がかかり、木で作られたその屋台は、趣としてはマイカのスタイルにも似ていたが、どことなく違う気がした。
ハスマリー公国。
一時よりははるかに平和になったものの、まだ完全に復興したとはいえない、砂礫の大地。
その夜の路地裏に、似つかわしくない、小綺麗な屋台が存在する。

「いらっしゃい」
今日も肉かい、といつも陽気なシェフが声をかけてきた。年齢は自分よりは上だろうが、あのおっさんよりは若いな、とアーロンは思っている。
「とびっきりのやつをな」
とアーロンは答え、席につく。今日も誰も来ていないようだった。
シェフによると、昼間はこどもたちでいっぱいなのだという。そもそもアーロンは最初、こどもたちから『何でも食べさせてくれるすごくおいしい屋台』のはなしを聞いたときには、反社会勢力の罠か何かなのではないかと疑ったものだった。実際訪れてみれば、そんなことはなかったのだが。
大人であるせいなのかはわからないが、アーロンが昼間にこの店を見つけることはないのだけれども、このシェフの言は信用できると感じている。
こどもからは金を取らないのが、このシェフの信条だ。
アーロンはそれも、気に入っていた。
シェフは人好きのしそうなさわやかな笑顔で言う。
「今日は子羊を仕入れているからね」
この店にメニューはない。シェフがそのときどきに仕入れた最高の食材を使っているのだという。シェフはフライパンを手に取った。肉を焼き、ソースを作り、野菜の付け合せもしっかりと。あまりの手際の良さに、アーロンはただ眺めているしかなかった。
「子羊のロティとジュ、フォアグラのファルス、さあ召し上がれ」
赤ワインも添えて、とシェフは皿を差し出した。アーロンはそれを受け取る。焼かれた子羊とフォアグラにソースがかかっている。アーロンはナイフとフォークを器用に使ってひとくち食べた。
『これは、あまりにもうまーい! やわらかい子羊に肉汁のソース! しかもフォアグラまで!? まるで夢みたいだ……このまま眠ってしまうかもしれない……けどおいしいから食べるぞ!』
とか言いそうなやつを知っているが、アーロンはそうとは言わず、ただ、うまいな、とだけ言った。
「そりゃそうだよ、シェフのスペシャリテだからね」
これは採算が取れているのだろうか、といつも気にかかっている。こどもたちの分も、と考えて多めに払っているのだが、それでも少なすぎるような気がしてならない。
一度、適切な料金体系にしたらどうだ、と言ったら、貯金もあるし、ここに来てからパトロンもついたしね、と返された。ならいいのだろう。
アーロンはその一皿を瞬く間にぺろりと食べてしまった。物足りないくらいだ、と思っていたらトマトソースのスパゲッティも出てきた。
それにしても。
「アンタ、いったいどこから来たんだよ」
アーロンはくるくるとパスタを巻きながら言う。
こんな腕利きのシェフがこの国に、というかこんなところにいるとは、あまり信じられない。
そう言うと、シェフは空を指さした。
「実は宇宙から来たって言ったら、信じるかい?」
宇宙……? とアーロンが首を傾げていたところに、シェフは冗談だよと笑った。
「なんてね」
シェフは皿を洗いながら言う。
「経営しているレストランが軌道に乗ってきたから、かねてからの夢だった、こどもたちにおなかいっぱい食べてもらう屋台をはじめただけさ」
そう語るシェフの瞳は輝いていて、きっと、ほんとうのことなのだろうと、アーロンには思われる。
それに。
こどもにおいしいメシを振る舞うヤツに、悪い人間はいない。
「そりゃあ結構なことだ」
これ食い終わったらデザートも頼むぜ、と言ったら待ってました! とピスタチオとホワイトチョコレートムースのジェラートが出てきた。
現在のハスマリーの夜は静かだ。静かであることが、アーロンには誇らしい。
そしてその静かな夜に、すこしだけ騒がしい、屋台があった。

2023-06-22

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