世界を守るふたつの赤

一九九六年、アメリカ、ニューヨーク。
ビル街は大勢の人間でにぎわっているが、そこにホモ・サピエンス以外が混じっていることを知るものは、少ない。
先天的にヒトから外れた能力を持つもの、後天的なもの、さまざまなパターンがあるが、いずれにせよ、普通のヒトではないものが。
いや、知ってはいるが、『平穏な生活』を守るために、見て見ぬふりをしているだけだろう。
だからと言っていいのだろうか、ひとびとの顔色は明るい。みながこの街の発展を信じているかのように。
そんな中、ウィンドウによく仕立てられたジャケットの並ぶブティックの前で、スコット・サマーズは頭を抱えていた。
ぜんぶ目の前にいるこの男のせいだ。

「あ、このポロシャツお前に似合うだろ」
――涼村暁はオレンジとブルーのストライプのシャツをスコットに押し付けてきた。値札は怖くて見られない。
「その金がどこから出ているのかわかってるのか!?」
「だいじょーぶ、ちゃんと返すからさ」
さっきからもう五〇〇ドル分くらいは服を買っている。スコットに対してこれサイコーだろ? と言いながらちゃっかり自分の分の服を買っていることを、スコットは知っている。

どうしてこんなことになってしまったんだろうか?
はなしは数時間前に遡る。
「シャンゼリオン?」
Xマンションの一室。教授、それって何なんですか? とスコットはチャールズに尋ねた。執務室のふわふわとした椅子にはアジア系と思しき男が座っている。ブラウンのジャケットを着ていて、年齢はスコットと同じくらいか、すこし年上だろうか。
その男は椅子から立ち上がって、くるりと一周した。
「そ、おれはシャンゼリオン! ダークザイドと戦う正義のかっこいいヒーロー、ってか?」
「スコット、こちらは涼村暁。日本からはるばる来た、我々の同志かもしれないものだ」
「同志、ですか……
それなら仕方がない。ミュータントを保護し、一緒に戦うのが我々の使命なのだ。
チャールズ曰く、彼には変身能力があり、日本では多くの敵を倒してきたのだという。ただ、ミュータントなのかどうかは完全にはわからない、とも付け加えた。
「それがどうしてアメリカに」
スコットが聞くと、
「そりゃあ、シャンゼリオン活動に飽きたからに決まってるだろ」
「飽きたって……
「ダークザイドと戦って、倒して、そんなんばっかじゃ、息も詰まるってもんだ」
『教授、ほんとうにこいつはミュータントなんですか?』
スコットはチャールズに心の中で語りかけた。地上最強のテレパスたるチャールズはそれに応じて、
『いきなり押しかけてきたときは驚いたが、悪いものではあるまい。彼が何者なのかを見極めるまで、世話を頼みたいのだが』
「え、黙っちゃってさあ」
いくらかの沈黙に耐えかねたのか暁が口を挟んだ。
「ともかく、おれにニューヨークを案内してほしい! ってわけ」
「すまないが、ぼくはこれからジーン……彼女に会う予定があるもので」
そうスコットが言うと、暁はスコットを上から下まで眺めてから、
「あー、その、そんな格好でカノジョに会うつもりなのか?」
とこぼした。
「これは教授からもらったものだ」
「そのぴっちぴちのシャツを!?」
そのときスコットが着ていたのは、体型にぴったり沿った白のシャツだった。胸には「SLIM」とロゴが入っている。正直、自分のニックネームを揶揄されているような気持ちにならなくもないが、他でもないチャールズからもらったものだったので、大事にしていた。ボトムスは細身のジーンズ。いかにも今どきというところだ。
「ニューヨーカーらしいだろう」
スコットは胸を張るが、暁はあーもうなってない! と両手を広げた。
「おれが買ってやるよ! オンナノコにモテまくる、かっこいい服をな!」

とは言ったものの、彼はあまり現金の持ち合わせがなかった。どうやらシャンゼリオン活動とやらは儲からないらしい。アベンジャーズのアイアンマンが貸してくれるという。そこまでするならこいつの接待もアベンジャーズがやってほしかったのだが、どうやら今はみな忙しいのだという。それに、万が一ミュータントならアベンジャーズに任せるわけにはいかない。

そういうわけでこの男が――どうやらかなりファッションには自信があるようだ――スコットにデート用の服を見繕ってくれることになった。実際、スコットの目から見ても、ニューヨーク風ではないのだが、彼の着こなしには一目置くものがあった。どうせ見守らなければならないのなら、ちょっとくらい外に出てもいいだろう。

「それでアメリカのかわいいオンナノコたちとたのしくデートするはずだったのに、なんでだって野郎の服を買ってやらなきゃならないんだ」
「お前が言い出したんだろう」
「まあそうかっかするなって、ふんわかいこうよ、ふんわか」

ブティックにつくまでに、コーヒースタンドで買い物をしたり(彼は「コーヒー一杯どうですか」という英語だけはよく覚えてきたのだと言った、今はリード・リチャーズ製の翻訳機で会話ができている)路上アーティストの風船がほしいと言ったり(スコットは買い物の邪魔になるだろうと言ったのに聞かなかった)チュロスが食べたいと走ったり(暁を追いかけるのはけっこう大変だった)さまざまなことがあったが、ニューヨークいちばんの洋服のラインナップの中、ああでもないこうでもないと暁が完成させたコーディネートは、たしかにスコットに、よく似合っていた。
「これは……
鏡の中にいる自分は、まるで別人のようだった。
オーバーサイズシルエットのデニムのジャケットに、すこしラフなシャツを合わせて。ボトムスはレザーでスタイリッシュに決めている。帽子はボトムスの色と似たブラウン。自分では絶対に選ばないチョイスに、スコットはこいつも不真面目なだけじゃないのかもしれないと思えた。
「な、おれの言った通り!」
自慢げにしている暁はさっき買った派手なシャツを着ている。それから、あーでも、これがちょっと気になるなあとスコットの目のところを指さした。
「その赤いサングラスは外さないのか?」
「外さないんじゃなくて、外せないんだ」
ひとびとを守るために、と、言おうとしたところで、外から悲鳴が聞こえる。

黒をベースとした、見たことのない怪物。右は青、左は赤の瞳をしており、背中にはよれた翼があるが、飛ぶ気配はない。
「何者だ!?」
怪物はことばを発しなかった。
これはなんだろうか、と困惑するスコットをよそに、暁はダークザイドか、と言う。さっき言っていた、日本に出る怪物のことか?

先程までとは打ってかわった、真剣な瞳、てのひらを目の前にかざし、そして彼は、「燦然」と呟いた。

その瞬間、あたりが白い光に包まれた。スコットは思わず目を閉じる。瞼を突き通す鋭い光。
「これは……ゴーレムか、何かか?」
額にはルビーのようにきらめく六角形の結晶がある。
ごつごつとした質感だけならザ・シングに似ていなくはない。ただ、その姿はクリスタルのように光り輝いていた。どちらかというと、アイアンマンなどのように、装甲をまとうものなのだろうか。
額には赤くきらめく水晶。
スコットにはそれが、何者なのかわからなかった。ただ、次の瞬間に理解された。
「ニューヨークでまでシャンゼリオンやりたくなかったっての!」
「暁か!?」
そう! と答えて暁――シャンゼリオンは怪物に向かっていった。スコットも負けじと
バイザーにつけかえて、敵に赤い光線オプティックブラストを放つ。
「ちょっと! おれに当たるところだっただろ!」
シャンゼリオンがスコットに向かって叫んだ。
「うるさい! お前が適当に走ってなければ敵に当たっていた!」
「へえ、あんた普通の優等生かと思ってたら言うじゃん」
「今は戦闘中だ! お前もミュータントならしっかりしろ!」
黒い姿をした怪物はのしりのしりと歩きながら、大きく口を広げて何かを民間人から吸い取ろうとしているようだった。
「危ない!」
逃げ惑う人々の中、赤いワンピースを着た少女が足をくじいてしまったのか動けずにいた。そこに襲いかかろうとする怪人、シャンゼリオンが体当たりをして阻止しようとする。スコットはよろめいた敵の頭を狙ってブラストを撃った。
当たった、のに、どうやら効いている様子がない。
「あのねー! こいつら普通の武器が効かないんだよ!」
「じゃあどうしろと!」
「ちょっと待ってろよ」
シャンゼリオンは高らかに叫ぶ。
「シャイニングブレード!」
彼の目の前に光り輝く長剣が現れる。
これはマジックなどと同じ……魔法なのだろうか? と思っていた矢先、シャンゼリオンはその剣を一振りし、敵はあっさりと爆散した。

そんなに強い武器を持っていたのなら、最初からやればよかったのでは?

というのはあとで聞くこととして、ヒトの姿に戻った暁に、素直に称賛の声をかけることにした。
「それにしても、お前もヒーローだったんだな。疑ってすまなかった」
スコットが暁の肩に手をおいたら振り払われた。
「カワイーオンナノコのためには命張るのが男ってもんでしょ?」
「お前なあ……
さっきちょっとだけかっこいいと思ったのが無駄だったみたいな気がする。
人通りの戻りつつあるニューヨークの街並みの中、立ちすくむスコットに、すみません、お客様、会計まだなんですけどと店員が呼ぶのが聞こえた。

2023-07-05

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