鬼頭はるかが目を開けると、そこには、世界があった。
「これは……あの世?」
自分はたしかにタロウに斬られて、消えたはずだ。来世の存在は信じていなかったが、意識があるのは事実である。ただ、あの世にしては、ここはあまりにも、喫茶どんぶらに似ている。木を基調にした落ち着いた内装、サイフォンの並んだカウンター、壁にかけられたメニュー表。
喫茶どんぶらに似ているというか、そのものだ。
頭の中を疑問符でいっぱいにしていたはるかに、話しかける声があった。
「ようやく来たか」
「え、編集長⁉」
ソノザがテーブル席に座っていた。彼ははるかの目の前で消えた。よく覚えている。
「みんなここにいるぞ」
はるかが周りを見渡すと、ドンブラザーズの仲間たちがそこにいた。ジロウも、翼も、雉野も。ソノイも、ソノニも。思い思いの席についている。
「じゃあ、みんな無事だったんだ……!」
あれ、一人足りない、と思ったところに、
「みなここにいると思ったが、予想通りだな」
のれんをくぐってやってきたのは、真一だった。
「猿原さん⁉」
「気がついたら家にいてね。きっとここに集まるだろうと来てみたら」
予想通りだと涼やかに言う。
「なぜが……なぜがいっぱい!!」
頭を抱えるはるかに、雉野がやっぱりおかしいですよね、ぼくたちがここにいるの、と言う。
「ぼく、桃井さんに思いっきり刺されたんですけど」
「オレは斬られたな」
「わたしもわたしも!」
「というか、タロウさん、獣人と一緒にいましたよね?」
そうだ、とはるかがどんぶらを飛び出すと、獣人などいない穏やかな王苦市の日常が広がっていた。風船を持った少年、シャボン玉を吹く少女、買い物帰りのカップル。いたって普通の王苦市の風景だ。
「私もここまで来る間に、獣人には行き合わなかった」
真一が戻ってきたはるかに言う。
ここにいる全員に桃井タロウと相対した記憶があった。それから、倒された記憶も。
混乱する一同、そこにどんぶらののれんが揺れる。
「お届け物です。ハンコかサインを」
「え、タロウ⁉」
やってきたのは、白の制服に身を包んだ桃井タロウ。はるかはタロウに詰め寄る。
「ねえタロウ、あれどういうこと⁉」
「あれとは何だ」
タロウはダンボール箱を抱えたまま疑義を唱える。
「そもそもおれはあんたたちを知らない」
これはどういうことだろうか。はるかは首を傾げる。
タロウはそういえば、と言う。
「いや、一度だけ会ったことがあるな。あんたはおれの管轄地域に住んでいるだろう。配達したことがある。それも縁だ」
「まちがいなくタロウだ……」
このタロウがわたしたちの知っているタロウだというのはわかる。あの時お別れしたタロウだ。あの――獣人を連れてきていたタロウも、わたしたちの知っているタロウだったというのもわかる。
でもこのタロウは、あのタロウじゃない。
わたしたちを倒しに来た、あのタロウ。
「とにかく、ハンコかサインを」
勤務時間でもないのに、自分が勝手に荷物を受け取るわけにはいかない。はるかはバックヤードに声をかける。
「マスター、荷物ですよ!」
しかし、誰も出てこない。カウンターにいなければそこにいるはずなのに。店は開いているのに。
そこではるかは理解した。
この世界にはなんでもある。
わたしたちが元いた世界のように。
喫茶どんぶらのマスター以外は。
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