虚飾の戴冠 - 11/14

 地上におけるドンモモタロウ最後の戦いの後、そして人間界侵攻の前。
 桃井タロウが目を開けると、そこには、世界があった。
「ここは……」
 それは森。構成する樹木は杉に似ているが、葉の形状がわずかに異なる。タロウが知る世界には存在しない植物だ。
 動物はいない。
 その代わりにいくつもの折り紙が木々の間に覗いていた。それらは揺れ動きながらタロウの方を見ている。
「獣人の森か――」
 しかし、なぜ自分がここにいるのか。タロウには脳人の処刑人たちを倒したところまでの記憶しかなかった。それまでの出来事は飛び飛びである。お供たちに別れを告げたりした記憶はある。
 そう、自分が記憶を失うことは理解していた。
 だからお供たちに最後の挨拶をした。
 なのに、今の自分は生まれてこの方すべての出来事を、はっきりと、思い起こすことができる。
 理屈が通っていない。
 そもそも、なぜ自分がここにいるのだろうか。
「目が覚めたか」
 気がつくと、獣人の群れに囲まれていた。
 先頭に立つペンギンの一が、タロウに話しかけてきた。
「お前は捨てられた存在であるが故に我々と親和性を持つ」
「何を言っている」
「桃井タロウ、棄民の王、お前は我々をこの森に閉じ込めた」
 ペンギンの獣人は朗々と告げた。
「当然だ、存在に罪はなくとも行動に罪がある。その罪を償うために、お前たちはこの森に永遠に存在するべきだ」
 かつてタロウはこの森で、獣人たちにそう告げた。獣人たちは掟を守り、人間たちにとっては無害な存在として生きていくはずだった。
 ペンギンの獣人は首を振る。
「それで我らが救われようか」
「お前たちに救いが必要なのか?」
「お前に救いが必要なように」
「おれは幸福になった」
 迷いなく答えるタロウに、ペンギンの獣人は口を挟む。
「それは、ほんとうに、今ここに存在する、お前なのか、桃井タロウ」
「何が言いたい」
 森の折り紙たちが静かになる。
「お前は世界に捨てられた、世界を守る存在であったのに。我々はお前に捨てられた、世界を維持するために生まれたのに」
 獣人はドン家の作り出したものだ。そして失敗して捨てられたものだ。そして桃井タロウがここに閉じ込めた、ものだ。
 桃井タロウはドン家に生まれたものだ。世界を守ったものだ。そして今、世界から、漂流している。
 桃井タロウは臆さない。
「そこに何の問題がある」
「前にも言っただろう。すべての存在はもとより罪を持つわけではない。お前たちが人間を襲ったことが問題なのだ」
「たとえ、我々が、人間をコピーしなければ、現世でまともに存在できない儚いものであっても?」
「――そうなのか」
「我々の多くは人間をコピーして理性を得るまで、その事実を認識することすらできない。そもそも、猫は人間の姿を得たところでまともな理性を得ることができない。それは、お前たちが我々をそう作ったからだ」
獣人のうち、だいたいは猫で、どうあがいても論理だった行動をする力がない。いくつかは鶴で、理性はあるが人間をコピーしなければ言葉を発することはできない。ペンギンは特殊で、人間の存在なしでも自我をある程度持つことができる。
 他のペンギンたちも口々に言う。
「我々は欲望を持つことができない」
「我々は夢を持つことができない」
「我々は理想を持つことができない」
 最初に口を開いたペンギンの獣人が後を引き取る。
「桃井タロウ、ドン家の者よ、その現実を知り何もせずにいるのか」
「おれに何をしろと」
タロウには獣人たちの要求を理解することができなかった。こいつらは何を言っているのだろうか。
木々の影から色とりどりの折り紙たちが揺れている。
「お前の記憶は森に打ち捨てられたなりそこないの獣人に受肉してここにあるのだ。漂白されたとはいえ、お前に起こった全てのできことは肉体に蓄積され、精神に保存され、その記録をなにもかもなかったことにはできない」
 獣人に曰く、彼らは肉と骨で成立している。そして、肉と骨の癒着のために精神を必要とする。気ままに振る舞っているように見える猫でさえも、多少の精神を保持している。ただ、その接着がうまくいかなかった失敗作がいくつもあり、それらは森の端に捨てられていた。
漂白された桃井タロウの記憶はそこに流れ着いて、今このように身体として成立しているというのだ。
 タロウはなおも彼らの主張を認めない。
「おれはおれだ、それ以外ではあり得ない」
 タロウにとって自己とは今ここにある現実の身体のことだ。それがどのようにして構成されているかには興味がない。それが何を達成できるかが問題だ。
 そして現在、タロウは自らの望みを達成できる状況ではない。
 望みとはひとを幸福にすることだ。
 望みとは自らが幸福を知ることだ。
「おれはこの森を出なければならない」
「それは許されない」
「お前たちはおれに何かを許可する立場にあるのか」
「お前は我々に何かを命令する立場にあるのか」
 ペンギンの獣人はだが、と言う。
「我々の願いを叶えてくれるのならば、お前に跪こう、桃井タロウ」
「ほう、聞かせてみろ」
「我々は人間の世界を求める」
 獣人は強い望みを自ら持つことができない。単体では。
 だが。
 獣人は群体でもって、望んでいる。外の世界を。
「それで、どうするつもりだ」
「その後のことは知らない。だが、この森にいることには我慢ならない」
 獣人たちは口を揃えて言う。
「無原罪の献身により我らが罪は雪がれる」
 しばらく黙っていたが、わかった、と、タロウは言う。
「ならば、世界をくれてやろう」
 獣人たちはどよめく。言葉を発することができるものも、できないものも、戸惑う。折り紙が風にそよぐ。
 タロウはザングラソードを獣人たちに向けた。青ざめた獣はみな桃井タロウに膝をついた。
「王の名のもとに、あの世界をくれてやろう。それで満足しろ」
 そして桃井タロウはゴールドンモモタロウにアバターチェンジした。
「聞け! 獣人の者どもよ、おれはお前たちの王となり、人間の世界に侵攻する。ただ人間をコピーすることは許さない。お前たちにはもう必要がないからだ。人間になる必要など、ないからだ」
 ゴールドンモモタロウの威光に、獣人たちは自らの栄光を見た。
「お前たちはお前たちで充足した世界を生きろ」
 その言葉に、獣人たちはようやく安らぎを得た。
「お前たちの世界をくれてやろう」
 その立ち姿に、獣人たちは真実を知った。
「ならば王冠を」
 とペンギンの一が森の茨でできた冠をゴールドンモモタロウに捧げようとしたが、その冠は受けられることはなかった。なぜなら黄金の王はそれのみで満ち足りておりそれ以上の栄光を必要としないからだ。虚栄に満ちた冠など、その威光に、付け足されるに値しない。
 獣人たちはその光景に、真の王が誰であるのかを悟った。それが王であるのは血筋ではない、ふるまいと光の中に理由があるのだと。
 森はこれまでにない強い光に照らされ、葉の縁は金色にきらめいていた。ゴールドンモモタロウが歩くだけで、無味乾燥の森は生命を吹き返すようだった。からっぽの獣人たちはそれだけで生きる価値を知ったような気がした。
「これはもはや不要だ」
 とゴールドンモモタロウは黄金のマントをちぎり取って獣人の群れに与えた。群れはマントを散り散りにして奪い合った。その結果、王の権能が獣人たちに分配された。そうしているうちに、ドンモモタロウは現世に向かう門をくぐり、姿を消していた。
 
 その後に起こったことはご覧の通り。
 ドンモモタロウは世界に侵攻し、人間を消し、ドンブラザーズを消した。
 最後の一撃で、地表を薙ぎ払った。
 そして、その人間を、生命を、構築物を、すべてほかの世界にまるごと移し替えた。
 獣人たちはそれを――まだ知らない。

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