虚飾の戴冠 - 13/14

 
 そうして獣人たちの前にからっぽの世界が存在した。生命を持つものはなにもなく、人間の作った建物なども存在しない。
 かつてビル街だった場所に獣人たちの代表が――それでも大きな群れであるのだが――桃井タロウの元に集まっていた。
 タロウはそれを無感動に見つめていた。
「今度こそ終いだ、好きにしろ」
「ようやく、我々は、世界を手に入れた――」
 そう言ったのは、おそらくは最初にタロウに声をかけたペンギンの獣人だろう。タロウにそれらを区別することはできない。ただ、群れが存在すると、認識している。
「この世界で何をするかは、お前たちの勝手だ」
 獣人たちはひとしきり喜びを噛み締めたあと、この世界に何も残されていないことを、見て取る。
 人間はいない。
 動物もいない。
 植物すらない。
 人間の作った、建物や、さまざまな構築物も。
 あるのは更地のみ。
「これは、獣人の森と何も変わらないではないか」
「これがお前たちの世界だ、存分に受け取れ」
 タロウは表情を変えなかった。
 獣人はタロウを指弾する。
「裏切ったのか、桃井タロウ」
「お前たちは世界を欲した。だから与えた。それ以上何を求める」
「我々は人間を滅ぼしたかった」
「我々は人間に成りたかった」
 獣人たちは口々に言う。
「ならそう言えばよかっただろう。もしそのようなことを口にしたら、おれはお前たちを塵に還しただろうが」
「お前は我々を裏切った、その報いを受けてもらおうか」
 いつの間にか、獣人の群れはタロウを取り囲んでいた。
「これだけいればお前も敵うまい」
「もしおれを殺したら、お前たちはもうどこへも行けない、人間たちの住む世界への扉はお前たちには開けない。おれの権能を分有しない限り」
「それがどうしたというのだ、お前の裏切りのみが真実だ」
「勝手にしろ、お前たちの言うとおり、おれは棄民の王なのだから」
 桃井タロウが獣人たちの提案を受けたのは、それらを哀れんだからではない。
 もちろん世界に捨てられたからでもない。
 それらにも、作られた存在である獣人たちにも、ひとと同じように、縁を結ぶ力があるのではないかと、信じたかったからだ。
 ひとにとって、世界など、器にすぎない。
 ひとにとって、ほんとうに大切なのは、縁だ。
どこにいたところで、彼ら彼女らは自らの運命を切り開き、生きていくことだろう。
だから世界なんてどうだってよかった。縁のある共同体を他の場所に移しただけだ。マスターの件は予想外だったが――いつかまた出会う、そんな気がしている。
タロウは悲しみを感じてはいなかった。
ただ、これらとも、きちんと縁が結べたらよかったのに、とだけ、思っていた。
獣人たちは桃井タロウに襲いかかった。タロウはアバターチェンジすることもなく、ザングラソードをその身で振るった。多勢に無勢、徐々に押されるタロウを、引き裂こうとする獣の手がある。

 その狂騒にひとり、加わらぬ獣がいた。

 獣人は固有の名を持たず、ただ属する獣の名によってのみ呼ばれる。人間をコピーしない限り、それらに人間の言うところの自我は存在しない。ゆえに彼、もしくは彼女、あるいはそのどちらでもあり、あるいはそのどちらでもない存在は、目の前の惨状に対する自らの感情を持ち得ない。
 それはかつて『みほ』と呼ばれた人間であった。
 それは名前を持たぬ鶴のクラスの獣人であった。
 名前を持たぬがゆえに、自我も記憶も群れに溶けているはずのそれは、しかし、これに加わりたくないと思っていた。
 もしそれが記憶を保持していたとしても、これは憎むべき相手であったはずだ。
 しかしながら、狂乱に乗じて、これを引き裂くのは、違うと思った。
 これに恩義があるわけではない。むしろ憎んでいる。
 これに執念があるわけではない。どうなろうと構わない。
 倒すなら自らであるという意思もない。それなのに、その無名の獣は、桃井タロウを、害したくはなかった。
 ひとり佇むそれの鼓膜を、獣ではない声たちが揺らした。
「今来たよ、タロウ!」
 オニシスターが高らかに宣言した。
「まったく君は」
 サルブラザーが華麗に宙を舞った。
「お待たせしましたあ!」
 ドンドラゴクウが軽やかに飛んだ。
「もう、水臭いですよ桃井さん」
キジブラザーが獣人たちを空から撃った。
「だから説明をしろと言っただろ」
 イヌブラザーが獣人を転ばせた。
「お前に守られるほど弱くはない」
 ソノニが輝く弓を引いた。
「悪くはなかったが二度とごめんだ!」
 ソノザがカゲスピアで獣人を蹴散らした。
「我々をいささか過小評価していたようだな」
 ソノイが刃を振るった。

「待て、これはいったい――」
「そんなこと今は気にしない!」
 
 獣人の群れは奇襲に対応しきれず散り散りとなっていった。森へのゲートを開こうとするものもいたが、タロウがゲートを閉じてしまったため開かない。獣人はもう、どこにも行けないのだ。

「行くよ、タロウ!」
 オニシスターが手を引く。ソノイが空間を切り裂く。蒼銀の光が視界を染めて。
 そしてタロウの前に、世界が、あった。
 

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