乾いた風が地面を撫で、細かな砂がソノイの目を覚まさせた。
ソノイが飛ばされたのは、かつて桃井タロウと幾度となく戦った、街外れの荒野であった。ソノイはまずは身体の損傷がないかを確認した。特に問題はない。周りに誰かがいるか確認する。誰もいない。タロウを探すべきか、と思ったところに、懐かしい殺気を、感じる。
振り向けば赤。
「まずは私から、ということか」
五〇メートルは向こうにいるドンモモタロウに向けて、ソノイは言った。
「あんたが同じ立場でも」
「同じことをするだろう」
最大戦力を最初に撃破するのが、戦場でのセオリーである。現在のドンブラザーズにおける最大戦力が自らであることを、ソノイはよく理解していた。驕りではなく、現実として。
幾度となくふたりが戦ってきた大地、敵として、あるいは味方として。それがどちらであっても、ある種の喜びを持っていたことには、変わりがなかった。ただ。
今の我々は、相対するものとしてここにいる。
ソノイはブレスレットに手をかざし、蒼と銀に輝く脳人の戦装束を身に纏う。レイヤーの向こうに手を伸ばし、壮麗たるバロンソードを手にする。
ドンモモタロウに刃を向けたところで気がつく。
この光景には、何か、違和感がある。
「獣人たちは」
あれほど大量にいた獣人たちは、ここには見当たらない。勝ちに来るつもりなら、数に頼ってもよさそうなものの。まあ、桃井タロウに限ってそのような手段を取らないという考えもある。
「あれらにはあれらの役割がある」
ドンモモタロウはしっかりとソノイに目線を向けて言う。
「そして、当然、おれにも」
これは、この態度は私の知っている桃井タロウだ、とソノイは思う。去り際のあれではなくて。記憶を失い、漂白されていったあれではなくて。これは、自信に満ち溢れ、ひとをお供と呼び、そして誰よりも強かった、桃井タロウだと。
なのに、言っている内容に、齟齬がある。
この世界を危険に晒すのは、タロウの望むところではなかったはずだ。
「――己の役目を果たしているだけだとでも?」
「そうだ」
「この惨状もその結果だと?」
「そうだ」
「ならば、戦うしかない」
ソノイは、バロンソードを正眼に構えた。かすかな風が土煙を舞わせる。
虹にきらめくザングラソードが、ソノイに向けられる。これもまた、幾度となく繰り返された光景の一である。
ソノイはどうすればドンモモタロウを倒すことができるのかを考えた。かつてドンモモタロウと戦ったとき、相討ちを狙ったがゆえに負けた。かつてドンモモタロウと戦ったとき、桃井タロウの力を得ていたがゆえに勝てた。
今のソノイは、桃井タロウの力を持っているわけではない。ゆえに、自らの力で、彼に打ち勝たなくてはならない。
飛び上がって、上段から斬るのはどうだろうか。ザングラソードで受けられて腹部を蹴られ、袈裟斬りにされるのが目に見える。
逆に、まず脚を狙って機動力を削ぐのはどうだろうか。ドンモモタロウはドンブラスターも使うことができる。低めを狙えば撃たれる可能性が高い。
ならどうすれば――
その間わずか一秒に満たない思考の果て、ソノイはバロンソードを脇に構え直し、ドンモモタロウに走りかかった。ほぼ同時に、ドンモモタロウもソノイに向かう。
――迷っている時間があるなら、剣戟の中に答えを見つけるべきだ。
なぜなら、我々は戦士だからだ。
バロンソードを振り下ろすとザングラソードで受けられた、その重みにこれがドンモモタロウであったと思い出す。二、三剣を交わしただけで、まったくの互角、いや、相手の方が力量が上であると思い知る。かつて戦ったときよりも、なお、強くなっている。それは最後――桃井タロウが我々の前から姿を消した、最後の、戦いの、ときのように。
ドンモモタロウが足を一歩踏み出し、バロンソードを押し下げた。表情は見えないはずなのに、ソノイは桃井タロウが笑っているような気がした。その瞬間、腹部を右足で蹴られる。
それは予測済みだ。
蹴りで飛ばされたふりをして、ドンモモタロウが高く飛びかかってくるのを左に避ける。ザングラソードは空振りとなり、その隙にソノイはドンモモタロウと距離を取った。
この間に思考は介在せず、彼らはただ二振りの剣であった。
「楽しいか」
とドンモモタロウはソノイに問う。
「ああ」
ソノイは首肯する。
世界のために振るわれる剣であることは、ただ使命と誇りで持って戦うことは、好ましいことである。
「――だがこれは永遠には続かない」
確かに、桃井タロウと相対している時間は、何ものであっても、楽しいものだ。戦いも、並んでおでんを食べることも、月を見ることも。
だから、これも、『楽しい』時間ではある。
だが。
だからこそ。
「私はお前を倒さねばならない」
今ここにいるドンモモタロウは――桃井タロウは、この人間たちの世界に敵対するものだ。言葉も剣も、彼の考えを変えることはできないだろう。
ならば、私のやるべきことはただひとつ。
すべてを剣に込めて、ドンモモタロウを倒すこと。
なぜなら。
「今の私は脳人の戦士ではなく、ドンブラザーズの一員だからだ」
「いい答えだ」
それでこそ、全力を掛けて倒す価値がある。
ドンモモタロウはそう言って、ザングラソードのギアを回した。色とりどりの光に包まれた刀身、彼はそれを大きく振りかぶって衝撃波を炸裂させる。目の前に現れたオーロラの閃光を、ソノイがバロンソードで薙ぎ払うと、その次の瞬間、そこにはドンモモタロウの姿があった。
――陽動か。
ドンモモタロウはザングラソードでソノイの右脇腹を突き刺す、刃の確かな感触があり、ソノイは鎧を維持できずにその姿を人間のものへと変える。剣は無慈悲に抜かれ、ソノイはその場に倒れ込む。
この地に何度倒れたことだろうか。
砂埃が口の中に入ってくる、吐き出すこともできずにソノイはただ上を見た。
月のない空だ。月の代わりに太陽の光る空だ。
そしてドンモモタロウがそこにいる――表情は、わからない。
しかし、ソノイは理解した。この一撃によって。
ドンモモタロウが――桃井タロウが何をしたいのかを。
口にする体力は、もはや残されていない。
ソノイがこの世界から消滅する瞬間、見たのは、自らに背を向けて立ち去るドンモモタロウの姿で、ソノイはそれを、かつて、たしかに望んでいたと、思う。
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