虚飾の戴冠 - 4/14

「……あれ、ここは?」
 目に入るのはビビットな桃色の花。
鬼頭はるかが目を開けると、そこは大通りの沿道のつつじの植え込みの上であった。ちくちくと葉が肌に刺さるが、石畳の上に落ちなくてよかった。それはちょっと、痛いだろうから。
「どうやら、ドンモモタロウにここまで飛ばされたようだな」
 周りを見渡すと、近くにはソノザも落ちていた。こちらは木にひっかかっていた。よろよろと木から降り、頭を掻いている。
「あのタロウ、いったいなんだったんだろう……」
 そんなことより、と、はるかも立ち上がって、周りを見渡すと、そこには。
「え……?」
 青い獣人の群れが人々を襲っていた。中には子供連れもいる。
 はるかは考える間もなく走り出していた。
「アバターチェンジ!」
 鬼頭はるかに対して観測されうる可能性が収束し、ひまわりの黄色を基調とした戦士――オニシスターへと変貌する。手には同じ色のフルコンボウ。
 ソノザはブレスレットに手をかざし、自らの戦装束を身に着けた。手には三叉のカゲスピア。
「みなさん、逃げてください!」
 オニシスターは電柱の影に隠れていた少年の手を取って獣人の少ない路地まで連れて行く。ソノザはカゲスピアを大きく振り回して獣人を追い払う。
「まったく、どれだけいるんだ……⁉」
 獣人をいくら振り切ろうとしてもどこからか無数に現れる。オニシスターとソノザはひとを逃がす方に注力することとした。幸いなことに、大通りを一歩出たらあまり獣人たちは追ってこないようであった。
 だいたいこのあたりにいるひとは逃がすことができた。
 しかしはるかには気になることがひとつある。
「あれ、獣人って人間をコピーするんじゃなかったっけ……?」
 オニシスターが遠くの獣人を指して言う。
「そうだ、奴らは人間の姿を取るためにひとを襲う」
「でも、みんなあの、青いままだよね」
 ここにいる獣人は、すべて、人間とは異なった姿形をしている。個体差を見出すことはできないが、なんとなくそれぞれ違うのは、はるかにもわかる。
 ソノザのほうが獣人には詳しいはずだが、彼にも思い当たる節はないという。
 そんな会話を交わしていたところ、獣人たちがすっと引いていく。
 
 そして現れるのが、この前までは誰よりも会いたかったはずの――今はどうしていいのかわからない、相手。
「待たせたな」
 ドンモモタロウはザングラソードを片手に、悠然と歩いてきた。
「タロウ⁉」
 オニシスターはフルコンボウを構えるべきなのかわからない。風が強く吹いていて、沿道の木々を揺らしている。
「ちゃんと説明してよ、獣人なんか連れてきて、街を消し飛ばして、わたしたちをふっとばして、どういうつもり⁉」
「説明などいるか」
 ドンモモタロウはザングラソードのギアを回して虹色の斬撃を飛ばしてくる。オニシスターとソノザはそれぞれ右と左に避けた。ガードレールが真っ二つに割れる。
「おれはあんたたちを斬るつもりで来た」
「……タロウ、本気なんだね」
 オニシスターはフルコンボウをまっすぐ構えた。
 ドンモモタロウは平然と言う。
「おれは嘘をつかない」
 桃井タロウが嘘をつかない、というか、つけないということを、はるかたちはよく知っている。だからこれはほんとうだ。
 ドンモモタロウはオニシスターの方に走ってきた。斬撃をフルコンボウで受け止めて、打ち返そうとする。
 このタロウ、まったく手を抜いてない。いや、ドンブラザーズとして一緒に戦っていたころ、ヒトツ鬼を倒したときになぜか襲いかかってきたときも、ぜったいこっちを倒しにきていたと思うんだけど。
 でも、このタロウは、ほんとうに、きちんと、わたしたちを倒そうとしてる。
 それはこの力のかかり方でわかる。
 ドンモモタロウの後ろからソノザが斬りかかろうとするのが目にとまった。
 なら。
 オニシスターはドンモモタロウを振り払って、ギアを手に取った。
 もう一段階アバターチェンジ、ロボタロウに変形する。
「編集長!」
 オニシスターロボタロウは小型ミサイルを発射、ソノザを擁護する。ドンモモタロウに向かって放たれたそれらは、全弾が彼に当たる、はずだった。
 並のヒトツ鬼相手ならこれで圧倒できるのだが、ドンモモタロウ相手にはそうはいかない。いいぞ、その調子だと、華麗な剣さばきでミサイルを弾き飛ばしてしまった。
 ただ隙はできる。
 ソノザはカゲスピアを思いっきり振り抜いた。ドンモモタロウは後ろに下がろうとするが、ぎりぎり間に合わず、左腕をかする。
「おい!」
 ドンモモタロウはその傷にも構わず、ソノザを踏み台にしてオニシスターロボタロウに迫った。とっさにアバターチェンジを解除して通常のオニシスターに戻り、地面に転がって回避した。
「次は逃さん」
 ドンモモタロウが追撃しようとするところに、ソノザが割って入った。
「編集長……?」
 ザングラソードの刃を胴に受けて、倒れ込むソノザ。
「お前はここで、死ぬわけには行かないだろう」
 ソノザは振り向こうとしたが、かなわなかった。
 ひとを楽しませたり、ときには悲しませたり。心を動かすことのできるマンガがたくさんある世界は、きっと、豊かだ。
 オレたちが守るのは、守ってきたのは、そういう世界だ。
 そう、
「これもいい経験だ、はるか」
 それは自分にとっても、はるかにとっても、そうだろう。
 なにごとも自分の糧になるのだ。
「だから、生きて帰れ」
 ソノザはオニシスターに笑いかけようとした、その瞬間に世界から消え失せた。
 
 ソノザが消えるのを見て、オニシスターは少しだけ、足がすくんだ。これまでだって、雉野が消えたりするのは、見たことがある。そのときはちゃんと帰ってきた。でも今回は? そんなことないんじゃないか、って思えてしまう。このまま戦ってたら、自分も危ない。わかる。わかっている。
「タロウ」
 それでもオニシスター――鬼頭はるかは歩みを止めない。
「わたし、ドンブラザーズのマンガ描いてるんだよ」
「何が言いたい」
「だから、この戦いのことも、これから描くんだ!」
 わたしはヒーローで、ドンブラザーズの一員で――なにより最強のマンガ家なのだから!
「わたしは負けない! たとえタロウが相手だとしても!」
「――それでこそはるかだ」
 ドンモモタロウはギアを回しながらオニシスターに走った。オニシスターもフルコンボウを掴んで走り出す。体重を思いっきりかけて、回して、ドンモモタロウに当てようとする。
「ただ今は」
 その先はオニシスターには聞こえなかった。
 ザングラソードでフルコンボウを跳ね飛ばし、ドンモモタロウはオニシスターを袈裟斬りにした。アバターチェンジを解除するはるか。
「……なにごともいい経験、か」
 なんとなく血のにおいがする。どこか切ったのかな。
 これはたぶん、助からないんだろうなっていうのは自分でもわかる。
 それなのに。
 なぜだろう、これからもたくさんマンガを描けるかもしれない、って思ってしまう。
 はるかはその場に膝をついた。アスファルトが素肌を傷つける。そんな痛み、どうだってよかった。だって今のでわかったから。タロウは本気だけど本気じゃない。
 本気だったらこんなに悠長にしてられない。
 たぶん、もっと早く、消されていたはずだ。
 ドンモモタロウは腕を組んで、それを見ていた。
 こんなにぼこぼこにされたのに。倒す気で攻撃してきたのに。
 ドンモモタロウ――桃井タロウを憎もうとは、どうしても、思えなかった。
「ねえタロウ、わたしタロウのこと、信じてるから」
 それがこの世界で鬼頭はるかが口にした、最後の言葉となった。
 ドンモモタロウはなにか言いたそうにその場に立ちすくんでいたが、集まってきた獣人たちと共にその場から歩み去った。

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