ビル街、普段だったらひとでごった返しているはずのそこはがらんどうで、どこか不気味さすら感じさせる。キジブラザー――雉野つよしは大きなピンク色の翼で空を飛び、逃げおくれたひとがいないか探していた。もうすっかりひとがいなくなってしまったこの街。でも、最後のひとりまで、助けるのが、ぼくの使命だ。
風船が木にひっかかってしまい呆然としているこどもを見つける。キジブラザーはそれを取ってやり、手渡して、早く逃げるように促した。こどもは頷いて走っていった。また上空に戻る。
そして、地面に、ひとつの、赤を、見つける。
「ようやく見つけましたよ、桃井さん」
速度を落として、地上に近づく。ただ、地面に降りはしない。降りたらかっこうの餌食だ。
「遅かったな」
そう答えるのはドンモモタロウ――桃井タロウそのひとで、あのころのままの傲岸不遜さで、ザングラソードをキジブラザーに向けて、アスファルトに立っていた。
ドンモモタロウの足元にはキジブラザーが持つのと同じドンブラスターが転がっている。その近くには白の双剣。
つまり、これは、彼らの。
そうキジブラザーの脳裏によぎったところ、ドンモモタロウはドンブラスターを蹴飛ばす。キジブラザーは一気に急降下しながら両手でドンブラスターを構えてドンモモタロウを撃ち抜こうとする。
「よくも犬塚さんたちを……!」
ドンモモタロウはその全弾をザングラソードで弾き飛ばした。
「おれのお供に何をしようと」
ザングラソードを上段に構える。虹色の刃が陽光にきらめく。
「おれの勝手だ」
キジブラザーに斬りかかろうとしたが、すんでのところでキジブラザーが急上昇した。上空から旋回しながらドンモモタロウを狙う作戦へと移ったようだ。キジブラザーは照準がずれないよう、羽ばたきを最小限に抑えながらドンモモタロウに銃口を向ける。ドンモモタロウはそれを見上げて言う。
「どうした、手が震えているぞ」
「――うるさい」
キジブラザーは怒りを押し殺しながら答えた。
「これは武者震いですよ、桃井さん」
雉野つよしは平凡な会社員だった。今だってそうだ。アバターチェンジしたところでそれは『キジブラザー』が強いだけだし、本来の自分は何も変わらない。
そう思っていた。
でも今は――
「あのころのぼくとは違うんです」
キジブラザーはまたも降下しつつドンモモタロウを撃つ。今度はきっちり、胴体を狙って。
ドンモモタロウは一瞬アルターチェンジしてその弾を避けた。倒れる前に元の姿に戻るが、その際にザングラソードを取り落としてしまった。
「ほう、やるじゃないか」
今度は上昇することなく、地面に降り立ったキジブラザー。遠くから撃ってたんじゃ桃井さんには当たらない。羽をたたみ、まっすぐドンブラスターをドンモモタロウに向ける。向けたのだが。
――撃てない。
さっきまではぜったいに撃つって、決めていたのに。それは近づいてみてわかるドンモモタロウの――桃井タロウの気迫に飲まれたからかもしれなくて。
その隙をついてドンモモタロウは転がりながらザングラソードを手に取り、走りながら大きく振りかぶってキジブラザーに斬りかかる。キジブラザーはそれをドンブラスターで受けた。金属質な音が耳に障る。
「甘いな、さっき撃っていたら勝てたかもしれないぞ」
「そうかも、しれませんね」
ドンブラスターでザングラソードを振り払い、ドンモモタロウと距離を取る。
「でも、桃井さん、ぼくは桃井さんのことばで、自分のために戦っていいと信じられたんです」
雉野つよしは平凡な会社員だった。今だってそうだ。
だけど今は、ドンブラザーズの、一員でも、ある。
思い出すのはさっき助けたこどものこと。それからここまで来るまでに出会った大勢のひとたちのこと。そしてドンブラザーズの仲間たちのこと。
今のつよしは自分に誇りを持っている。それは今までの戦いのおかけだし、何より。
ドンモモタロウは何も答えない。ただザングラソードを下段に構え、腰を落とす。
「だから、ぼくはやってみせます。今度こそ、桃井さんを止めてみせます――あのときそう言ってくれた、桃井さんの、ために」
キジブラザーはその長い脚で走り出す。羽を後ろ側にまっすぐ広げて、速度を出す。
「そして、もちろん、自分のために!」
ドンブラスターで狙うのは手元、ザングラソードがなければこっちにだってわずかながらに勝機があるはずだ。
「いいだろう、お前の強さを見せてみろ」
ドンモモタロウはキジブラザーに走っていく。飛ぶ、落下速度のままに刃を振り下ろす。キジブラザーはドンブラスターで受け止めようとしたが、力を受け流しきれずによろけてしまった。そこをドンモモタロウは後方に回って、左の羽を掴む。
「え⁉」
そしてキジブラザー羽を根本から切り落とした。地面に落下した羽は大気に溶けて消えていった。アバターチェンジしているときは痛みを感じにくいとはいえども、かなりのダメージがあったのか、キジブラザーは左肩を押さえながら後ろに下がった。
「これでもう飛べまい」
余裕の相好を崩さぬドンモモタロウに、キジブラザーは笑ってみせた。表情には出ないけれども、心のなかで。
「ここからですよ……!」
キジブラザーは走り、ドンモモタロウに蹴りを入れようとした。その長い脚が武器たることを、雉野つよしはよく知っている。
ドンモモタロウはしゃがみこみ、走ってきたキジブラザーの足首を掴んで転ばせた、背中に乗って、キジブラザーの右羽も切り落とす。
「……っ!」
両羽を落とされた痛みの中で、キジブラザーは考える、どうすればここから一矢報いることができるのか、ここまでされてもあきらめるわけにはいかない、だって、ぼくは、
「ねえ、桃井さん」
必死の力で身体を倒し、目に映ったドンモモタロウの右腕を掴む。それから、震える手で、ドンブラスターを、向ける。
「今斬れば、勝てたかもしれませんよ」
引き金を引く。当たった感触が、ある。
もうアバターを維持することができなくなって、雉野つよしはその場に倒れ込んだ。失った羽は元の身体にないはずなのに、背中が傷んでならなかった。
ドンモモタロウもアバターチェンジを解くことはなかった。ただ右腕をすこし押さえた。
「はは、きっちり当たったと思ったんですけど、さすが桃井さんだ」
ドンモモタロウは驚異的な反射神経であの距離からでもぎりぎり掠る程度で済ませたのであった。桃井さんならそのくらいできるのか、とつよしは思う。
ようやく追いつけたのかと思ったのに、まただめだった。
ぼくってやっぱり、まだまだヒーローじゃないのかなあ。
さっきまで飛んでいた空を見上げることしかできなくて、つよしは仰向けに転がる。雲ひとつない空と、目に染みる太陽。最後に見るのがこれなんだ。
足音がする。
「よくやった、雉野」
ドンモモタロウの声にかすかな喜びを聞いて取って、つよしはなんでだろう、と思う。でも、桃井さんがほめてくれるのならば、ぼくもそんなに捨てたものではないのかもしれない。
「あんたは立派だ」
ドンモモタロウはザングラソードを片手に、つよしの方に歩いてくる。
「でも」
両手でザングラソードを握るタロウが視界に入る。もう避けられない。でも目は閉じない。
ぼくは、もう、逃げない。
「おれの方が強い」
不思議と、痛くはなかった。薄れゆく意識の中で、最後に思ったのは、夏美さんは今ごろどうしているのかな、ちゃんと逃げられたのかな、と、それだけだった。
ドンモモタロウはつよしが世界の中に分解され、消えてゆくのをしばらく眺めていた。どこへ向かうべきなのかは、承知していた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます