虚飾の戴冠 - 8/14

 猿原真一が落下したのは、自宅の庭であった。木に何度か引っかかってから地面に落ちたおかげで、さほど傷は負わずにすんだ。それにしても桃井はどういうつもりなんだ、とか、思っていたところに外から悲鳴が聞こえて、真一は家から走り出す。
「これは……」
 そこにあったのは獣人の群れであった。人間に襲いかかってはゲートのように見えるものを開けてそこに放り込んでいる。
「アバターチェンジ!」
 真一は青くて軽やかな動きが特徴的な戦士、サルブラザーにチェンジした。大丈夫ですか、と人々をできるだけ獣人のいないところに案内しながら、ドンブラスターで威嚇射撃を行う。獣人を完璧に殺すことはできないにしても、痛みはあるようだから、何もしないよりはいいだろう。
 そうこうしていると、サルブラザーの周りからは獣人たちが消え失せていた。ゲートの向こう側に送られた被害者も見た限りいないようだ。アバターチェンジを解除して、真一は頭を抱える。
「さて、どうしたものか」
 考えていても仕方がない。まずは落ち着き、体力を回復するのに専念するべきである。いつまた獣人が現れるのかわからないし――なによりあの、桃井タロウ。
 あれは一体何者なんだ?
 我々の知る桃井タロウとまったく同じふるまいをするようでいて、獣人に与するという、彼が絶対にやらないであろうことを平然と行う、彼は。
 真一はそんなことを台所で湯を沸かしながら考えていた。茶葉はざっくりと計って、湯の温度は八十度、日本茶にはぴったりの温度。急須に茶葉と湯を注ぎ、しばらく待つ。二杯分注ぎきった急須の中の、茶葉からは甘く香り高い新茶の匂いがする。茶というのは一人分だけ淹れるようにはあまりできていないから、湯呑みもふたつ用意した。客が来るとは思えないが、ひとりで飲むのも悪くない。
 真一は縁側で茶を飲んでいた。こうやって気分を落ち着かせるのが非常時には有効なことである。しばらくすると、道路の方からがたり、と音がする。何かが落ちてきたのだろうか。まさか獣人が空から降ってきたのか。
 扉を開ける間もなかった。そこにいたのは。
「桃井、タロウ」
 自分たちを一太刀で吹き飛ばし、獣人たちをこの世界に連れてきた張本人、桃井タロウ――ドンモモタロウであった。
 真一は彼と戦いたくはなかった。
 負けるからではない。戦う必要が本来ない相手と、戦うのは無駄だ。
 だから真一は縁側を指し示してこう言った。
「まあ茶でも飲んで行け」
 それにもかかわらず、ドンモモタロウはザングラソードを真一に向けた。
「あとはお前だけだ、猿原」
「――どういう意味だ?」
「他のお供は、みな倒したということだ」
「……そうか」
 それは、予想ができないことではなかった。みなも同じようにどこかに飛ばされ、同じようにドンモモタロウと遭遇しているというのは。そしてドンモモタロウは強い。真っ向から戦って勝てるような相手ではない。
 しかしまさか自分が最後だとは思っていなかった。
 真一はあくまでも冷静に尋ねた。
「それで、君は何をしにここまで来た」
「あんたを倒しに来た」
「そうだろうな」
 ドンモモタロウは腕を組んだ。
「首を出すなら痛めつけはしないが」
 いつも通りの上から目線だ。
「それは勘弁願いたい」
「ごちゃごちゃ言わずに戦え」
「私を最後に残したのは、簡単に倒せると思ったからか? 他のお供たちの相手をして体力を失ったところで、倒せるだろうと」
 ドンモモタロウの声に、感情が乗る。少しでも平静さを失わせておいた方がいい。
「黙れ」
「図星かな――私もなめられたものだ」
 真一はドンブラスターを構える。
「アバターチェンジ」
 猿原真一の身体は仮想空間上で再配列され、取りうる姿のひとつとしてのサルブラザーとして顕現する。
ドンモモタロウが斬りかかってきたのを右に避け、左に避け、ドンモモタロウの右腕を掴んでひねり上げた。ザングラソードが一番の脅威なのだからこれを取り除けばよいのだ、と、思っていたのだが、扉からドンブラスターを取り出してかなりの近さの距離から撃ってきた。
これは避けられない。
まともにあたってその場でうずくまるサルブラザー。なんとか立ち上がろうとするがそのたびに腹に激痛が走る。
「哀れなものだな桃井」
「は?」
「今の君には仲間などいないのだろう。王とは孤独なものだ」
「あんたにおれの何がわかる」
「一応私は君のお供なんでね」
 サルブラザーは天を指差す。
「それから、君の、仲間だった」
 現在形で述べていいのか、測りかねているのだが。間違いなく、桃井タロウは猿原真一の仲間だった。己の人生で数少ない存在。
 依頼人なら数多くいたけれども、それは自らの知恵を対価に差し出して取り結ぶ関係だ。桃井タロウに自分の知恵が必要ないことくらいはわかっていた。だから彼は仲間なのだ。だった、のかもしれない。どちらにせよ、
「ならなすべきことはひとつだ――道を誤りかけた仲間を、正しい道に引きずり降ろそうじゃないか」
 サルブラザーはギアを回し、ドンブラスターで威嚇射撃を行う。全弾きれいに弾かれたが最初から時間稼ぎのつもりだ。その間にサルブラザーは木に登って、ドンモモタロウに向けて落下した、そのままラリアットをかけてドンモモタロウを倒す。このまま殴りつけてしまえばいいのだろう。
 だが。
 これが私の倒すべきタロウなのか? と思ってしまう。
 ドンモモタロウの前では一瞬の迷いが命取りだ。ドンモモタロウはサルブラザーの腹部を蹴飛ばした。勢いをつけてサルブラザーの手元を狙い、ブラスターを取り落とさせる。
 俯くサルブラザーに、ドンモモタロウは告げる。
「首を差し出すか?」
「――いや」
 サルブラザーはぱっと顔を起こして、ドンモモタロウの顎を蹴り上げた。ひるんだところに打撃を入れるが、右腕を掴み上げられ、そのまま投げられてしまう。
サルブラザーが空中に浮いているうちに、ドンモモタロウはザングラソードでサルブラザーを両断した。サルブラザーのアバターチェンジが解かれる。
「抵抗しなければ、こんなことにはならなかったものを」
 ドンモモタロウは地面に倒れ伏す猿原真一を見ずに言う。
「それでも、桃井、この戦いには価値があった」
「あんたはおれに傷を残せてもいないが」
「それでもだ」
 猿原真一は口元を上げる。
「きみはきっと――迷っているね」
「ほう」
 ドンモモタロウと戦っていた真一には、ひとつの仮説が生まれていた。このタロウが本物であるとしか思えないこと。このタロウが本気で我々を倒しに来ているということ。何より、獣人たちが私たちドンブラザーズと桃井タロウの戦いに加勢しないこと。
 すべての事実がひとつの結論を指し示している。
「きみは、」
 と答えを告げようとしたところ、
「何⁉」
 ドンモモタロウはギアを何回も回転させていた。まるで最後の戦いのときのように。真一は臨戦態勢を取ろうとするが痛みが邪魔してそうもできない。ドンモモタロウは振り向いて真一を切り捨てた。
 そのとき、耳元で、あんたにも、こんなことしたくはない、とドンモモタロウが呟くのが聞こえた。どういうことだ、と思うより先に、猿原真一の意識は暗転した。
 縁側に冷めた緑茶を残して。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!