虚飾の戴冠 - 9/14

 獣人の森と人間界を隔てるゲートのほど近く。
 桃井陣はこれまでに起こったすべてのことに、干渉することもできず、ただ、観測していた。
 今回の獣人たち――そして桃井タロウは、正規のゲートを利用して渡っているわけではない。だからここには何も来ない。陣が見つけたバックドアを使えば、あちら側に渡ることは不可能ではない。
 だけれども陣は介入することをしなかった。
 世界が終わろうとしてなお。
 今更、この決断をした、息子に会って、何を話すことがあろうか。
 面会に来る者も、もういなくなるだろう。
 
「これで終いか」
 アバターチェンジを解いた桃井タロウは、ひとつ息をついて猿原家の縁側に座る。
「いや」
 そこに現れたのは赤、青、黄色――カラフルな傘をさした五色田介人――マスターであった。黒のシャツに、普段とは異なる黒の蝶ネクタイを合わせている。
 タロウは曇りひとつない空を見て答える。
「晴れているが?」
 今日は朝からずっと晴天で、今だって雨の降る気配は微塵もない。
「じきに降る」
 マスターは傘を閉じて、タロウの横に座った。ギアトリンガーを取り出して、構えることはなく右手に持った。そして、穏やかに言う。
「介錯が所望なら、あるよ」
「おれはあんたと戦いたくはない」
「君に止まる権利はあるのかな」
「ないな」
 マスターはギアトリンガーを置き、冷めた茶を手に取った。
「ならば解釈を。サービスだ」
 口にすると、やわらかな苦味が広がって、なるほどこれを淹れたものはきちんと温度を計っていたのだろうとわかる。
 マスターはこの状況から理解される、ひとつの結論を言葉にする。
「君は、誰も消してはいないね」
「消していないだけだ」
 タロウは即座に答えた。
 ザングラソードは次元を切り裂く権能を持つ。脳人たちは斬ることによって他世界にひとを送ることができる。ザングラソードの設定を変更すれば、ヒトツ鬼を人間に戻すのではなくて、人間をどこかに送ることもできるだろう。
 また、どうやったのかまではわからないが、獣人たちにもその権能を設定したのであれば、平仄が合う。
「そう説明すれば、君のお供たちもわかってくれたんじゃないかな」
「説明しなくてはならない理由がわからない」
「今の君なら、そうだろう」
 マスターはため息をつく。
「俺は、未来の君を知っている――まあ薄皮一つくらいの差だ。今の君も未来の君も、そう違いはないね」
『この世界の桃井タロウ』は記憶を漂白されて『普通の人間』として暮らしている。ヒーローではなくて。彼の願いであった、幸福を運ぶ、幸福を運ぶだけで成立する生活だ。
 しかし『この桃井タロウ』は異なる。
 これ以上の解釈はサービスの範囲を超える。
 タロウは湯呑みを置いた。
「先のことなど考えても無駄だ」
「君らしくていいと思うよ、桃井タロウ」
 桃井タロウは現在に生きるものだ。そうでなければ彼のようなスタイルのヒーローにはなれない。
 マスターは庭の木々が風に揺れるのを眺める。もうこの世界にはいない、庭の主はおそらく、このような時間を楽しんでいたのだろう。
「それで、これからどうするんだい」
「この世界を獣人のものとする」
 タロウはそれが自らの使命であるかのように口にする。
「君が望むなら、実現するだろうね」
「当然だ」
「結末も、知っているだろうね」
「――当然」
 なら俺に止めることはできないと、マスターは言う。
「まあ、君の権能は所詮『ここ』に留められている。だから獣人にこの世界を与えたところで問題はない。本を破られては物語の登場人物にはなす術もないけれども」
「何を言っている」
「こっち側への説明だ」
 目線をまっすぐとどこかに向けるマスター。タロウはそれを無視する。
「ほんとうなら、こんなときのためにドンキラーがいるんだけどね」
 マスターは上を指した。
 上というのは空で、空の向こうではドンキラーたちが戦い続けている、らしい。
 ドン家の作成したセーフティーネットは、ドンモモタロウの『暴走』を止めるためにあるはずだった。
「ドンキラーとドンキラーキラーは、この事態を認識していないみたいだ。命令しなきゃ動けないから、あれらは」
 そして今の俺たちに命令権はない。
 マスターは立ち上がる。カラフルな傘をもう一度開いて、桃井タロウに相対する。
「君が世界を火にくべるというなら、俺に止める術はないよ」
 マスターは縁側に置いてあったギアトリンガーを手に取り、銃口を自らのこめかみに向けた。そして、視界を遮るように、マスターはタロウに向けて傘を広げた。タロウは待て、と言う。
 それを無視するマスター。
「でも、これは、君の本当の望みなのかな」
 じゃあ、次会うことがあれば。
 軽い銃声。マスターは傘のみを残しこの世界から消え失せた。

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