宇宙の果てのランチタイム

 二〇五〇年、火星。
「きみ、火星ははじめてかい」
遠くで爆発音が聞こえる。おそらく隕石が落ちたかミサイルが落ちたかしたのだろう。酸素が供給されているドームの中、地下に逃げようとする人々を横目に、ふたりの男がやってきて、ブルーシートを地面に敷いた。
「わたしは星の海を泳いだ神だ。太陽系の惑星など取るに足らない」
ひとりの男――ロキはまるでそれが当然であるかのように言う。
「で、結局はじめてなんじゃないか」
そしてもうひとり――メビウスは荷物を片付けながら茶々を入れる。
「今から壊れる星だがな」
ロキの言葉の通り、この火星はもうすぐ崩壊することとなる。
火星、終わりゆく時間のひとつ、分岐イベントは『銀河ハイウェイ計画で地球ではなくて火星が壊される』こと。
「後何分だ」
「ええと、二十分」
「ランチは」
「手短に行こう」
ロキとメビウスはランチパックを鞄から取り出す。透明なプラスチックでできたそれは、食堂でテイクアウトしてきたものだ。それから赤い缶に入ったコーラを。
「せっかく終末まで来たのになあ」
「それでもあのラウンジよりはマシだ」
彼らがかつて追っていたロキの変異体のひとり――シルヴィは世界が終わる瞬間を渡り歩いていた。そこにはどんな分岐イベントが起ころうとも些事であり、TVAの目が届かないからだ。
ならば、こうも考えられないだろうか。
TVAの時間秩序から逃れたいならば、誰だって、世界の終わりに行けばいい。
「アスガルドには豊かな食事があった」
ロキはランチパックを広げる。中には、チキンサンドと小さなサラダが入っている。『豊か』からは程遠い食事だ。
「朝食からフルコースだったりしたのか?」
メビウスはサラダボウルセット、極めてヘルシーだ。
「少なくともスープとサラダとパンと主菜とデザートと食後のドリンクはあったぞ」
「非常に健康で文化的だ」
TVAは時間を大切にするからね、とメビウスは言う。
「時間を大切に。なるほど。ランチの時間まで切り詰めるのか?」
時間は有限で、できるだけ効率的にはたらかなくてはならない。職員たちはそう教育されてきた。変異体ヴァリアントを効率的に剪定していくために細やかなシステムが構築されている。ランチの時間も同様で、基本的にひとり、複数名の場合でも情報交換くらいにとどめるようにとされている。
でも。
そんなのって退屈じゃないか、というのが、ロキである。
だから、このランチタイムの提案をしたのはロキの方だった。最初は。面白そうだから、と言う。メビウスとしても静かなラウンジにばかりいるのはつまらなかったし、時間軸を乱すことはないから、了承した。
そうしたらこの終末ランチが実現したわけだ。
「まあでもとりあえず乾杯といこうじゃないか」
「何に?」
「ひとつの時間軸に」
「それは御免だ」
「じゃあ何に?」
「あらゆる終末に。あるいはあらゆるランチに」
じゃあ乾杯、とメビウスは缶を開けた。炭酸が口の端でぱちぱちと音を立てる。
ロキも同様に開け、軽く掲げてみせた。
メビウスはサラダにドレッシングを掛け、フォークでかき混ぜる。
「またぼくのサラダをめちゃくちゃにしないでくれよ」
「隕石が落ちてこないように祈ることだな」
「今度は隕石を司る神になったのかい?」
今はまだ、そうじゃない、と答えながらロキはチキンサンドを頬張った。最上級とまでは言わないまでもこれまでの人生で味わった最悪からは程遠い。要するに普通のチキンサンドだ。
「うまいか?」
「まあまあ」
「宇宙の終わりがスパイスになるとか言うと思ったんだけど」
「そう思っているのはお前だろう」
「そうかな?」
地響きが近づいてきた。メビウスは缶が倒れそうになるのをあわてて押さえる。ロキはチキンサンドを一気に口に放り込む。どうやらこの火星もそろそろおしまいのようだ。そしてランチタイムも。
もうドームに人影はない。地下に避難したのだろう。それでも彼らが助からないことはふたりともが知っている。正しいタイムラインには存在しないのだから。
金色の扉が空間に投射される。
メビウスとそのお気に入りフェイバリットはタイムドアを通ってTVAに戻る、規律の支配する時空に、多少の混沌をもたらす彼らが。

2021-07-16

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2025年11月21日