そう面倒なこともなく今日の運転代行は終わった。アヤセはTRへとハンドルを切る。外が凄まじく暑いということ以外は、何の支障もない依頼であった。この車が溶けてしまうんじゃないか、とか考えてしまうほどには。
車から降りて、足早に玄関へ向かう。一瞬の日光すらも眩しくて、肌を焼くには十分だった。扉を開ければ、決して十全とはいえない冷たさの空気の中から、のんびりとした声が聞こえた。
「おかえりなさい、アヤセさん」
手に持った銀色の機械から目を離さずにシオンが答えた。
「アヤセさんが一番乗りですね」
「他の奴らもこの暑い中大変だよな」
こんな時に限って外回りの依頼が来たりするのである。車の中にいるだけまだましなんじゃないかと、今朝ドモンに言われたものだった。
「僕の方もなかなか終わりませんね」
そう言うシオンは懇意にしている町工場からの機械修理の依頼を受けているそうだ。大体のものならさっと直してしまう彼だが、今回の故障には少々苦戦しているようだった。
コードをてきぱきと繋いでいく指は、機能的でうつくしいものだ、とアヤセは思う。美術館に飾られる作品というよりは、走るために特化されたレーシングカーのデザインなど、そちら側に似た美の在り方である。
荷物をロッカーに片付け、冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。グラスを二つ、そして氷もたくさん入れて。
「お前もな、この部屋そんなに冷房効いてないんだから」
ひとつはシオンの机の上に置いてやる。
「そうですね、ありがとうございます」
シオンは両手でグラスを持って、冷たくて気持ちがいいですね、と言った後、麦茶を飲んだ。そして再び作業へ戻っていった。
アヤセは麦茶を一気に半分まで飲んで、机の上に置かれていた新聞を眺める。大したニュースはないようだった。向こう側に目を遣れば、シオンは相変わらず機械と格闘している。ページをめくる音と部品類の触れ合うカチカチとした音だけが響く束の間のリビングの平穏を、アヤセは悪くないものだと感じた。
2014-08-03
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