The tree of our lives

それだけ?
それだけ。

チャールズの言葉に、スコットは少々驚かされた。
「事故とはいえ、敷地を破壊してしまったわけなんですけど」
「だから、そんなに気になるなら、代わりの木を植えてくれればいいよ」
兄アレックスに連れられて、ここ――『恵まれし子らの学園』にやってきたのは、つい最近のことだった。お前と同じような、ひととは違う力を持ったやつがたくさんいるんだよ、と、アレックスに言われて、最初は信じられなかったけれども、入ってから三歩も進めば信じざるを得なかった。きみの力を見せてみてくれ、と、目を開けてみたら、おおよそ、木が消えていた。それだって後から知ったのだ。見えなかったから。やったことは目を開けて閉じるだけで、どちらも何も見えないという意味では同一だが、世界に与える影響は格段に違った。
チャールズはなにも気にしなくてもいい、とは言うのだけれども、一応謝るべきだろうと行ったら、先の提案をされたのだ。彼は父よりは年下で、きっと兄よりは年上だ。最初に出会った時は見えなかったけれど、見えてからも印象は変わらない。会ったことのないタイプの人間だ、と思う。
その証拠に、敷地の一部を吹っ飛ばしたのに、怒る素振りも見せない。
「代わりって」
「何がいいかな。きみに好きな木はあるかい」
好きな紅茶は、というのと同じ調子でチャールズは聞く。
特になにも、と答えようとしたとき、なぜかひとつの名前が脳裏によぎった。
「オークとか」
「それならそれで」
手配しておくよ、確かにリフォームすべき時期だったしね。庭を。
「……ありがとうございます」
「何十年かすれば大きくなるだろうし、きみもきっとそのときには今よりもっと成長している」
私はそれを素敵なことだと思うよ、と、言うチャールズの穏やかな笑顔を、かつてよりも赤色に寄った視界から見る。

チャールズの言うとおり、そう気に病むことないって、と、アレックス。
「まあそうだろ。オレたちだって昔は建物ふっ飛ばしたり地面えぐったりしてたわけだし」
年の離れた兄は、スコットの知らない間にそんなことになっていたらしい。苗が届いたからと呼び出されたところ、帰りに出会ったのがアレックスだったのだ。事情を話したら、面白がったのかついてきた。
「そうなんだ……?」
「お前がさっき話してたあの子、ジーンだってすごかったぜ?彼女が来た夜、何が起こったと思う」
スコットが答えあぐねていると、アレックスはなぜか得意気に、
「学園にいるひと全員が三センチ浮いたよ」
寝ている間に、きっかり三センチずつ浮いてしまうひとたち。安っぽいオカルト映画みたいな光景を、なんとなく想像できてしまうのも、ここに慣れてきたからだろうか。そんなことくらい、あるんじゃないか、と思えてしまう。
そんなもんなんだよ、とアレックスは続けて、
「万が一外に見つかったら、チャールズがこう、ちょこっと」
こめかみに指を当てる、チャールズのたまにやる『あれ』を真似する。なるほど、ここが平和なわけだ。

このあたりでよいだろうか、と、芝生のうち、樹木のあまりないところを選ぶ。遠くにフリスビーをやったり、テレポートをしたり、高速移動をしたりしながら遊んでいる仲間たちが見える。天気がいい日にはよくあることだ。
持ってきたシャベルを地面に突き刺す。芝生がめくれて、土が露出する。苗を植えるには、それなりの深さまで掘らなくてはならない。黙々と作業を続けていると、アレックスが切り出した。
「そういえばさ、家にもいくつか木があったよな」
想起されるのは、少しばかり遠い思い出になってきた家のこと。両親がいて、自分の部屋があって、小さな庭のある家のこと。
「そうそう、ぼくらが生まれた時に一本ずつ庭に植えたんだとか聞いて、驚いたよ」
子供が生まれた時に、同じ年月を数えるようにと、木を植えたのだという。もちろん、人間よりもゆっくりと成長するから、まだ大したサイズではなかったけれども。お前たちが親になるような頃には、立派なものになっているんだろうな、と、父が語ってくれた。だけれども、いつも気にかけるような種類のものでもなく、日々の花の世話などの中で、少しずつ忘れていってはしまったもので。
「えーと、イチイだったか」
「オークだよ」
「お前はカエデ」
「どうしてぼくのは覚えてるんだ、自分のは忘れてるくせに」
だってかわいい弟だろ、種類だってオレが選んだんだぜ。得意げなアレックスに、スコットはシャベルの手を思わず止める。
「それ初めて聞いた」
「言ってなかったっけ。弟が生まれたっていうから、じゃあどんな種類がいいって、季節によって変わるのがいいなあって思って、カエデに。父さんはどうしてもポプラがいいって言うんだけどさ、それってちょっと可愛すぎるだろう。」
「そうかな」
そう、カエデだった。格好いいかはわからないけれど、寒くなってくる頃には真っ赤になって、それから葉が落ちる。どんなに小さくてもそれには変わりがなくて、結構好きだったのを思い出す。あれも大きくなってるだろうか。学園の庭にある大樹たちにはかなわなくても、通りすがりのひとたちの目を休める程度には。
「でもアレックスが選んでくれてたんだ、そうか」
アレックスの方を見ると、どことなく眩しくって、きっと明るい陽の光のせいだと、そういうことにしておく。

「これでいいかな」
まだ膝丈ほどもない苗木が、きっちりと地面に収まって、かすかな風に揺れている。吹っ飛ばしたときのサイズまで大きくなるには、まだまだ時間もかかるだろうけれども、そのときには、自分もそれなりの人物になっているはずだ。
スコットは故郷について考える、両親の植えた木を、兄の選んだ木を。植えてから十何年かしか経過していないから、まだ幼い木のことを。だけれども、これよりは大きい木のことを。落ち着いたら、長期休暇に里帰りするのもいい。彼らは喜ぶだろうか。アレックスも連れて行こう、なかなか帰ってこなかった彼も。一緒に。おみやげは何がいいだろうか。ショッピングモールも遠いのに。その前に手紙を書こう。友だちもできたって、写真も送ろう。それから。
「ばっちりじゃないか」
アレックスが考えにふけっていたスコットの肩を叩く。こんな風に接するのはいつ振りだろうか。そのときはお互いに幼かっただろうけれども、積み重なった年月なんてなかったかのように自然だった。
「よし、カフェテリアにでも行こうぜ。あそこのコーヒーメーカーで、二倍は美味しく飲める裏技っていうのがあってさ」
なにそれ、と笑うスコットに、アレックスはちょっとした、ほんとうにちょっとしたことなんだけどな、と答える。まずは一杯のコーヒーから、ぼくらの時間は縮まっていく、そしてそのうち、この苗だって立派な木になるのだ。

2017-06-25

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