I must be with you - 1/7

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今日も殺せなかった。

ニューヨーク、マンハッタン、あまねくスーパーヒーローたちとヴィランの遍在する、アメリカで一番騒々しい都市。石を投げれば人外か、ヒーローか、鍛えているだけの一般人に当たるのではないかと言われているほど物騒な都市。一般人を標榜しながらも、いつ放射能の影響を受けたり、蜘蛛に噛まれたり、テリジェンミストの影響を受けてヒトから外れても仕方がないと思われているようなこの都市。
その片隅に、今アメリカで、というよりも世界で、一番憎まれているであろう人物が住んでいるだなんて誰が考えるだろうか。
エリック・レーンシャーは窓辺で夕日を眺めている。大人がふたり住めば十分すぎるほどに面積を圧迫する程度の部屋だ。それだってこの街では貴重なのだ。
窓の外には平和な人間たちと、遠くに爆発と、飛んでいくなんらかの飛行物体と、それから光と。誰だかわからないけれど、誰かが何らかの事件を解決して、それはこの街にとって日常にすぎない。
明日も、ヴィランが『悪事』を働いて、ヒーローはそれを『解決』する。それがこの街の秩序なのだ。昨日もそうだった。何年たってもそうなのだろう。
おそらくは。
海に向かって日は降りていき、夜をもたらし、ヴィランの闊歩する日常を顕現させるのだ。ビルの群れに囲まれて、街の中からじゃとてもじゃないけど見えやしないけれど。暗くなることは誰にだってわかって、暗闇は新たなフェーズへと街を移行させる。
ヒーローは被害を防ごうとし、ヒトは死に、行政は傍観し、市民は無視し、誰もが自分の役割のみを果たしながら生活するのだ。その街の中に、かつてヴィランと呼ばれ、今でもそう名指されても仕方のないけれども、少なくともかつての有り様とは違う、そういったものとして、ここに在る。
私も憎まれているのではあろうが、とエリックは想起する。それだけのことをしたのだ。誰に対しても。しかし、今一番憎まれているであろうミュータントは――なんなら、身内からでも――というのは、エリックではない。
空高く昇り、世界平和を標榜し、世界に不和をもたらし、『父』を殺した火の鳥の宿主。
星を堕とし、仲間を蹂躙し、それでも存在すべき未来へと自らを駒とした若き反英雄。
X-men創設メンバーであり、創設者からの信頼もきわめて厚かった、元リーダー。

スコット・サマーズがここにいる。

彼はまだ眠っていて、今日は安らかな夢を見ていて、目を開けなければ全く脅威ではない、ただの人間と同じくらいの存在でしかない。
つまり意識する前に殺せる。
たとえばマンハッタンすべてのビルの鉄骨をもろくすれば、全員とはいえないけれども大半は一瞬で殺せるだろう。若い頃なら簡単にできただろうし、たとえ今だろうとも不可能ではないラインだ。ましてやここにいるのはひとりなのだ。ひとりきりの無害な人間なのだ。目を開かない限りは。息を吸って、吐く前に、殺すことができる。
そして殺す理由も十二分にここにはある。
バイザーを外して、白いリネンにくるまって、寝息を立てている彼を、肉塊に変える権利がエリックにはある。ベッドは金属でできている。それはエリックがなんだってできることを表す。ステンレスで杭を作って刺せばいい。鉄でロープのように絞めればいい。あるいは窓から投げ捨てたっていい。それらを一切手を動かさずに、実行することが可能なのがエリックである。それらの行為を他人に対して行ってきたのもまたエリックである。彼らはみな死んだ。違った罪状で、違う絶望の中で、同じ死を迎えた。
それらに対して後悔はない。だから、これに対しても後悔なく実行されるべきだ。べきなのだ。
自分の殺すべき相手を殺されたので。同胞を殺されたので。友人を殺されたので。いくらでも罪状は付け加えられて、彼はそれを拒否することなんてできない。拒否なんかさせない。目の前で行われた殺人を、どうやって否認することができるだろうか。罪状は『正義の味方』たちも認めていて、彼らは正義の執行のために、彼の引き渡しを要求する。当然のことだった。
エリック・レーンシャーは正しく死刑執行人だった。理由はあった。能力もあった。運命が有罪を宣告し、死刑執行人を選ぶならば、彼しかいなかった。
ただ実行できなかった。
実行できない理由を彼は知らない。知りたくないからだ。知りたくないまま今日も日は落ちて地球の自転とともに新しい日は昇り、同じことに思い煩い、そうしてまた日は沈む、それだけの日々を送る。

マンハッタンには多くのスーパーヒーローがいて、ヴィランがいて、たくさんの『一般人』がいて、マグニートのことは、誰だって知っているだろう。それでも、エリックのことを、誰も知らない。エリックがここにいることを、誰も知らない。
ましてやスコット・サマーズのことを、誰も知らない。
だからこの思いも、誰も知らない。
なぜなら世界最高のテレパスはもうこの世にいないから。不躾に他人の心に踏み入っては勝手な救済を与えようとする存在も、すべての人間の平等を実現するために自らを供犠として生きる存在も、いないから。

知られないまま思いはこぼれて形にならずに沈んでいく。心の奥底に沈んでは積もり積もって同じ言葉を何度も思い出させる。

今日も殺せなかった。
きっと、明日も、殺せない。彼を。

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