目が醒めるとやわらかな炎が頬を撫でているのがわかった。絹糸のようなそれらは肌を傷つけることも熱さを与えることもない。上質な絹糸で織られたようななめらかさを持つにもかかわらずそれは炎。なぜそう感じられるのかというと、布と呼ぶには鮮やかな朱色をしているからであった。上を見れば空があり、下を見ても空がある。わたしを乗せる炎は飛んでいるのだった。風は強い。雲ひとつない青空を駆けてゆく炎はわたしを取り落とすことはなかった。
やがて炎が大きな鳥の形をとっているのだということに気がついた。
平たい炎には翼があって、ゆるやかに羽ばたいている。
見渡せばひとびとが横たわっているのがわかる。みながみな同胞であり、敵であったものも味方であったものも、あるいはそのどちらでもあったものたちもいた。わたしの他には誰も起きる気配を見せなかった。鳥はゆっくりと、しかし確実に進んでいく。わたしはおそらく、その名を知っている。
その名がすぐに出てこなかったのは、そいつはいつもわたしを翻弄し、人生をめちゃくちゃにしてくるものだったからだ。こんなやさしいはずがないのであった。破壊的な、絶対的な、空から降る隕石のようなそれ。わたしをわたしではなくするけれども、わたしの一部であって、わたし以外の何物でもなくなって、世界をどうにかしてしまうだけの力をもつそれ。
「フェニックス、あなたはどこにわたしたちを連れて行くの?」
だからわたしは炎をそう呼ぶ。
フェニックスはテレパシーで答える。ひとの言葉を解するほどに賢いことも、経験上知っている。
「わたしはどこへでも行くだろう、あなたの望む全てへ。わたしはあなたの知るそれの、遠くはるかな残骸で、宇宙をこの手に入れることなど、とうの昔に飽きたそれ。時空の果てから逆算した、最後の救い。だからせめて、あなたの望む全てを、ここに用意しようとしたのだった」
今までにない穏やかな声だった。
なるほどそれは嘘偽りのないことなのだと、わたしには理解された。お互いに嘘は通じない、心の底につながる通路の、向こうに見える暖炉の灯がそれを担保する。
「罪滅ぼしのつもりなの?」
「わたしに罪はない。あなたと同じように」
フェニックス、あなたはただの力そのものであるのだろう。わたしたちにとっては。でも、力としてのみ扱われるこの世界なんかに、いないほうがよいのだろう。
「わたしはなにもいらなくて、ただ元の場所に返してほしい」
「何故?」
「そう決めたから、ずっと昔に、あるいは明日に」
わたしはジーン・グレイ、フェニックスであったこともあるけれども、普通の人生を送る、普通の人間なのだ。
やわらかい炎はそれきりなにも言わなかった。ぼんやりとしているうちに、わたしはあたたかな毛布の中で朝日を見ることとなった。世界もなにも変わらなかった。
しかしあれはほんとうのことだったのだ。それからずっと、わたしが夜に見る夢に、冷たさはひとさじもなかったのだから。
2020-01-11
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