アルバイトでもすればいいのだろうか。できるならとっくにやっていた。
せっかく高値で買ったのだ、ヒーローの能力をいくつか使って強盗でもすればいいんじゃないかという考えもなくもなかったが、他人を傷つけてまで生き残ろうとは思わなかった。おれはセントラルストリートを歩きながらぼんやりと考えていた。まあこれだけの額があれば十分だともいえる。多少心もとないが、こうやってヒーローのふりをしなければこれだって手に入らなかったわけだ。
せっかくなら最後においしいコーヒーでも飲もうじゃないか。
セントラルストリートの5つ目の角を曲がると、落ち着いた小さなカフェがあることを知っている。最近ではちょっと高いので行かなくなっていたが、今日くらいはいいだろう。
思えばこの数ヶ月さまざまなことがあった。インヴィジブルエアを捕らえるときが一番緊張した。なんせ相手は姿を消せるのだから。しかし美術館の警備の状況を知っていたから、監視カメラを操作したり警備員の通信を混乱させたりして追い詰めることができた。
信号は赤、青に変わったら交差点をまっすぐ進む、そのはずだった。
だけれどもおれは見てしまった。
向こう側からこっちに信号で停まる気もなく突っ走ってくる車そ、そしてその先にひとがいることを。このままだと大惨事だ。
あのときのおれなら、きっと、何も考えずに走ったことだろう。
この前までのおれなら、自分だけでもと逃げただろう。
今のおれは――
やれるかやれないかで言ったら、やれる。
おれは『服を着た』。まずは左足のディファレンスエンジンの多次元干渉能力を使用して隣の世界に移動し、事故の様相を見渡す。車は一台、その先には三人の大人と二人の子供、そして驚いてブレーキを踏みそうな運転手。現在現世界に戻り、右足のファストパスの高速移動でひとを安全な場所に移動させる。運転手を連れ出すのは大変だったので、シートごと外した。右腕のマグネティックマスターの磁力操作で車を止めようとするが、『ほんもの』ならともかくこの重量でこの速度で移動している物体を今持っている能力だけで停止させることはできないようだったので、左腕のミスターライトニングの能力を発動させた。光を集めて、形にする力。おれの半径一メートルから光が消える。その代わりに左手のうちには光の盾がある。減速させた車の前にその光の盾を置く。ガードレールぎりぎりのところで車は停止した。
全部の力を一度に使うのははじめてのことだった。
だけど、どうにか、どうにかなったみたいだ。
周りから拍手の音が聞こえる。街ゆくひとたちが立ち止まっておれのことを見ているようだとようやくわかった。警察が来る前に早く逃げなくちゃ、と思ったところで、ひとりの女性がおれのところに駆け寄ってきてこう言う。
「助けてくれてありがとう。ところで、あなたの名前は?」
「おれは――」
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