今日、あいつが死ぬらしい。
腕に嵌めた携帯端末のホログラム画面に映し出されているのは、ポップな色彩に彩られた雑然としたゴシップばかりだけれども、トップを飾るのはジェームズ78の現在の様子だ。手枷と口枷をつけられ、処刑場まで警備に囲まれながら歩いている。宇宙的な指名手配犯がようやく処刑されるとあって、注目度はかなり高いようだ。チャットのコメント欄も盛り上がっている。
『ようやくこれで安心して暮らせる』『さっさと死ねばいいんだ』『ちゃんと罪を償え』
おれはアカウントを開き、メッセージを投稿しようとした。でも、できなかった。この空気で、何を言えばいいのか、分からなかったからだ。
ホログラムを閉じる。端末の下の腕がかすかに痛む。外すとそこには何かが擦れたような、線状の傷がいくつか残っていた。もう治りかけていて、シャワーを浴びても問題はない。
この傷がついたのはあいつのせいだ。
この傷があっても生きているのはあいつのおかげだ。
ブレイキングニュース、今ジェームズ78が刑場に到着したとのことです。
テロップが流れる。
おれは顔を洗う。歯を磨く。外に出るためだ。刑場の抽選はもう終わっているから入れない、それを知ってなお、少しは近くにいたいと思ってしまった。
なぜだろうか。
知人ではない。縁はあったが。
味方でもない。助けてくれたが。
善人ではない。
悪人でも、たぶん、ない。
あいつを助けてくれと、世界に叫んで、なんとなるのか、わからないけれども、きっと、彼なら、そうするだろう。おれはホログラムをもう一度開いて、自分のアカウントでコメントを残した。『本当にみんな、こいつが悪いと信じているのか?』
このコメントは運営によって数秒で消された。市民ランクがBからCになった通知も来た。
おれがジェームズ78と出会ったのは、拘置所へと運ぶ輸送船の中だった。
まったく、どうしておれがこんな目に。おれは買い物の途中に万引き犯と疑われて連行されてしまった。抵抗すると即座に射殺される可能性があるので、とりあえずおとなしくついていったら、輸送船で二人一組になり隣のやつの手錠で繋がれてしまった。利き手ではない左手のほうでよかった、と思う。なんでも、脱走防止のためらしい。こんなところだけオールドなのが、メトロン星系の悪いところだ。
おれの隣にいたのは金色の髪に青い瞳、身長は割と高めで、認めたくはないがわりとかっこよくて――あれ? どこかで見た気が……
「って、おまえジェームズ69じゃん!」
「今はジェームズ78な」
まあ、その番号も国が勝手につけてるだけだけどよ、と、明るく笑うこいつは、宇宙的な指名手配犯だ。なんでも、さまざまな星を破壊し、我がものとし、独自のネットワークを作り、メトロン星系の一部を掌握していたという。名前の後についている数字は、彼が壊した星の数だ。
「なあクリス、仲良くやろうぜ」
「は?」
「あ、どこで名前を、って面してんな。市民番号データベースを照合すればすぐわかるぜ。この前ハッキングしたから覚えてた」
市民って、何人いると思っているんだ。それを全部覚えていた? 並の記憶力ではない。
輸送船に窓はない。見張りは大勢いる。
「お前の腕を落とせば逃げられるが――」
とジェームズ78が言うと、見張りの一人がこちらを睨んだ。
「おいよせ」
「そんなことするわけねえだろ、オレはひとを殺さないし、そもそも量子キーでしかこれは外せない。ひとの腕をぶら下げながら歩くのはごめんだ」
とか言っていたのに、こいつは、普通に脱走した。
当然、手錠に繋がれた、おれも一緒に。
事前に打ち合わせをしていたわけがないので、おれはジェームズ78が見張りを倒して壁にしか見えない扉を開けて脱出ポッドに乗り込むのを呆然と見ていた、ようなものだった、おれも必死に走ったりしゃがんだりときにはジェームズ78に振り回されたりしたんだけれども。
そのあとはストーリア星系にほど近いマンガラという星に降り立って追手を撒いた、と思ったら捕まりかけたり、唯一量子キーを解除できると言われている宇宙一の鍵開け職人エレーナのところを訪れたら今後百年はこの拠点を離れていると知ったり、どうにかしてこの手錠を切ろうとなんでも溶かすと言われているミラボーの炎に近づこうとして危うく焼けかけたり、軍事独裁政権のゴ―ドレス星に潜入したりもした。
相変わらず手錠でつながったままだったからどこでも相当怪しまれたが、ずっと手を繋いでいるなかよしの二人組だということにしてなんとかごまかした。宇宙は広い。メトロン星系のような辺境の地の指名手配など、逃れることもできるだろう。
でも、手錠がついている状態でジェームズ78がおれを引っ張るせいで、左手首には傷がついた。ジェームズ78はこのくらいの傷なんか気にするなと言った。
「痛いのはこっちだからな」
「オレだって痛いさ」
そう右手を掲げるジェームズ78の手首にも手錠が擦れた傷があって、おそろいみたいで妙に笑えた。
惑星レムの屋台で、クリアウナギの串を食べながら、おれたちは次に行くところの算段を立てていた。そうしていたら、柄の悪い男が子供からりんご飴を巻き上げようとしているところに行きあってしまった。ジェームズ78はおれを引っ張ると、そっちに向かい、ためらいなく男を蹴った。それから、左手で子供の手を取ってそそくさと人混みの中に紛れた。
「怪我はないか?」
うん、と言って、子供は立ち去った。
「あんた、意外といいやつなんだな」
「いいやつもなにも、オレはいいことしかしてないぜ」
「は?」
「オレが78って呼ばれるようになった――ミラトラス星系の主星ぶっ壊したの、あれメトロン星系のマフィアのマネーロンダリングに使われてた星だからだし、そもそも最初の万引きだってスラムのガキに肉食わせるためだぜ」
意図しないところではあるが、こいつとはそれなりに一緒に過ごしてきた。でも、そんな身の上話を聞くのははじめてだ。
「じゃあそう言えばいいじゃないか」
「誰もオレの言うことなんか信じてくれないだろうよ、メトセラ出身の人間のはなしなんか」
「そう、だったのか」
もっと早く、気付いてもよかった。くすんではいるけれども、金色の髪に青の瞳。千年前からの罪人の流刑地メトセラの証。そこで生まれた二世やその子孫たちにに罪はないことは誰もがわかっていても、いまだに差別感情は根深く、特定の職業につくのを制限されている星もあるという。
「現に、今言ったこと、信じてるのかお前は」
「それは……」
「まあ、そういうことだ」
「でも、こうやって話してくれたじゃないか」
「ここで会ったもなにかの縁、ってことじゃねえか?」
おっと、見張りだ。ジェームズ78は遠くをみはるかす目を持っている、おれはもうそれを疑ってはいなかった。
だがこんな逃避行も長くは続かなかった、メトロン星系の警備隊はどこまでも追ってきて、おれたちを追い詰めた。
最後に彼がおれに言ったのは、
「アンタはオレに脅迫されてた、そういうことにするからな」
じゃあ、ありがとよ。
警備隊は量子キーを簡単にはずしてしまった。おれたちはようやく離ればなれになることができて、おれは事情聴取の後に家に帰された。
それから一週間も経たないうちに、あいつが処刑されるのだと、ニュースで見た。
処刑の瞬間は残酷だということで公共の放送では流されない。もちろん、裏ネットワークには流れるが、そこまでして、縁あったものが死ぬのを、見たいわけではない。
メトロを乗り換えて数駅、トリトン広場の真ん中に処刑台がある。機械は大仰だが、やっていることは古来から変わらない電気椅子だ。
おれはそこに近づくことすらできない。大勢の人がひしめいている。カウントダウン、三、二、一。
静寂。
花火が鳴り響いた。色とりどりの光が夜空を彩る。熱狂した人々の中で一人、おれは立ちすくむしかなかった。これは本当によいことだったのだろうか? あいつは真実を口にしていたのだろうか? それともおれの同情を引くための嘘だったのだろうか? わからない。わからないけれども、おれとあいつが時間を過ごしたのは本当で、その証拠に乾いた傷がまだ,ある。
今日、あいつが死んだらしい。
おれはまだ生きていて、この傷も、いつか治る。
2023-03-13
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