対向車線の信号は青

別アースの自分スコット・サマーズに出会うのはそう珍しいことではない。つい最近だって別アースの若い頃の自分と会った。気のいい青年だった。年齢が違うなんてそんなの些細なことだ。アースによっては人間じゃなくて動物だったり、自分には経験がないが性別が違ったりすることだってあるらしい。
それにしても。
それにしてもだ。
この自分スコットはなんだかいつもと様子が違う、とスコット・サマーズプライムアースの自分は思った。
「あの、もしかして、ぼくスコットなんですか?」
曰く、突然雪山のど真ん中に落ちてきてしまい、訓練中の学生たちが見つけてきたのだという。世界間移動をしてしまった理由は現在調査中。『彼』は朝起きて授業に向かおうとしていたら急にこんなことになってしまったのだとかいう。
もとの世界に戻れるまではここにおいてやる予定だ。
スコットは『彼』と一緒にゲストルームにいた。丁度ほかの教師たちは授業中だったから、自分が対応するしかなかったのだ。
『彼』の年齢はこの前会った若い頃の自分ヤングスコットよりもすこし上くらいだろうか。
革のジャケットに赤いサングラスをしている。
実に自分らしい。
「ああ、別アースの自分に会ったことないのか?」
「そういうことがあるってはなしは読んだことあるけど――ほんとにいるんですね、別世界のぼくスコット・サマーズって」
その×マークのついたマスク? みたいなのかっこいいですね、と言う彼は、当然ながら声だって多少若いものの、自分と同じだ。
よく覚えていないけれども、若いころは自分だってこんな雰囲気だったはずだ。
若くて、理想を信じて、平和のために戦うことに、迷いのなかったころ。
なのに、この違和感は、なんなのだろうか。
エマが淹れてくれたあたたかいコーヒーを飲みながら、彼は言う。
「別の世界に来るのはじめてなんで、なんか、どきどきするなあ」
「じきに慣れる」
ありがたいことに、エマは自分にもコーヒーをくれた。一杯淹れるのも二杯淹れるのも変わらないどころか、一度に作ったほうが味が安定するのだという。氷のような白の女王ホワイトクイーンには似つかわしくないような、あたたかなコーヒー。
雪山にはろくに娯楽がないんだから、せめておいしいものを食べないと、と、やたら高価なコーヒーメーカーを買ってくれた。
彼はこんなコーヒー飲むのはじめてだなあとか言いながら、基地を眺めていた。
「じゃあ、別の世界に行ったことがたくさんあるんですか?」
「多くはないが、たまには」
実際には、別世界に行ったり、何らかの能力者や敵に世界が書き換えられたりすると、気付かないことも多い。自分の記憶の曖昧さは、日々変化する多元宇宙マルチバースに生きていると実感させられる。
彼は年若いこともあり、どこかそわそわとしていた。それから、手持ち無沙汰なのか、この世界プライムアースについていろいろと尋ねてきた。

ここでもミュータントは迫害されているのか? 残念ながらイエス。
ぼくたちは平和のために戦っているのか? ためらいながらもイエス。
よい人間だっているんじゃないのか? たとえばキャプテン・アメリカとか――そのはなしはやめてくれないか。
未来の自分に――恋人はいるのか? まあ、そうだな――イエス。

そんなはなしをしていたら、不意に、こんなことばが口をついた。
「おまえの世界のチャールズは」
だけれどもすぐにわかった。考えなくてもわかるだろうこんなことは。こんなこと聞かなければよかった。どんな答えを望んでいるのだろうか。
生きている、死んでいる、学び舎でこどもたちを教え導いている、地位は失墜して行方など知れない。だとか。
こちらの思惑なんか知らずに彼は明るく答える。
「元気ですよ」
「そうか」
スコットは彼の声色に何かを見た。
というか何かを見なかった。
どうかしたんですか、ここのチャールズは、と問う声をスコットは無視した。
答えることができなかったからだ。答える資格を自分に許していないからだ。
なぜならこの世界のチャールズは。
この世界のチャールズは火の鳥フェニックスが夕日に見送ったからだ。そしてその火の鳥は――
ひとつ息をつく。
つまり、こういうことだ。
彼には存在しない、これまで出会ったすべての自分スコット・サマーズに共通していたものが、深く影を落としたものが、それより以前は太陽だったものが、きらきらと光る春の日が、あるいは永遠に続くような冬の日が。
「おまえは」
彼はきょとんとしている。それはそうだ。
「影を踏まずに生きていけるのだろうな」
チャールズ・エグゼビア彼の信じた世界のすべてに根ざさぬ彼は、自分とはきっと、違う道をゆくのだろう。それでいい。
それで、いいんだと思う。
彼に自分が教えられることはひとつもない。彼はここの学生ではなくて、自分なのだから。こうやってすこしばかりの時を共有するだけだ。
自分のコーヒーはとっくに冷めている。レンジに入れればあたためられるのだろうが、そうするまでもない。

2022-05-30

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