アンカー - 4/4

インサイドアウト

平凡な恋愛映画が好きだ。少年少女だったり大人だったり性別はさまざまだったりするひとたちが、なんか出会って、いい感じの空気になって、ちょっと喧嘩したりして、最終的にはハッピーエンドで終わるタイプの恋愛映画が好きだ。好きっていうより、見ていて楽なのかもしれない。だいたい起こるできごとの種類の上限が決まっていて、最後は笑って終われることが確約できているから楽なのかもしれない。もちろん現実の恋愛っていうのはそうもいかないってことは知っている。これはぜんぶフィクションだ。フィクションだから楽しい。そういう映画を見るのが好きで、今ならサブスクリプションもあるからいつだって見られて、難しいことを考えたくない夜には最適なものだ。
ウォッチタワーにいるメリットのひとつに、どこのテレビでもだいたいのサブスクリプションサービスが見られるということがある。このときばかりは国家権力万歳という気持ちになる。その特権をのびのびと楽しんでいたのも最初の三ヶ月くらいで、めぼしいものは見返し尽くしてしまった。いや、新しいものを見ればいいのかもしれないけれども、ぼくがほしいのは安心感のある展開だから、別に新しい作品を見たいわけじゃない。
そして見返しリストの最後を見終わったのが今だ。高校生のありきたりなラブロマンスで、特筆するべきところはないが、音楽はちょっとよかった。ソファに座りながら、クラッカーを口に放り込んで、若干薄くなったサイダーを飲む。うん、映画館みたいだ。なんとなく足の先がそわそわして、ぼくは見返しリストの二周目をするべきなのだろうかと思いながら足をばたつかせる。夜も遅いが真夜中ってほどでもない。キッチンに行けば誰かいるかもしれないが、料理をする元気はない。こんな時間にトレーニングルームなんて行ったら疲れて眠れなくなる。そんなときに行く、ひとつの部屋の選択肢が、今はある。

「……早くないか?」
ポップコーンとコーラを持ってジョンの部屋に向かったら、開口一番言われたのがそれだった。たしかにまだ二十一時だ。でもそんなことは問題じゃない、と、ぼくはすたすたと部屋の中に入って、デスクの上にコーラを置いた。ポップコーンの袋はなにも置いていないソファに。ぼくはふかふかのソファに座る。ジョンは何だ? と言いながらも隣に座ってくれた。
「見終わるころには眠くなってるよ」
「見終わるって何を」
「映画」
「映画?」
「サブスクで評判がいいけどまだ見てない映画」
ぼくはジョンに、携帯端末の画面のウォッチリストを見せてあげた。スクロールしながら、タイトルとポスタービジュアルの雰囲気を見たジョンは、
「ラブコメばっかりじゃねえか」
とぼやく。
「ジョンはどんな映画見るの?」
「あー、そんな、映画は見ねえな……」
大人になってからはめっきり、と続ける。
「それなら別に、これでもいいじゃん」
ぼくはウォッチリストの中から適当にひとつを指さした。
「どうせ今日も時間があるんだし」
「え、でも、なんでおれのところに? ひとりで見ればいいだろ」
「これまではひとりで見返してたんだけどさ、これははじめて見るから」
「理由になってないだろ」
とは言うがジョンがぼくを部屋から追い出すことはないし、ぼくがリモコンを操作して映画を再生し始めるのを止めることはないし、コーラを手渡したら受け取ってくれる。

その映画はニューヨークのオフィスを舞台にしたラブストーリーだった。主人公の女性は仕事ができるけど、あまりファッションには興味がない。そんな主人公のことが密かに気になっている同僚がいて――みたいな、どこかで見たことがあるようなストーリーだ。
コーラを飲んで、ポップコーンをつまみながら見て、三十分くらいが経って、主人公と同僚にフラグが立ち始めてきたころに、ジョンが、
「――お前、これ見てておもしろいのか?」
とか言ってくる。
「え、急に喧嘩売られた?」
「いや、自分で持ってきた割に、そんなに楽しそうには見えなかったからよ」
そうだろうか。自分の表情は自分ではわからない。そんなにつまらなそうに見ていただろうか。
「まあ、正直、おもしろくはないね」
「じゃあなんで」
「つまらなくもない」
それがぼくの正直な気持ちだ。おもしろくもないし、つまらなくもない、でも、
「感情をたくさん動かすのって、疲れるじゃん」
「そういうものか?」
平凡な恋愛映画が好きだ。よくできてなくたっていい。最後は物語の力でそれなりにハッピーエンドに見える映画が好きだ。明確に出来が悪いとハッピーエンドに乗れなくなるから、まあまあ評判がいい映画の方がいい。だから一番いいのは評判がいいラブコメを見返すことなんだけど、何回も見ていたら飽きてしまう。だから今日ここに来た。誰かと一緒に見れば、最低限の楽しさは担保される。
怪訝な顔をしているジョンを置いて、画面の中では主人公がはじめてのデートに向けて服を選んでいた。
「ほら、こういうシーンも、服を見ていたら楽しかったりするし」
「服に興味はねえな……」
「じゃあ画面上に色がたくさんあったら楽しいってことで」
「ほとんど自棄だろ」
とか言いつつもジョンは画面を見ながら、今のオレンジ色の服はいいかもしれないな、と呟く。

この映画は思っていたよりもおもしろくって、特に最後の方の告白シーンのセリフは、ベタながら心に響くものだった。紆余曲折を経て主人公と同僚が付き合うことになってハッピーエンド。ハッピーエンドというのは、それがハッピーなのかどうかが問題なのではない。それが作中でハッピーだということになっていれば、そしてそれを観客に納得させられればそれでいいのだ。
もうそろそろエンドロールだな、ってタイミングで久しく静かだった隣を見たら、クッションを抱えながらすっかりよく眠っていた。やっぱり退屈だったのだろうか。アクション映画とかじゃないから、そんなにうるさくはないし。
ぼくはベッドからブランケットを取ってきてジョンにかけてやった。まったく起きる様子はない。明日、どこまで見ていたのか聞いてみようか。
それにしても。
さすがに家主を差し置いてひとりでベッドで眠るわけにはいかないだろう。
物語のラストカットはマンハッタンに沈む夕日だ。スキップされようとするエンドロールを止めて、テレビを消して、目を閉じた。ブランケットは半分拝借することとする。
2025-05-22

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2025年11月21日