GUYSの管制室には常に明かりがある。夜間にもシフトが組まれており、有事に備えられるようになっているからだ。現在は午後11時、昼間シフトの者たちはオフになっている時間だ。
アイハラリュウは軽い夜食を取ってから、管制室に向かった。今日は怪獣が出現することもなく、いたって平和な一日だったが、いつ地球の危機が訪れるのかわからないのだ。
IDカードをかざし、扉を開ける。隊長の定位置にサコミズがいた。やあ、とリュウに声をかける。彼はモニタを操作しながら、いつも通り華奢なカップでコーヒーを飲みでいる。
「今のところ異常はないよ。ああ、前回出撃の報告書上がってきたから、チェックしといて」
「G.I.G」
リュウは自席で作業に取り掛かろうとする。そうだ、なにか飲み物を用意しようかと、湯を沸かそうとしたとき、サコミズの意外な行動が目に入る。
サコミズはコーヒーの横に置いてあった皿から白い紙を手にとって、マウスを動かす片手間にくしゃくしゃに丸めて口の中に運んだ。まるでお菓子でも食べるかのように。それからコーヒーに口をつけて、しっかりと飲み込んだ。
リュウは、サコミズに対して、掴みどころはないが妙ではないと思っていた。最初は信頼をおいていいのかわからなかったが、今となっては彼を隊長と認めている。むしろGUYSクルーの同僚たち――特にミライなんかのほうがよっぽど不思議だったり個性的なところがある。
これは個性的というか、妙で片付けていいのだろうか。普通、紙は、食べない。
リュウの手が止まっているのに気がついたサコミズはリュウに言う。
「ああ、これ?これはね…」
サコミズは紙をつまみ上げた。
「紙だね。思うに、人間は食に対して、栄養を取るという面にのみ注力し続けているんじゃないのだろうか。だから、栄養のない紙を食べることによって、食の純粋な楽しみを思い出そうとするんだよ」
「なるほど?」
ここまで堂々と語られると、この一見突飛な意見にも説得力があるような気がしてしまう。あるいは最近怪獣災害が多いから、休暇が必要なのかもしれないが。
リュウが神妙な顔をしていたところ、サコミズは笑った。
「なんてね。ほんとうはこれ、甘い味のするオブラートの一種なんだよ。きみもどうかな」
「驚かせないでくださいよ…」
リュウはサコミズから差し出された四角い紙のようなものを手に取る。表裏を眺めても、紙にしか見えない。大丈夫だよ、と言われたので口の中に入れると、それはほろほろと崩れて、駄菓子みたいなイチゴの甘い味を残して消えた。オブラートよりもべたつきがなく、一瞬でなくなってしまうそれは、確かに紙ではないようだった。
曰く、宇宙飛行や長期ミッション等に備えた、薄くて携行に便利な非常食として開発されたものの試作品らしい。一枚で一食分となるよう調整されたそれは、様々なフレーバーを付加され、実用段階寸前まで進んだらしい。
そこで計画は破棄されてしまった。
「でもね、結局うまくいかなかったんだ」
「どうしてですか」
パイロットにとっても、携帯携行食があれば便利だろう。瞬時に栄養が摂取できれば、現在よりも長期間のフライトも可能になるかもしれない。
「人生に必要なのは、一杯のコーヒーだからだ」
サコミズはカップをつまみ上げて言う。
「何週間か連続でこれを摂取したら、被験者のQOLに明らかな低下が見られたそうなんだ。やっぱりね、ひとを生かすのは栄養じゃなくって、ひとと一緒に食事を摂るときのあたたかな空間なんだよ。効率だけを追い求めていたら、どこかで齟齬が出てしまう。それは、これだけ技術が発展したとしても変わらないんだ」
リュウはGUYSの食堂のことを思い出す。それぞれ好きなメニューがあって、たまにおかずを交換したりもして、ご飯の炊き具合がどうとか話したりもして。食堂のおばちゃんは時におせっかいだけれども、それも食事を介してつながるコミュニケーションのひとつなのだろう。
「で、きみも、コーヒーはどうだい?」
そうして彼らはあたたかなコーヒーを待つこととなった。ちょうど湯は沸騰したところだった。サコミズはお気に入りの、夜ふかしのためのブレンドをリュウのために淹れた。少し苦みのあるコーヒーの香りが管制室に広がる。
夜と同様に、人生も長い。
2022-05-29
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